第6話 新しい名前


 ロウがアヤカに保護されて美少女となってから早ひと月が経ち、住んでいる雑居ビルの近くでは深夜に謎の銀髪美少女の目撃が相次ぎ、そこそこの噂になってきた今日この頃、いつもの通りアヤカのラボへと足を踏み入れたロウにアヤカが告げる。


「ようやく準備が整ったよ。 来週からフェアリーテイル女学院へ通えるようになった。 そしてこれが新しい君の戸籍だ。 学生証も届いてるぞ」


 そう言ってアヤカから手渡された書類と学生証に目を通していく。


「えっ……ろ、朧夜ろうやタヅナ? なんですかこの厨二病全開みたいな名前は?」


「カッコいいだろう? 君の名前をもじってみたんだ。 やはり美少女たるもの苗字にインパクトがなくては」


「いやインパクトとかいらないですよ!? これ、えっ!? もう申請しちゃってるんですかね……?」


「あぁ。 もう今更変更は無理だ。 勿論まだ変更が可能だったとしても君の意見は却下するけれど」


 そう言って意地の悪い笑みを見せる。

 

「あとは、これだ。 君の装備が完成したぞ! 考えてみたんだが、やはり漫画のように糸による結界とか作るのは、どうやって糸を固定しているのか分からなかった。 不思議パワーではどうにもならなかったから、このアンカーガンに糸を通して使ってくれ」


 渡されたのは黒い小型の拳銃の様な物。 銃口は大口径の拳銃ぐらいあり、金属製のアンカーを撃ち出すものだ。

 このアンカーに糸を通して壁や地面に撃ちつければ引っ掛ける場所を探さなくても糸を張る事が簡単に出来るという代物である。


「おお! これはなんかカッコいい!」


「因みに人に向けて撃つなよ。 硬いコンクリートなんかにも問題なく打ち込めるようにかなりの高威力にしてある。 物理の効くモンスターなら頭に向かって撃てば糸を使う必要すらないかもしれん」


「本末転倒では……?」


 本来の使用法を無視した方が高威力かも知れないという点を利点と取るかは判断が別れる所だが、ロウ──今日からはタヅナは概ね気に入った様だった。


「それにしても、フェアリーテイル女学院ってかなりのエリート学園って聞いてたけど、よく転入できましたね?」


「フフフ、それぐらいお茶の子サイサイさ。 何せ私は天才だからな」


「へーやっぱりなんか偽造とかハッキングとか、そんな事したんですか?」


「馬鹿を言うな。 偽造は君の戸籍を新たに作り出すぐらいさ。 あそこの理事長は私の叔母だ、1人ぐらい簡単にねじ込める」


「あ、へー……」


 突如女性に変わってしまったので戸籍を偽造するのは仕方ないとはいえ、フェアリーテイル女学院に転入出来た方法が意外とマトモであった。 まぁコネ入学なのでマトモとも言えなかったりするが……。

 そして天才である事とは何も関係が無いなぁと思ったけれどタヅナは深く追求しない事にした。


 一ヵ月ほど真津戸アヤカという人物と過ごしてみて、タヅナはなんとなくだがアヤカの人となりを理解しはじめていた。


 真津戸アヤカという人物を一言で表すならば、やはり『天才』と言えるだろう。 頭の回転が速く、様々な知識があり、数多くの画期的な発明品も製作している。 確かに天才ではあるのだが、自ら自称する事でその信憑性を欠けさせている。 19歳になり能力が衰えて来たせいかタヅナはアヤカの能力を使用した所を見た事が無い。 能力を使用せずともその戦闘能力はとても高く、タヅナは日々戦闘訓練として模擬戦をこなしていたが、アヤカを打ち負かす事は出来ないでいた。 

 そして男嫌いな訳では無さそうだが美少女が大の好物のようだ。 なかでも美少女同士の百合が好物らしく事ある毎にタヅナをその道に誘い込もうとしてきたりする。


「それと、これが1番重要な事なんだが……天乃ショウコ。 それが行方不明になった私の友人の名前だ。 学院にはショウコを連れ去った犯人が居るかも知れないし居ないかも知れない。 そもそも行方不明ですら無い・・・・・・・・・のかもしれない。 だが私は学院に犯人がいると考えている。 だからくれぐれも慎重に捜査してくれたまえ。 その為にコイツを連れて行け」


 アヤカが珍しく真面目なトーンで学院での注意を促し、1匹の小型の生物を机の上に乗せる。


 フワフワの黒い毛並みをした黒眼がちな生物はパッと見、ネコにも見えるが額に付いたオーバル型の真っ赤な宝石が既存の生物とは違う事を物語る。


「これは……魔法生物?」


 魔法生物とは一部の集落型のダンジョンに偶に出現する敵性の無い生物で人間が使役する事が出来る。

 学園島では広く認知されているが、その存在は希少でタヅナも本物を見たのは初めてだったりする。


「通称カーバンクルのカーちゃんだ。 この額の宝石は私の持つ端末に映像と音声を届ける事が出来るように改造してある。 これで私も学院内の事を知ることが出来る」


 カーちゃんは人に慣れているのか、賢いのかタヅナの手に頬を擦り付けると、ふわりと浮き上がりそのまま肩の上へ乗る。

 それにしても名付けがあまりにも適当すぎてタヅナはカーちゃんに同情を禁じえない。


「……名前変えてもいいですか?」


「ん? なぜだ? ああ、なるほど。 そうかカーちゃんという名前がカーバンクルから安易に命名したと思ったのか? フフフ、そんな訳ないだろう。 カーちゃんとは正式名称、カーライル・イービルブラッド・スカーレットサードアイ・フォー……」


「あっ! やっぱりいいです!」


 嬉々として聞くのも恥ずかしいような長い正式名称を語り出したアヤカ。 タヅナは危険を察知してカーちゃんを連れて早々に立ち去る事を選んだ。



◾️



 あっという間に一週間が過ぎ、フェアリーテイル女学院への転入手続きを終えて、新しく住むことになる学生寮で荷解きを済ませたタヅナは一息ついていた。


「ふぅ。 まぁこんなもんかな」


 必要最低限の家具、ベットやカーテン、机などを配置して、クローゼットに衣服を突っ込む。 小さ目な3段の箪笥に詰め込まれた女物の下着類にようやく慣れてきたとはいえ、未だに少しの気恥ずかしさと何とも言えぬ罪悪感のようなものすら感じる。

 肌着や下着類、私服はアヤカがまとめて買ってくれた物を着用している。

 自分の服装にはまるで頓着せず、ブラジャーすら着けずにいることも珍しくないアヤカは何故かタヅナ用の下着や私服を買う事には積極的で可愛らしいものを多く選んで買ってきていた。


「学校が始まる前に少し周辺のダンジョンに入ってみようかな」


 アヤカとの特訓と新しい糸の能力でどれだけ戦えるようになったかを確認する為にタヅナはダンジョンへと向かう事にする。


「カーちゃん、道案内よろしく」


「クゥー!」


 そして使い魔のようにタヅナにピッタリと寄り添う魔法生物カーバンクルのカーちゃんは方向音痴のタヅナに代わり道案内をする為のただのナビゲーターに成り果てていた。


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