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「そうそう、玄関横の物置にね、誰かが勝手に入り込んで物をごちゃごちゃにしていくのよ。箒と雪かき用のスコップを盗まれたわ」
「…それは窃盗事件です、警察に届けるべきです」
「でもねえ、面倒だし、
玄関わきの物置は普段から物が乱雑に置かれていて、どこに何を置いたのか、家の者たちでもわかっていない事が多い。
あんな場所に置いてある箒や雪かきスコップなど、盗っていっても意味がなかろうに…。
それを誰かがごちゃごちゃにしていくなどあり得ないと思う上に、母がいつも使っているのは、台所とTVがある居間である。
玄関や玄関横は見えない。
そして、物置の戸はシャッターであり、開けるとそれなりに大きな音がする。
とりあえず、シャッターの音の事を、さも今思い出したように母に告げ、誰か勝手に入り込んだ時にはわかるはずだから、その時に行ってみると良いかもしれない、と伝えてみた。
「でもねえ、知らない人よ。怖いじゃない」
「……ええ、確かにそうですね……」
そうして、私はやっと、玄関の上りぶちに置いてあったボストンバッグを自室に持っていく時間ができた。
明日は母を病院まで連れて行かねばならないな、父が運転していた車を使って病院まで行こう。
前回帰って来た時にはまだ動いていたが、そろそろどこかが壊れかけてきていてもおかしくない。
母に車のメンテナンスの事を言ってみても、私に、何とかしろ、と言ってくるに違いない。
そう考えていた時に、すべてが嫌になってきた。
母の通院も、車の事も、母のマイナンバーカードの再発行も、母の愚痴も投げ出して、もうどうでもいい、と帰りの新幹線の時間を変更し、今からうちに戻ってしまおうか。
そう思ったものの、結局はそんなことはできない自分がいる。
もう一度、明日の予定を脳内で反芻する。
病院に行き、その帰りに町役場でマイナンバーカードの再発行手続きをして、あとは車の整備のことを、そうだ車の事は今から予約しておこう…
と電話を手にした時だった。
「
大きな声が聞こえた。
呼んでいるというよりも、怒鳴りつけているような声だった。
ため息をこらえつつ、障子を開け、母のいる居間まで行く。
「はい、どうしました?」
「物置で何か音がしたの、誰かいるんだわ!」
シャッターが開いた音はしなかった。きっと気のせいだろう。とは思いつつも、わかりました、と頷き、物置へと行く。
案の定、シャッターは閉まったままであった。シャッターを持ち上げ開けてみると、想像以上に大きな音がした。家の中にいるとはいえ、この音にまったく気が付かないはずはなかろう…。
「誰もおりませんよ」
「逃げたに違いないわ!まったく油断も隙もない!どこのどいつよ!腹が立つ!ああ、箒がない!雪かき用のスコップも!!」
「……どこに置いてあったのですか?」
少しだけ嫌な予感がしたものの、できるだけ普通の声での話し方を務めた。
「どこにって……。ここ、だったと思うけれど……ええ、ここにあったわ」
蓋一面に埃をかぶって真っ白になっている、大きな木箱の上を指さしていていた。
「それが本当ならば窃盗です。警察に連絡しましょう」
「面倒だし、
「…そうですか…」
「そろそろ夕飯の準備にとりかからなくちゃね」
この件はこれでお終い、とばかりに母は物置から出て行った。
私はサビついて動かしにくくなっているシャッターを閉め、その五月蠅さに眉をひそめた。
「そういえば礼、ここになんの用があったの?」
玄関でサンダルを脱ぎながら言う母に、冷水を浴びた気持ちになる。
ああ……。
それは、物置に、という事ですか?
それとも、この実家に、こんな時期になんの用で、という事ですか?
聞いてもおそらく答えらしき答えは返ってこないだろう、私は呼吸と共に言葉のすべてを飲みこんだ。
夕飯の支度、家全体の戸締り、母の寝床の支度、すべてやっても一時間と少ししかかからない。
が、母はそれが大変な重労働だと繰り返し繰り返し愚痴をこぼす。
まあ、一人で暮らすには大きな家だし、年老いた体には辛いかもしれないなあ、と流し聞きをしながら思った。
夕飯の支度の時に一度。
戸締り後に一度。
母の布団を敷きながら一度。
合計三度、物置に誰かが勝手に入って来て箒とスコップを盗まれた、という話をされた。
その都度、私は、窃盗だから警察を呼ぶべきだ、と言い、母は面倒だから嫌だ、と答えた。
左手が知らず知らずに力いっぱいこぶしを握っていた。
風呂を沸かそうと浴槽を覗くと、幾日も沸かし直したらしいドロドロになっている残り湯があったため、急いで風呂場を掃除するはめになった。
完全にきれいになったとは思えないが、まあましだろう、と湯を張る。
急いで洗ったためか、湯に髪の毛やゴミが少々浮いている。
髪は自分のものかもしれないが、それでも嫌悪感が沸いてくる。
そのような風呂に入りながら、またしてもすべてが嫌になっていた。
腕に髪の毛が張り付いている感覚があり、シャワーで流したが、しかし右腕のその感覚は、流しても流しても消えず、少し気持ち悪く感じていた。
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