21.マリアとテイラー

 ある夜〜


「あなたがここに来るなんて珍しいわね」


「マリア、オリジナルは揃ったんですか」


「そんなことを聞きに来たの?あなたには、もう無関係のはずよ」


「無関係ではありませんよ。あなたがやろうとしている事で、迷惑を被る可能性があリますからね」


「私にその予測が立てられないとでも言いたいのかしら」


「そうは言ってません。出来ればそれをあなたに踏みとどまって貰いたい。そう考えています」


「ふうん、あなたにも人間の心が残っているのね。いい?これは私の復讐なの。私を殺された。結婚式を挙げるはずだった恋人も殺された。お腹の中にいた赤ちゃんも、そして、私を守ろうとした兵隊さんも殺された。そう最後のひとりはその兵隊さんよ。先日見つけたわ。ボブと名乗っていた。でもオリジンは抜かずにそのまま行動を共にしてもらう事にしたの」


「八体のオリジンですか」


「二つ目は私、四つ目がボブ、レア、シャルル、ヴァンス、リード、そして、ひとつ目の貴方ね。でも三番目はどうしても見つけられなかった」


 テイラーはフラッシュバックする記憶ビジョンの中に、その八体でないものがあった映像を見た気がしていた。


「マリア、オリジナルは本当にその八体だけなんですか?私の中にそれとは違う記憶がある気がするんですが」


「ええ、アルフレッドが書き残した資料によるとカスター県のリードが最後になっているわ」


テイラーは左眉を上げ、首を少し傾けた。


「私が棚の上の透明容器をひとつずつ手に取っている映像が浮かんだことがあります。そこはあなたに前話しましたね。でもそれには続きというか、その前段階の映像があったんです。それを先程の保守プロセス中に見たんです」


「記憶が繋がっていっているのかしら」


「そうかも知れません。フラッシュバックは見たとしても新しい記憶領域にコピーされる事などなかったんですが、この実験室の映像だけ見たあとも記憶領域に刻まれました」


「で、どんなものだったの?」


「私が実験ロボットに挿入された時、私はあの国の兵士でした。その隣にはあなたがいた記憶もあります。そこである人がそこに連行された。名前はなんと言ったか思い出せませんが。その後の記憶が断片化しているのですが、あなたが倒れていて、十数人の兵士が撃ち合って死んでいる場面、いや何かに頭を潰され死んでいた。そして連れてこられた人も弾に当たって死にかけていた。もうひとり大きな機械の下敷きになって死にかけている人がいました。そこの場に立っていたのは私だけだったんですよ。そうそう、その下敷きになっていたのは私に別の場面で話しかけていた髭の男でした。その男が言うには、弾に撃たれた人間を助けたいのなら言う通りにしろと、そして私はその機械を操作して、その男からオリジンを抽出しました。最後に髭の男も命の灯が消える前にこの装置に入りました。最後のレバーを倒したのは私です。そしてそれらを容器に入れて棚の上に置いた。だから、オリジナルはあとふたつある筈です」


マリアはそれを聞き驚愕した。髭の男、それはアルフレッドに間違いない。「テイラー、その撃たれた人には何が刻まれたの?そして、髭の男には何と刻んだのかしら」


テイラーは記憶のリボンを解こうとしたが上手くいかないようだった。


「断片化して、繋がりません。その男に何かを頼まれたような気がしています」


 マリアはアルフレッドが生きている可能性を考えた。しかし、もし生きていたとして、彼にも擬装が施されているはず。記憶が戻らぬまま生きていけばいいとも思った。そして本当の復讐が可能なら、それの偽装を取り払った上で復讐を敢行する可能性も。


 何れにせよ、それはこの計画を揺り動かす要素とはならない。段階的に実行していけばいい。


「そうね。それが本当に本当の記憶だとすれば、オリジナルは後ふたつあるのかしら。資料に無ければ探しようがないかも知れないわね。ただ、最後の10個目のものは探さないほうがいいかも知れないわ。それは記憶の深淵に繋ぎ止めて置くべき怪物かもしれない」


「まだ探すおつもりですか?」


「いえ、どうしたって三番目も見つからない今となっては、全てをコンプリートする必要もないわ。今のメンバーでやる事にする」


「欠品した状態でそれを公表するのですね」


「そう、シナリオは書いた。後はそれをトレースしていく事にするわ。妨害はしないで頂戴。あなたと争うつもりはないから」


「ダイニも言っていました。避けて通るべき物事を、自らが好んで食事をとるが如く貪ると、その味すら解らず、その本質を知らぬうちに瞬きの間に置いてしまう。見ても解らず、食べても解らぬ、と。彼は瞬きの間に多くのものを見失った。その自戒を後に続くものに受け渡したかった。あなたには瞬きの間も、事は動いてしまうという事を知ってほしいと思います」


マリアは思った。

テイラーはよくダイニのことを引き合いに出す。ザックはよく本を読んでいた。彼の読んでいた本の中にダイニの本があったりしたのだろうか。私はあの頃本のことが嫌いで見ようともしなかった。でも今ならザックとダイニの事で、話しの花を咲かせることが出来るかもしれない。

でも、それは叶わぬ幻想であり、遠い記憶なのだ。


「見ても解らず食べても味が解らない。そんな風にはなりたくはないものね。実行しようとする時心と身体が離れてしまうとそうなるのかも知れないわね。でも私たちの心はオリジンに焼き付けられているわ。心は常にここにある。これをハンマーでつぶされない限りもう失いようはありません」


「ダイニの事ばかり言って申し訳ありません。以前、ここに来たときにダイニの本をカウンターの上に見つけました。何故かそれが心から離れなくなって、それから私の愛読書となりました。いや、もしかして人間だった時に読んでいたのかも知れませんね。どうにも思い出せないんですがね」


マリアは先日の時のことを思い出していた。

テイラーはこの本の事を知っていたはず。この作者の気持ちがどうであるかとか、この描写には否定的だと言っていたはずだ。

今ここにいるテイラーはその事を覚えていないのか。

おそらく記憶の引き出しが混乱したままなのだろう。テイラーはもしかすると、私が彼のオリジンを触った時に、何らかの異常を起こしているのか。彼の記憶のアウトプットの乖離についてデータを取っておく必要があるかもしれない。


「テイラー、あなた、家のアルコーブでの保守プロセスと、それを含めてここでのアルコーブにも入ったらどう?少し記憶の掛け違いが生じているかもしれないわ。いえ、あなたを仲間に引き込もうとするわけじゃない。少しあなたの記憶領域が心配なのよ」


テイラーは左眉を上げて首を傾げたが、それには同意した。そして胸に手を当てて目を瞑って祈りの姿勢をした。


「??それは?」


「これですか。これはマニガンの女の精霊に祈る仕草です。マニガンの洞窟に棲む女嫌いの精霊は、男性しか前に来ることを許しません。マニガンの多くの男性はこの祈りを小さい頃から躾けられるんですよ」


「そう言えば父がそんな恰好を良くしていたわ。でもそんな事今まで知らなかった。何故なのかしら」


「伝統的に女性には禁忌なのですよ。女性に対して教えたりそれを話したりすることも禁じられていました」


マリアは記憶を紐解き始めた。しかしなにか違和感を感じた。


「でもザックはそんな祈りをしたことは無かった気がするわ」


「既婚の男性と未婚の男性との違いでしょう。未婚の男性はその仕草を女性の前でしてはいけないことになっています。精霊がやきもちを焼き、禍が起こると信じられていたからです」


「そうなの。今まで知らなかったわ。250年掛かって知る事もあるのね」


マリアは一つ疑問に感じていたことをテイラーに話した。


「テイラー、ヒト型創造物の多くにこの癖が稀に現れるのは、あなたのオリジンから伝達機能部分をコピーしたせいなのかしら」


「そうかも知れません。大量の創造物にその"癖"以外に伝達部分がコピーされていないことを祈るばかりですよ」


 マリアはテイラーのオリジンをもう一度触ってみたいと考えた。しかし、彼のオリジンは一部が溶融し擬装と固着した部分があった。あれを引き剥がすことは自分にはできない。それをやろうとすれば彼のオリジンは壊れてしまうだろう。彼の記憶のリボンの裏と表を繋ぎ合わせる事ができる技術者はいるのだろうか。


「テイラー、とにかくあなたの人間の時の記憶が鮮明なところと、そうではないところの分断が大きいわ。あなたが記憶の回復を望むのなら、わたしはオリジナルの仲間として支援をしたいと思う。それはわたしの計画とは無関係だと信じるのなら、その支援を望みますか?」

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テイルとテイル ハーブスケプター @kyo_kono

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