第2話 「あー。僕もソーデスの主人公みたいに強くなってハーレムしたいなぁ」
オレが【ソーデス】こと、【ソード・オブ・デスティニー~闇の聖剣と光の勇者~】の世界に転生した事に気が付いたのは5歳の時だった。
初めはぼんやりとしたまま夢心地で、何処か現実感がなく、ただの幼児として過ごしていた。しかしある日、空に浮かぶ亀裂の入った青と赤に別れた月を見て、己を自覚し、そして前世の自分を取り戻した。
かつてのオレは最上秀一という名の、何処にでもいる普通の日本人だった。
普通に学校に通い、卒業し、大学に進み、ほどほどにスクールライフを過ごし、就職し、独身生活を10年過ごし……記憶ないからこの辺で死んだか? 多分過労だと思う。なんか、ブラックな光景が見えた気がする。おのれ上司。
流される様に過ごしていたオレだが、一つだけ大好きな物があった。それが【ソーデス】だ。
【ソーデス】は、オレの世界にあったRPGだ。魔法と剣の異世界ファンタジーで、落ちこぼれの勇者が聖剣に選ばれて世界を救う物語。
メディア展開されている人気ゲームに比べると見劣りするが、それでもオレ含めて熱狂的なファンが多かった作品だ。
特にオレはソーデスの主人公が大好きだった。悲しい過去を乗り越え、仲間と絆を育み、最後には世界を救うその姿には、何度もプレイしては涙を流した記憶がある。あ、思い出しただけで涙が……。
だから、ソーデスの世界に転生したと分かった時は物凄く嬉しかった――オレが誰なのかを知るまでは。
「ヒュース様? 如何なさいましたか?」
「え!? いや、ナンデモナイヨ?」
鏡を見て難しい顔をずっとしているからか、老執事のセバスチャンに心配されてしまった。咄嗟に誤魔化すも、怪訝な表情を浮かべている。
あははは、としばらく愛想笑いを浮かべているとセバスチャンはそれ以上何も言わず「では私は仕事に戻ります」と言って、オレが頼んでおいた本を机に置いて部屋を去る。やれやれ、なんとか凌いだぜ。
さて、セバスチャンはオレの事を【ヒュース】と言ったが、この名前はソーデスでしっかりと登場している。
ヒュース・カルタルト。オスティア王国の名門貴族カルタルト家の嫡男で主人公と同い年で、クラウディウス学園に通う……いわゆる悪役貴族だ。
オレはソーデスは好きだが、このヒュース・カルタルトが好きじゃない。というより嫌いだ。
理由は主人公を理不尽にイジメるから、というのもあるが一番の理由は……。
「ケヒャヒャヒャヒャヒャ! やはり僕は最強なんだ! 平民風情が僕に逆らうな!」
これが、原作でヒュースが吐いたセリフの一つである。
え、なにこのコテコテなやられ役のセリフ……? 当時プレイしていたオレは困惑し、しかしすぐに退場する出オチのモブかと思っていたのだが、こいつはその後も何度も登場しては主人公とその仲間たちの邪魔をする。というより敵だった。
序章の学園編ではボスを務めるが、チュートリアルなのか簡単にボッコボコにする事ができた。
その後の主人公が聖剣使いを集める為に世界を旅に出た時は、行く先々で現れてはケヒャケヒャ笑いながら現れてボコられる。それを4、5回くらい繰り返していた。
そして最後には子どもを人質にして主人公を殺そうとするが、敵の幹部に見限られてあっさりと殺される、という序盤から出て来たにしては「お前、何だったんだ?」という感想しか湧かなかった。
いや、製作者の意図は何となく分かるよ? 主人公を馬鹿にして、覚醒した主人公に返り討ちにされて惨めな目に遭う。
主人公に惚れているヒロインを口説いては素っ気なくされて、粘着ストーカーして主人公にボコられて、むしろ主人公とヒロインの仲をより強固な物にする当て馬役。
つまりアレだ。踏み台キャラなんだコイツは。
公式の設定集では主人公のライバルキャラとして作られたらしいが……。
あえて言おう。ふざけんなと!
なんだよ笑い方がケヒャヒャヒャヒャって! 主人公のライバルキャラにするならもっと魅力的なキャラにしろよ! 貴族で才能に胡坐かいて努力した主人公に負けるとか惨め過ぎるだろ! しかもストーカー気質とか気持ち悪い要素付け加えやがって!
それだけなら許せたが、中盤から登場する敵組織の幹部やボスのキャラ造形が魅力的だっただけにヒュースに対する評価は散々なものだ。ネットでも叩かれたり、おもちゃにされたりしている。
だからオレは、ソーデスで唯一ヒュースが苦手だったのだが……まさかそのヒュースに転生するとは思わなかった。
「このままだとオレは踏み台悪役貴族として散々な目に遭い、最後は幹部にゴミの様に捨てられるのか……」
こうして口にして言葉にすると、ちょっとヒュースが可哀そうになって来た。踏み台の為に用意された安易なキャラって感じだ。3分くらいで作ったんじゃねぇのか?
原作の様な酷い目に遭うくらいなら、学園に向かわずひっそりと真面目に暮らして異世界スローセカンドライフを送る方が良いかもしれない。
「――ん? もしかして……」
ふと、ヒュースの設定を思い出した。
ヒュースはライバルとして作るにあたって、様々な要素を主人公と対照的にしていた。
根が明るいが人付き合いに臆病な主人公。根が陰湿だが外面だけは整えて他者を駒として見ているヒュース。
平民と貴族。黒髪と白(銀)髪。辺境の田舎町出身と王国の首都出身。平凡な見た目とイケメン。
そして落ちこぼれと天才。
「そうだ。ヒュースは天才だ」
設定では、ヒュースは作中で誰よりも剣と魔法の才能があると明記されていた。しかし性格上鍛錬をあまりせず、それでも高い実力をもって主人公の邪魔をしていた。
主人公が努力して強くなる特徴と対照的にする為なのと、作中でどんどん強くなる主人公に立ち塞がり続ける為にそういう風に作られたのだと思う。
「フレイム」
軽く魔法を唱えれば――初めてにも関わらず、指先に炎が灯った。
他にも水、風、地の魔法を唱えれば発動し、オレの考察は当たる。
この世界のヒュースもまた天才だ。この分だと剣の才能も凄まじいのだろう。何故これ程までに恵まれた才能を持っているのに、あんなに残念な人間になったのだろうか……恵まれていたからこそか?
「何はともあれ助かったな。少し修業すれば、オレでも強くなれる」
自衛の力を付けた後は、物語に干渉せずに真面目に生きよう。父の後を継いで立派な貴族にでもなるか。ノブレスオブリージュって奴だ。後は余裕があれば、原作を生で見たりなどして……。
「――いや、待てよ?」
オレは今ヒュースになっている。さらに本来存在しない原作のゲームの知識を持っている。
これを活用すれば、オレはもしかしたら……思っている以上に強くなれるんじゃないか? 普通の鍛錬方法では辿り着けない領域までに。現にオレはその方法に心当たりがあるし、それを実現させる手段がある。
つまり、だ。
「――なれるんじゃないか? 真のライバルキャラに」
――ずっと思っていた。原作のヒュースのせいで、主人公には魅力的なライバルキャラが居ないと。
中盤から出て来るキャラたちは確かに魅力的でファン人気もあるが、それでも物語的には他の聖剣使いたちとの絡みが多い。
仲間の苦悩や悲しい過去に関連した敵キャラ。相手も信念を持っており、それでも尚前に進んで成長し、主人公に支えられながら勝利する。
そういう物語の流れとして組み込まれていたから仕方がないが、オレは正直不満だった。かと言って主人公へとスポットを当てろと言う気にもならない。彼らの物語も好きだったから。
唯一主人公と関係のありそうな敵のボスはほぼ正体が不明のままで、どちらかというと世界関係の話に広がっていった。
だが、今この世界にはオレが居る。
「――ケヒャヒャヒャヒャ!」
口から苦手な笑い声が響くが、それすら気にならない。
ああ、そうだ。オレが魅力的なキャラになれば、それだけ主人公も魅力的になる。
踏み台悪役貴族? そんな物に価値は無い。主人公の前に立ち塞がるのなら巨大な壁になってやろう。そして是非とも乗り越えて欲しい。
オレが最強になって、アイツが最高になるんだ!
「――待っていろよ、原作主人公っ!!」
今日からオレは――ヒュース・カルタルトだ。
いつの日にか、原作主人公に倒されて「お前は最高の強敵だった……」と認めて貰い華々しく散る、そんなライバルキャラに、オレはなる!
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