第8話 ダンジョンへ行ってみよう 2


 タヅナがボス部屋へ入った時、既に1人の少女がボスモンスターとおぼしきライオンの様なモンスターと戦闘が開始されていた。


(あれ? ボスってホブゴブリンじゃなかったっけ?)


 注意して見てみるとライオンの様なモンスターは山羊のような頭も付いており、尻尾は蛇の様だ。


(あれ? なんだっけ? ゲームで見た事あるような? キメラ? キマイラだったっけ? なんでこのダンジョンにいるんだろう?)


 攻略サイトには載っていない、このダンジョンには出現しないはずのモンスター。 しかもその凶悪さは決してレベル2のダンジョンに出て来てもいいようなレベルじゃない。 そんな事を考えていると、少女が手に持つ短剣を振る。 すると少女の頭上に2つのバスケットボール大の水球が現れ、そこから幾条もの水の矢がキマイラへと向かっていく。

 しかしキマイラは走り回りながら器用にその全ての矢を躱すと獅子の口から炎を吐き出す。


 間一髪避けた少女だったが、避けた方向にキマイラが先回りしており獰猛な爪の一撃が少女の肩口を切り裂く。


 傷は浅かったのか直ぐに立ち上がって追撃を躱す少女だったが、その顔は苦痛に歪めている。


(これは誰が見ても危機的状況だよな? 助けた方がいいかな……)


 ネットでは良かれと思って助けても後で文句を言われた、等の話も良くあるため助ける事を躊躇うタヅナだったが、目の前で死なれるよりはいいかと助ける事にしたようだ。


 少女へと距離を詰めるキマイラ、その進行を阻むようにアンカーガンを打ち込む。

 素早く2連続で射出されたアンカーはキマイラの前に2本の糸を張ると勢いよく突っ込んでくる。


「くぅっ!」


 キマイラはその大きさから考えると目算600キロぐらいはあるだろうか、そんな巨大が突っ込んできて糸の反対側をまだ固定していなかったタヅナは糸を通じて引っ張られてしまう。 なんとかアンカーガンを取り落としたりはしなかったものの体勢を大きく崩されてしまう。


 キマイラは殆ど目に見えない細い糸に突進を止められ戸惑いをみせる。 そしてタヅナを見つけると新たな獲物を発見したとばかりに大きく口を開け咆哮を上げる。


「な、何してるのアナタ! 早く逃げなさい! キマイラよ!」


 少女も不自然なキマイラの突進の止まり方にタヅナに気付くと大きな声で叫ぶ。 

 しかし、タヅナは既にキマイラにロックオンされてしまったようだ。

 野生の猛獣の様にキマイラは獲物を見つけても直ぐには襲い掛かからず、鋭い視線で値踏みする。 その隙にタヅナも体勢を立て直すと周囲に糸による結界を形成すべくアンカーガンを撃ちまくる。


 ジリジリとにじり寄りながらタヅナを睨むキマイラの瞳には知性が伺える。

 体勢を立て直したあとタヅナが連続してアンカーガンを撃っていたのを見ていたキマイラは先程自らの突進を止めた何かが張り巡らされているのを気づいていた。


 しかしキマイラはタヅナへとひと駆けすると獅子の口から火炎を吐き出す。 行手を阻む見えない何かなど焼いてしまえばいいとでも言う様に。


 キマイラの吐いた火炎はタヅナの目の前まで迫ったが、射程距離はそれ程長くないのかタヅナまでは届かなかった。 しかし熱気に目を細めるタヅナの前に炎を突き破るようにキマイラが突進してくる。


「ガァア!?」


 しかし、キマイラはまたもや見えない糸に行手を阻まれる。 今回はしっかりと地面や壁にアンカーを打ち付け固定していたためキマイラの突進は完全に止まり、タヅナを噛みちぎろうと大きく開けた口は獰猛な牙を剥き出したままで止まっている。


「残念でした! けものの癖に賢そうだから教えてやるけど……こっからはもう、ずっとオレのターンだよ!」


 『能力は理解によって深まる』とは真津戸アヤカからの教えだ。

 例えば探索者なら誰でも行う身体に魔力を流しての身体強化、これもただ漠然と全体的に魔力を流すよりも、どこの筋肉をどれくらい強化すれば効率よく身体を動かせるのか? これを意識する事で魔力の消耗も瞬間的な攻撃力も断然変わってくる。


 タヅナはアヤカから様々な種類の合成繊維や天然繊維を学び、自分の能力での再現を繰り返していた。 その結果タヅナは用途に応じて数種類の糸を使い分ける事が出来るようになっていた。


 少女に向かって炎を吐いたのを見ていたタヅナが使ったのは難燃性のアラミド繊維を使った糸だった。


 タヅナは突進の止まったキマイラを縛り上げるようにしてキマイラの周りをぐるぐると周りながら糸を巻きつけて行く……


「グゥ……ガァ……」


 すっかり身動きが出来なくなり大人しくなってしまったキマイラ。 タヅナはにこやかな笑みを浮かべてバールを振り上げる。


「さぁて、ゴブリンは1発だったけどオマエは何発耐えれるのかな」


 それでも唸り声をあげていたキマイラだったが数十発の殴打の後に、ついに光の粒子となって消えて行く。 後には綺麗な黄色の魔石が残されていた。



◾️


「……ありがとう、助かったわ」


 キマイラが光となって消えた後、気が抜けたのか戦っていた少女は地面に座り込んでしまっている。


 なんとかタヅナにお礼を述べるも、その左肩からはキマイラに切り裂かれた傷口から溢れた血液が白いTシャツを真っ赤に染めている。


「傷、大丈夫か?」


「ありがとう。 平気よ、医療キットを持ってるから」


 タヅナが少女の傷を心配して近づくと、少女は腰に付けたポーチから小型の医療キットを取り出すと血糊の付いたTシャツを脱ぎはじめる。


「なっ!?」


 突如露わになる白い肌に思わず顔を背けてしまうタヅナ。 少女は下着の上にも薄いキャミソールを着ていたが女性に免疫の少ないタヅナからしたら充分な破壊力だった。


「ん? どうしたの?」


「あ、ああ……いや、目のやり場に困るなって……」


「女同士なのに、そんな事気にするの?」


 少女は不思議そうに首を傾げると、注射器タイプの医療キットを傷口に当てる。


 注射器タイプといっても針を刺す訳では無く、先端部から泡状の治療薬を出す物である。 ダンジョンから発見された植物から抽出したこの治療薬の泡を傷口に塗ればたちまちに凝固して保護と治療を同時に出来る優れものである。


 (確かに! 今はオレも女の子な訳だし……べ、べつに覗いても何も問題ないんじゃ……いやいや、そうは言ってもオレの精神は男なんだし? やっぱり罪悪感があるっていうか……いや! 男だからこそ、ここは堂々と覗くべきなんじゃないか? ここで見なかったら逆にこの美少女に失礼かも知れない!?)


 タヅナが自分の中の悪魔の囁きに簡単に唆されて、期待を込めて少女の方を振り返ると既に少女は治療を終えて脱いだTシャツを着直していた。


「ちくしょう!」


「ん? そういえばアナタは? 助けてもらってなんだけどキマイラを単独で倒せるような人がこんなダンジョンに何の用なの?」


「えっ!? いやいや、たまたまだよ!? 運良く倒せただけだよ、オレも初めて戦ったし……」


「たまたま? そんなたまたまで倒せるモンスターじゃないはずなんだけど……それに、こんな人気の無いダンジョンに潜るなんて、もしかしてアナタもあの神隠し事件を調べているの?」


「神隠し!?……あっ……」


 レベル4のダンジョンのボスモンスターとして知られているキマイラをたまたまでも、運が良くても単独で倒せる様な探索者がわざわざレベルの低い、しかも人気のないこのダンジョンに来る理由を少女は自分と同じ・・・・・かも知れないと考えた。 そして、神隠しと言うワードにアヤカに頼まれた

行方不明になった友人の捜索を思い出したタヅナは思わず声を上げてしまう。


「やっぱり。 アナタもそうなのね……」


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