異世界TS喪女さんの戦場

涙目とも

第1話:聖女を目指すモノ

「はぁ、はァ、はっ、はあ、ハァ、は、」


夕暮れが刺す暗い焦土を、少女が一人進む。


周囲には生命の気配は一切無く、お前は孤独だと暗に示唆されているような気がする。それぐらい静かで、俺の呼吸という雑音だけが、意識を保つための綱となってくれる。


「う、ううゥゥゥッ!」


頑張っても、足の裏半ほどしか進めない。早く救護テントに向かわなくてはいけないのに、何かが俺の邪魔をする。


それを意識した瞬間、俺は自身の身体に縋り付く、数多の亡霊の四肢を知覚した。


「う、うぅぅぅ!!」


俺が殺した腕が、足が、人が全てを使って俺の動きの邪魔をする。


「やめろ、やめてッ!」


「ああ゛ァァァァァアア!!!」


テントから叫び声が聞こえる。助けに行かなくてはならないのに、戦場に来てから増え続ける死者の軍勢が、俺を道連れにしようと裾を引っ張る。


「アガッ、あぁ………………」

「——————うそ」


また、救えなかった。




















「—————ハッ!!?」


夢から覚醒すると、俺は就寝テントの中にいた。十数人が固まって、パイプに固い布を張っただけのベッドに身を預け疲れを癒している。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


首に手を当てると、縊り殺すと言わんばかりに絞め上げてきたいつか殺してしまった軍人の両手の感覚がまだ残っている。


「………着替えないと」


アバラが浮くほど貧相な身体には、汗まみれの下着がべったりと張り付いており気持ちが悪い。毛布代わりにしていた布とベッドを軽く拭き取ると、誰かを起こさないようにしながら外へ出る。


「……………眩しっ」


初夏も過ぎたというのに、国境付近は途轍も無く冷え込む。


ヘクチュ、とみっともないくしゃみをした後、キャンプの影へ。懐に入れている布巾を取り出し、貴重な水を少し拝借して身体を拭く。


あまりの冷たさに、思わず恥ずかしい声を上げてしまうが、慣れた物だろと着替えた下着の中をなぞる。


「ふぅ………」


衛生兵たる者、常に全身を清潔に保ちたいところだが、風呂なんてものはここには無いので、2日に一回お湯をもらう事で我慢している。それでもブ女には勿体無いと言われているが……


「……」


空を見上げると、未だ立つ戦場の黒い煙に寒空特有の遠い境界線。ここだけ切り取れば美しいものだが、ツンと臭う硫黄臭が俺を現実に帰す。


「異世界に女として転生してから早15年、戦場に来てたった2ヶ月………」


後悔だけが肩に積もり、根本から俺を書き換えて行く。


「……………おはようございまーす」


何度も、何度もガラスの破片の前で練習し続けた歪な笑顔、精一杯高くした暗い掠れ声も、その全てがここにいる人たちの支えになっている。


例えそばかすの醜い顔でも、忌み嫌われるボサボサの黒髪でも、俺の存在は患者にとって………聖女と何一つ変わらないのだから。




俺、フロエル・マーチャントは、今日も彼らの聖女を演じる。

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