第2話:その理由

「今日よりドグマ医療軍曹にお世話になります、フロエル・マーチャント二等兵です。医療の心得はありませんが、回復魔法の才があります」

「あぁ、よろしく。とりあえず、一人治療して貰おうか」


初めて会った時の印象は、『地味な女だ』というもの。良い意味でも悪い意味でも、我が国はこんな子まで徴兵しないといけなくなったのかと、複雑な感情が回った。


特徴的な毛先の癖っ毛に、チビで軽そうな体、眠たそうな目。更に言えばカラス髪なんて、表に出したらどんな風になるのか、想像に容易かった。


またこの眩しい目を潰すのか、と懺悔に包まれたのを覚えている。






———案の定、マーチャント二等兵は吐いた。




重傷人の痛々しさに、余りの悍ましさに。


俺は最低の指示を出した。治療しろ、と。


『む、無理ですぅ!』


掠れ切った声で吐き気と恐怖でぐちゃぐちゃになった涙を溢しながら言われた。


しかし、ここで出来なければどうなるのか。おそらくより恐ろしい現場に送り込まれるだろう。ただでさえ貴重な回復魔法、腐らせて置くにはあまりにも勿体無い……と思うのは、俺も軍人に染まってきたからだろうか。




彼女は死力を尽くしてその兵隊を治療した。魔力を全て使い切り枯渇症になるまで治療を続けて、最後には俺が主力となったが、息を引き取った。


いや、引き取ると分かっていたのだ、俺は。今天に昇った彼は、死ぬ寸前まで生粋の軍人馬鹿野郎だった。生き永らえないと知って、自ら新人衛生兵の実験台に、麻酔無しで志願するくらいには。




『私は、今日初めて人を殺しましたぁ』




だからなんだ、俺は両手足でも数えきれないほど殺している。




『彼らにとってあの土が戦場なら、私にとってはこのテントが戦場です。彼らにとって身を貫く弾丸が痛みなら、私にとっては胸を切り裂く心傷が、痛み足り得るのでしょうかぁ?』


「……………足りないだろうな」


人を殺す痛みは、あいつらも背負っている。




『やりますよ、私は。この戦場をどんな大病院でも成し得ないような、最先端の医療現場にしますぅ』




出来ない、とは言い切れなかった。先程の治療で彼女が試したものは




「………聖女になれ」

『………なれませんよぉ、国が決めますから』

「違う。患者にとっての聖女になってやれ」




マーチャントは、細い目を極限まで見開いた。




「……………この戦場はラーエルとクラシコ、どちらの土地でしょうかぁ?』

「知らん、それを争っている」

『なら今はどちらの物でも無い訳ですねぇ?』




『えぇ、私は戦場の聖女フロエル・マーチャント、そう呼ばれるようになってやりますよぉ』



















「おはようございますぅ、ドグマ医療軍曹ぉ」


間延びした声が聞こえる。やれやれ、まだ朝の5時だぞ?


「おはよう、死神聖女サマ」

「……………意地悪ですねぇ、それ何処から聞きました?」

「患者から聞いた、『死神から追放されてきた聖女がいる』ってな。今日は休戦日だぞ、一体何をするんだ?」

「マニュアルを作っています。新しく来る衛生兵は、医療の心得がない子たちが殆ど。私だって、ドグマ軍曹に言われたのは『治せ』だけでしたからねぇ」




この子は、本気で聖女を目指している。


新しく考案した止血法も、救命法も、全てが患者の命を救うことにつながっている。


心肺蘇生法、だったか? 明らかに死んだ兵士を生き返らせた儀式を目撃した奴は、こいつを悪魔の死霊術師と罵っていたが……………




「これでもっと多くの人の命を救えますねぇ」




へにゃ、と音がしそうなほど顔を崩した様子からは、誰も信じないだろうな。


「寝ろ、睡眠が治療に直結すると言っているのはお前だろう」

「おあいこですよ! 返してくださいぃ!」

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