第2話 ある日、突然、美少女に 2


 ある日、東京から南の海上に突如として現れた東京都の約3分の2ほどの大きさの島。 その島ではいくつもの異次元への入り口が確認された。 洞窟のように狭い空間もあれば、城下町が丸ごと再現された広大な領域も存在し、そこには異形の怪物や凶暴な獣が徘徊している。 主と呼ばれる強力な個体がいる事からダンジョンと呼ばれる事になった。


 ダンジョンからは魔素と名付けた未知のエネルギーが漏れ出ており、人類はその濃度を測定する事により危険度を把握する術を確立したのだ。


 そして人間はダンジョンに初めて入った時に特殊な能力を得ることが出来たのだ。

 しかし検証の結果、能力を得られるのは年齢が若い方がよく、18歳を過ぎたあたりから能力が弱くなり始め20歳を過ぎると手に入れた能力を使用出来なくなる者が殆どだった。


 ダンジョンから産出される新しいエネルギー資源となる魔晶石や、稀にではあるが現代の科学技術を超える機能を持ったオーパーツを発掘出来ることに旨味を覚えた政府はダンジョンの発生する島を開発し幾つもの学園を造り中学、高校を全寮制にして大勢のダンジョン探索を専用とする学生を育成する事にした。


 それから60年余りが経ち、現在は通称学園島と呼ばれ、豊富な資源やオーパーツの研究から外界よりも大きく進んだ科学技術を持つ学生とダンジョンの都市が出来上がった。


 そんな学園島のレベル1ダンジョンとは、とくに特殊能力がなくとも問題なく攻略できるレベルである。


 勿論、多くの学生がいるのだからダンジョンの探索や攻略に適さない能力を持つ学生も多くいる。

 八咫綱ロウもその1人で、能力は縄や紐、糸などの細長いものを作り出す能力だ。

 ハッキリ言ってダンジョンでモンスターを相手に使えるような能力ではなかった。


 その為に学園生活では中学の頃から肩身の狭い思いをしてきたのだが、高校に入り同じクラスになった生徒が一緒にダンジョンに行こうと声を掛けてきたのだ。

 

 久しぶりに誘われたことに胸が高鳴った。 ダンジョンに入れば少しは自分を変えられるかもしれない――そんな希望があった。

 

 同じ学年でもダンジョンの攻略に適した能力を持つ学生達がダンジョンから持ち帰って来た資源を売って裕福な生活をしている中、毎日バイトに明け暮れる生活をしていたロウはダンジョンで魔晶石を手に入れて少しは余裕がある生活が出来るかも、などと夢を見ていたのも束の間、クラスメイトの3人はロウをダンジョンの奥で殴る蹴るなどの暴行を加えたあと置き去りにして帰ってしまったのだ。 

 発現した能力が大した能力ではなかったが、ロウは元来イジメに屈するような性格では無かったため反撃を試みるがそこは多勢に無勢であり、結果としてよりこっ酷く暴行を受けただけだった。


「クソっ! アイツら今度会ったら許さねぇ!」


 ダンジョンと言ってもレベル1だしクラスメイト達もロウを殺そうと思って置き去りにした訳では無い。 普通ならばモンスターとの交戦を避ければ10分ほどで出られるぐらい浅いダンジョンである。 いくらロウが縄しか出せないにしても帰ってくるぐらい問題無いだろうとの思惑だ。 感覚的には校舎の裏でボコってもまた明日学校で会えるね、ぐらいの軽い気持ちだったのだろう。


 けれど八咫綱ロウはびっくりするほど方向音痴だった。 元々道を覚えるのが苦手な上、モンスターに見つからないように隠れながら、時には走って逃げながら徘徊していると、現在位置が何処だか分からなくなってしまっていた。


「なんだってこんなに分かりづらい迷宮なんだよ!? 知らずに転移の罠でも踏んだか? ……くそっ! なんでコッチにも狼がいるんだよ……」


 しかも運の悪いことにレベル1ダンジョンの中でも強敵に位置するケイブウルフに発見され逃げるように移動していると前方にもケイブウルフを発見し前後を挟まれてしまっていた。


「マジか……オレの人生こんな所で終わっちまうのかよ……」


 前後に3匹ずつの計6匹のケイブウルフに囲まれたロウは死を覚悟する。

 まさか縄を使っての起死回生の一手など思いつくはずもなく、ジリジリと間合いを詰めてくる狼達に諦めてキツく目を閉じる。


「ぐあぁぁああ!!」


 1匹のケイブウルフが大きな口を開けてロウの肩へと噛みついてくる。


 鋭い牙が制服の生地を突き破り肉へと食い込んでくる。

 余りの痛みに叫んでしまうが、ケイブウルフの攻撃はそれだけではすまなかった。

 残りの5匹のケイブウルフも次々とロウへと噛みついて来たからだ。


 その内の1匹の牙がロウの首筋へと突き刺さると激しい痛みと共に暖かい生命の源である血液がドクドクと溢れてくる。


「ぎゃうんッ!!」


 ロウは薄れゆく意識の中、死を覚悟して目を閉じるも突如聞こえた狼の悲鳴らしき声に、薄っすらと目を開けると6匹いたケイブウルフ達は全て喉を鋭利な刃物で切られたようにパックリと割れてそこから赤黒い血をドクドクと流していた。


「おや? ギリギリだが間に合ったかな? いや……これはギリギリアウトかな?」


 血を流し過ぎて朦朧とする中、いやに明るい声の主を確認すると、どうやら白衣姿の女性のようだ。

 

 少し遅かった……ロウは自分がもう長くは持たない事を悟る。 大量出血のせいか血が足りず全身を酷い寒気と倦怠感が襲っている。

 今頃助けに来られても、狼の腹の中に収まって骨だけで発見されるか死体が残るかの違いでしかない。

 そんな自分を前にして明るい声色で軽口を叩いているのだから、よっぽどのろくでなしか人でなしなのだろうとロウは思っていた。


「ふむ。 どうやら放っておくと直ぐにでも死んでしまいそうだから手短に話すよ。 この薬を飲めば君は助かるだろう。 ただし、ちょっとした・・・・・・副作用がある。 それでも生きることを望むかい?」


 こんな状態から助かる薬? そんなものあるはずが無い。 いくら科学が進んだ学園島だろうと瀕死の人間を助けるような薬をロウは聞いた事がなかった。

 ただ、もしも本当に助かるのならばちょっとした・・・・・・副作用など気にしている場合じゃ無いだろう。

 ロウは噛まれた首筋を押さえながら頷くだけで精一杯だった。


「それは肯首こうしゅと受け取って構わないのかな? フフ、では私が手ずから飲ませてやるとしよう」


 1円玉ほどの大きさの青白い錠剤を手に、女性はロウの口へと迷いなく押し込む。


「どうだい? 飲めるかい? これは怪我を治すというよりも身体を造りかえる薬なんだよ。 だから現在どれだけの怪我をしていようと新品のボディーになるのさ。 フフフ、飲んだら直ぐに反応が出るだろう。 なぁに安心したまえ。 私が動けるようになるまで側にいてやろう」


 女性の言う通り変化は直ぐに起こった。 

 身体が得もいわれぬ暖かさに包まれると無数のキズはいつの間にか痛みが引いているし、不思議と恐怖感は無くフワフワとした心地良さがしてくる。 まるで魂が肉体というくびきから解き放たれたかのように身体が溶けて無くなっていくようだ……


 もしかしたらこのまま死んでしまうのではないかと思う程の浮遊感のあとに、唐突に肉体に神経が通っていくような感覚を覚える。


 時間にしておよそ30分程だろうか、意識が覚醒したロウはあれ程あった痛みも倦怠感もなく実に晴れ晴れとした気分で目を覚ます。


「す、凄い……本当に治ってる……」


「おぉ!! これはこれは……なかなか良いんじゃないか? うんうん! 素晴らしい!」


 白衣姿の女性は目を覚ましたロウの周りをぐるぐると周りながら色々な角度からロウを眺めてはうんうんと頷いている。


「あ、ありがとうございます! まさか本当に助かるなんて! このお礼は必ず……あれっ? なんか声が変だな……」


「ぐふふふ、お礼に何でもするって? えっ? まだ言ってないって? しっかり治ったようで良かったよ。 しかし、一応、念の為、もしもの為に私のラボへ行って詳しく身体検査をしようじゃないか」


「? 分かりました」


 ロウは自分に熱っぽい眼差しを向けてくる女性を不審に思いながらもついて行く事にする。


◾️


 着いたのはロウが道に迷った初心者ダンジョンから直ぐの場所だった。

 女性が乗ってきた大型バイクで移動したので体感的にはほんの数分で着いた感じだ。


「それにしても、この辺にはさっきの初心者ダンジョンしか無いからね。 まさか救援信号が届くとは思わなかったよ」


 ロウは自分が方向音痴だと自覚していたので道に迷ったと自身が認めた時に救援信号を出していた。 ダンジョンを探索する上で必須の救援信号は専用のアプリをスマホにインストールしておけばいつでも使える。

 各学園には救助や救援等を専門にする部活動や委員会などが設置してあったりする。


 レベル1の初心者ダンジョンで救援信号を出すなんてそうそう有ることでは無く、やはり八咫綱ロウも自尊心と羞恥心により救援信号を出す事を躊躇っていたが背に腹はかえられないと出していた。

 

「あはは……なんかすいません。 自分、方向音痴なんですよ」


 雑居ビルの駐車場にバイクを停めて女性のラボへと向かいながら雑談をする。



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