19.そして251年前
ここマニガン県には多くの船が行き交う港と、漁業を営む人たちが使う港が入江の北側と南側で仕分けされていた。とりわけ北側の港には大きな船が何艘も停泊し、貿易商が大勢闊歩する街と併設されていた。反対側の南側の港は小さな船が朝になると出ていき、夜になると帰る典型的な漁港の町だった。
ここで生まれ育ったザックはライデル家の長男であったが、親の職業は継ぐつもりもなく、漁業にはなんの興味も抱かない青年だった。痩身で背も高く、町の女たちから恋文を渡されることも少なくなかった。しかし、彼は女にはあまり興味はなく、昔ここに住んでいたとされる“ダイニ”と言う、哲学者であり作家の人物の本を集めては読むという。本好きというよりはマニアックな類の志向性を持った青年だった。港にいても本をいつも手放さず読んでいたし、誰に声をかけられても気が付かないほど本に熱中し、のめり込んでいた。
「ザック、よく聞いてくれ。最近、北の港が何だかきな臭い。何かが起きそうな気がしている」
「何かって何だよ、父さん。この町はいたって平和じゃないか。日差しはこんなにも暖かだし、風は色がついたみたいに爽やかだぜ」
彼の父親のアベルはその父親の時代からの漁師だが、父親の時とは違い、情報を人より早く利用する手立てを持ち、常に先取りした技術と人並外れた能力でのし上がってきた男だった。
「今の時代は情報が命なんだ。漁にしてもそうだし、世界情勢を理解しないまま安穏と漁師だけしているなんて自殺願望を持った人間と同じくらい愚かだよ」
「父さんの持論は聞き飽きたよ。本題は何なんだ?きな臭いって?」
「先ずは反対側に見える貿易船だ。入港数が先月の四分の一くらいになった。あっちの港町は人が半分以下になっているそうだ。金持ち達は自分の船を沈められるわけには行かないからな。そう言う土地への貿易を渋り出す。そして積み荷を武器に変えて、その相手国へ商売相手を鞍替えするんだよ」
「戦争が何処かで起きたってことか?」
「ああ、そうだ。これは間違いないだろう。そうなれば我々もこの国のために召集や拠出要求されるかもしれんって事だ。用心に越したことはないが、備えておくんだぞ」
ザックの父親の読み通り、遠い国の小競り合いの戦闘が発端となり、世界的な戦争に発展しようとしていた。
〜
「ザック!ザックはいるの?」
「ああ、ここにいる。船底だ」
ザックは船底に潜って何かの作業をしているようだった。
「メアリー、どうしたんだ?港に来るなんて珍しいじゃないか」
「お母さんに訊いたらここじゃないかって。それで探しに来たの」
「漁港に来たりしたら自慢の服が魚臭くなってしまうぞ」
「いいわ。それでも。あなたと一緒なら臭くてもいい」
「はは何だよそれは。いいかい?僕は誰とも付き合わない。幼馴染の君であってもだ。僕は本と心中するんだよ」
小さい頃から隣同士の二人はいつも一緒にいた。親同士が仲が良かったので、何か家族の行事があれば常に行動を共にしていた二人だった。両方の親も、出来ればこの二人が一緒になってくれたら両家は安泰だと考えていた。
メアリーはザックより二つ年下だったが、小さい頃の、そして女の子から見る男への年の差など無いに等しいものだった。彼女はザックとつかみ合いの喧嘩をしてもいつもザックを泣かせていた、いつも真っ黒に日焼けした少女だったし、ザックはと言うと、本ばかり読んでいて表に出ないので、白い肌を同じ歳の者たちに馬鹿にされる始末だった。
そんなある日。ある貿易船の船長が北の町を根城にして、町の女どもに悪さをして回っていると噂が流れていた。当時、15になったばかりのメアリーは北の町に用事があって訪れていたのだが、来たことのない町で道に迷い途方に暮れていた。
そんな彼女を偶然通りかかって見つけたのが、貿易船の船員であったのが彼女の不幸の始まりだった。言葉巧みに15歳の少女を誘導して、当時
おそらくその船員は貿易の傍ら人身売買をするような不貞の人物であって、その船の船長共々とても出来のいい人間の類ではなかったのである。
少女たちが大勢いた。
その中にメアリーは、その中のひとりとして加えられた。
みんな泣いていた。
どうしていいか分からずに泣いていた。
メアリーもそれにつられ泣いた。何もわからない自分を呪うかの様に泣いた。
次の日、船員と思われる多くの屈強な男たちが目の前に現れた。深夜のうちに女たちを運び出して船荷にするつもりの様だ。まんまと騙された女たちは繋がれたまま荷車に乗せられて港へ行くことになった。12、3人の女たちは自分の無力さを呪い、断末魔かのような声を上げている。しかし深夜の港町にその声を聞き取ってくれるような者は皆無だった。
荷車の中で揺られながら、多くの少女たちと肌寄せ合いながらメアリーは昔のことを思い出していた。
二年前のある日のことだった。
男の子の成長が女の子のそれを上回るときが来て、今までのような自分を保てないことを悟り始めていた時のことだった。ある日、口喧嘩になった男子とのそれが口喧嘩では済まなくなった。
昔なら先に手を出されても、後で出したこちらの手のほうが強かったし、男子に負けることなんて無かった。
でも、今回は違った。
後からどれだけ手を繰り出しても、その男子に力では勝てなかった。次第に疲れてしまい、打たれた腕も腫れて動かなくなっていった。
そして、初めて口に出した。
『助けて』と。
その瞬間、横の方から誰かが飛び出てきて、相手にしていた男子の上に飛びかかった。上に乗った男の子はその男子だけに狙いを定めて上に乗って潰しにかかった。何度も鉄の拳が男子に向けて放たれた。やがて、仰向けの男子は動かなくなりやっと上に跨っていた男の子が立ちあがった。
両手の拳を血だらけにして立ち上がった男子は、あの白い肌のザックだった。
「大丈夫でしたか?お嬢様。お怪我など召しませんでしたか」
ザックはそう言うとメアリーの手を掴んで一目散に走り出した。遠い所まで走った二人は笑いが止まらなかった。
「なに?ザック。お嬢様って誰のことよ」
「いえ、お嬢様がご無事ならわたくしは何も要りません。あなたを守るためにこのザック、身を粉にして働きます」
「何なの?ザック。何処かのお金持ちの執事みたいね」
「ええ、お嬢様。わたくしは貴女の執事。いつでも危険があればお呼びください」
メアリーはこの時に初めてザックに恋をした。
ザックには全くその気など無かったのだが、恋する乙女の情熱は留まることを知らなかった。
〜
~
『ああ、助けてザック。わたしの執事。いつも私のそばにいて見守っていて』
そんな願いも虚しく、少女たちは船に乗せられ船倉へ閉じ込められようとしていた。
~
メアリーが北の町に行ったまま帰らないと隣家の夫婦から聞かされていたザックは、血眼になって北の町を探していた。
偶然の事だった。深夜まで町中を探し回っていたザックは荷車の音を遠くに聞き分けていた。馬に引かれた荷車を見つけた彼は、すれ違いざまにその後尾に飛び乗ってしがみついた。しばらくそこに摑まったまま荷車の中の大勢の女たちの会話を聴いていた。
これは人浚いだ。そう確信した彼は馬車の行先を眺めていた。
近くに船が見えてきたとき、彼はその手を放して飛び降りすぐさま船の側面に飛び移ったのだった。
本を読んでいるだけの痩身の優男の動きではなかった。
メアリーを取り戻すために、あらん限りの力を出そうとしている一人の男だった。
〜
まず彼は係留には使われなかったロープを見つけてそこから甲板によじ登ることにした。
殆どの真面目な船員は、丘の宿に宿泊しているだろう。深夜の船には、見張り番と荷車を引いてきた数名の船員だけだろうと推測したザックは、まず機関部のある部分に潜った。船の構造など小さくても大きくても大差はない。船の構造を知り尽くしている彼には容易に到達できる順路だった。
彼は先ず船の蒸気機関の近くに行った。
そこには火の番をしている痩せ細った男が無防備に寝ていた。そこでザックは別の部屋に侵入して、ナイフと丁度いい長さのロープを調達した。寝ている男を椅子ごと縛り上げナイフでそこらの布を切り刻んで作った目隠しと
「静かにしろ。いいな。大きな声を立てるんじゃないぞ。お前の頬に当たっているこれが何だか分かるよな」
そう言って冷たいナイフを彼の頬に何度も当てた。ザックは彼を後ろ手に縛ると椅子ごと縛り上げていたロープを解いてやった。
それはこれから起こるであろうことから自力で逃げられるようにしてやるため、そして自分を殺人者にしない為でもあった。
船員は目隠しをしているし、最初に縛られた感触がまだ残っているので、まだ椅子に縛られていると思い違いをして座ったまま大人しくしている。
「面白いな。人間というのは恐怖と視覚を失うことでああなってしまうのか」
ザックはそう思いながらも次への行動を起こそうとしていた。
火種の石炭をスコップで掬い上げそこら辺にばら撒いた。そしてそこにある消火用の水瓶を火元に向かって投げ入れた。
大量に吹き出す水蒸気と粉塵が機関室を覆い、黒煙のようになって部屋から吹き出した。
ザックはあらん限りの声を振り絞り叫んだ。
「火事だ火事だ火事だ!」
他の見張り番の船員と女たちを船倉に押し込んだ二名の船員が慌ててその方向に走ってゆく。その間に機関室にばら撒いた石炭が床板を焼き、本当の火災になっていった。船に残っていた男たちがやっとやって来て消火活動に精を出す間に、ザックは船倉に行き目隠しと手を繋がれている女たちを開放してやった。走り出る女たちを見送ったザックは、最後に残された女の前に立ち、目隠しを解かずに手のロープだけを切ってやった。
「こっちだ。こっちへ来い」
それだけ言うと女の手を握り、船倉から外に出た。
そしてこう言った。
「走るぞ」
目隠しをされたその布が耳までを覆っていた為、助けてくれた男の声がよく聴こえない。しっかりと握られた手が、彼女の安全を見守りながら、倒れぬように支えながら走り続ける。
走るのをやめ男は言う。
「お嬢様、お怪我など召しませんでしたか」
メアリーの目隠しから何かが染み出て布の色を変えていった。
「ああ、ザック。ザックなのね。私のそばにいつもいて。執事の様に」
目隠しをしたまま彼女はザックと口づけをした。ザックも彼女を強く抱き寄せる。
大きな月が海の向こうに沈んでいく。沢山の星だけが二人を照らしていた。
〜ある日〜
「ねえ、ザック。本ばかり読んでないで私を見て頂戴」
「ううん?ああ、ごめん。この生活はやめられないんだよ」
「わたし、本なんて嫌いよ。ちっともザックが私を構ってくれないもの」
「君も読んでみなよ。面白いからさ」
「嫌よ、読まない」
「ずっとかい?」
「死ぬまで」
「あははは、でも君はいつか本を読むようになる。死んでからだから100年後?」
「読まないってば。100年後も150年後も200年後もね」
「じゃあさ、250年後なら読んでも良いんじゃない?」
「そうね。考えておくわ」
二人はそう言って笑いあった。
しかし、二人の幸せはいつ迄も続かなかった。
戦争がこの星中に拡がり、この国にもその余波が押し寄せてきていた。
〜
「ザック、心して聞け。ついに開戦だ。俺たちの生活も今まで通りにはいかなくなる。隣の県ではもう拠出令が下ったそうだ。じきにここもそうなる」
アベルはそう言うと家財のリストを作ることに精を出していた。
「まったく、国の連中は何を考えてやがる。末端の国民が居て頑張って下支えしてこその国だろうに」
ザックはその父の言葉は尤もだと思った。
「徴兵はあるのかな」
「分からん。今の軍隊だけで必要数が足りるのなら徴兵はされんだろう。しかし、戦争が長期化していくとそうは言ってられん状況になっていく。その場合は若いもんから徴兵と言う事になるかも知れん」
アベルの読み通り、戦争は哀しくも長期化の局面を迎えていた。そしてここマニガン県にも徴兵の令が施行される事になった。
メアリーとザック。二人が恋に落ちてから一年経ったある日。
「メアリー、マニガレント岬に行かないか」
「何度も行ってるじゃない?別に目新しい所でも何でもないのに?でもいいわ。貴方となら何処へでも行く」
岬が見える浜に到着した二人は流れ着いていた大きな流木に腰掛けた。
「ほら、ここは眺めがいいだろう?岬が遠くに見えて、その稜線の続きに低い山、こっちには切り立った崖があってここの浜を大きな波から守ってくれている。だからここの海は静かで優しい。僕はここの海が大好きなんだ。絵心があったのならこの景色を絵に閉じ込めたいとさえ思うよ。でも僕は絵を描くのが得意じゃないから、これを目に焼き付けておきたいんだ」
「ザック・・。あなたが好きなのなら私も好きよ、この景色」
「メアリー、僕が好きな本を好きになってくれないのに、景色は好きになるんだ」
メアリーは笑いながら答えた。
「本はだめよ。あなたと一緒には、顔を突き合わせてまでは読めないもの。でも景色ならこうして一緒に見ることが出来る。だから好き」
「なるほど、そういう事か。本は暫く封印して、君と同じ景色を数多く見よう。そして君の頭の中に残る景色と、僕の頭の中の景色がいつも同じになる様に暮らしていこう」
「ザック、私をあなたのお嫁さんにしてくれる?」
「勿論だ。僕の妻は君以外にはあり得ない。僕は変わった。あの頃の僕じゃない。君だけを好きになる事が出来たのは君のおかげなんだよ。結婚してくれるかい?メアリー」
メアリーは静かに頷いて言った。
「あなたは人買いに攫われた私を守ってくれた。だから、私もあなたを守る。あなたに危機が訪れたらいつでも私が助けに行く。約束よ」
「僕も約束する。君を未来永劫に守り続ける。150年後も250年後も。約束は守られねばならない。約束とはそういうものだからね」
「ザック、愛しているわ」
「ずっとずっと愛しているよ」
〜現在〜
サトウ家アルコーブ〜
保守プロセスの為にアルコーブに入ったテイラーは、胸に手を当てて目を瞑った。眼球センサーがくるくると動き回り、彼は創造物が見ることなど無いはずの夢を見ていた。
『それを手に入れてからお前は変わったのか』
痩身の男が彼にまた問いかけている。
「前にも言ったはずだ。私は何も手に入れてなどいない」
『そうかな。それは既にお前の中にあるはずだ。それをただ忘れているだけなんだ。はやく思い出すんだな。そうしないと約束は未来永劫守られることなく砂と化して消し飛んでいく』
「約束?約束だって?」
♪〜プロセス終了、プロセス終了
~
~
『遠い昔に妻と交わした約束があった。彼女を亡くした今、それは、未来永劫守られることのない取り決めとなった。わたしはそれを悔やみ続ける。その崇高な取り決めが砂の城となって朽ち果てようとも、それが墓石に刻まれるような都合の良い言葉になり果てようと。約束は守られねばならない。本来、約束とはそういうものなのだから。どうか年老いたわたしに勇気を与えておくれ。約束を守らずに安息の地に行くことなど出来はしない。 ダイニ 』
~
~
「これはダイニが残した最後の文章。これを最後に世から姿を消したのよね。彼は安息の地へ行くことが出来たのかしら」
執事は言った。「マリア、それは私にはわかりません。それよりも彼が交わした約束は、彼と妻との永遠の約束であり叶えられる叶えられない以前に、彼の中心で生き続けていった。いや今もずっとずっと生きているのです。わたしはそう思います」
「そうね。わたしも、昔愛する人と約束を交わしたわ。あれから251年が経ったけど、今も私の中心には彼との約束が生きている」
「素敵な男性だったのでしょうね」
「ふふ、そうね」
~251年前~
「メアリー、とうとう僕にも召集令がかかった。しばらくは軍の訓練所での生活、そして何年後かには戦地に行かなくてはならないだろう。けど必ず僕は帰ってくる。君の元に帰ってくる」
「どうかご無事で。私はここで待っています」
ザックのように軍隊の事を何も知らない者でも、訓練所でし烈な訓練を受け、いっぱしの兵として戦地に向かわせる。当初は訓練期間も長めだったが、戦局が長引くにつれてその訓練期間も短縮され、兵士として機能出来ない者も多く戦地に配されていく事になる。
ザックも三年の訓練期間が一年と二ケ月に短縮された。相当に戦局が悪化していることを認識せざるを得ない状態だった。
飛行機に乗り三十名の同期と戦地へと飛んだ。彼は第三十八部隊所属の衛生隊の新兵として三名と共に当地に赴任した。後の二十七名は後方支援部隊に配置されると聞いた。
ここは野戦病院とは違って前線からは遠い、後方の立派な建屋がある医療施設だった。
「よく来た諸君、我々は君たちを歓迎する。ここは戦地から離れた後方だ。そして戦いで傷ついた戦友たちを手厚く治療や手術を行う、そう、ここは命を救う場所だ。名誉をもってここの仕事に励んでくれ」
ハンス・クラウスと言う班長が訓示を行う。
恰幅の良い体躯からは、威厳と自信とそして愛が満ち溢れているとザックは思った。
ここでは医療行為を行いながら戦闘に備えての訓練も平時として行うのが日課となっている。
その訓練もハンスが管理していた。
「おい、最後尾のそこのでかいの。君は何という名前だ」
「ハンス班長、自分はザック・ライデル二等兵であります」
「ザックか。まあここの訓練など実戦にはほとんど役には立たないだろう。しかし身体を常に鍛えておくという部分においてここの仕事を全うするためには大事な事だ。君はもう少し体重を増やしたまえ。その方が仕事が楽になるぞ」
「分かりました班長、自分は体重を増やします」
~三か月後~
「おい、最後尾!良い体格となったな。どうだ。傷病兵の介護をする際にも苦労は無くなっただろう」
「はい、ハンス班長の言うとおりであります。最近は寝たままの人間を動かすにも力は必要としなくなりました」
「そうか、君は呑み込みが早い。期待しているぞ」
~
「ザック、お前えらい班長に気に入られているみたいだな。焼きもちを焼いてしまうくらいだぞ」
同僚のダストンがザックの肩を叩き笑いながらそう言った。
「ダストン、僕はあの方を尊敬しているんだ。ほら、有るだろ。何と言うか身体からにじみ出てくるようなものがさ」
同期のダストンも班長のことを嫌いではなかったが、ザックの正直な気持ちには負けてしまうなと思ったのだった。
〜
ある夜のこと。
ハンスは隊員たちの宿舎に顔を出している。
「おい、最後尾よ。君は余暇にいつも本を読んでいるな。それは誰の何という本なのだ」
「班長、これでありますか?」
ハンスは隊員たちの健康状態等などの調査も兼ねて、様子の見守るために定期的にこのような巡回行動を取っているのだった。
「そうだ、そんなに面白いものなのか」
「私の故郷は海の見える町でありまして、そこに昔住んでいたと言われている作家の本なのです。故郷の海と思われる情景や心象が書かれていて、しかもその心象が今の時代の私達にとても繋がるような言葉で書かれているのです。中にはあまり共感できないものもありますが、往々にして素晴らしい言葉が紡がれていて、私はその言葉に心を揺さぶられるのです」
ハンスは真っ直ぐに気持ちの中を整理して言葉に表すことの出来る若者をあまり見たことがなかった。故にその“最後尾”の事を気に掛けるようになっていた。
その数日後の訓練中の事。
「最後尾よ、君は隊にかなり馴染んできたな。そろそろここの隊の恒例のあだ名をつけてやるか」
ザックはそう言えば先輩方は常にあだ名で呼ばれていたが、自分達三名は名前で呼ばれる事が多かったなと思った。
「君は本や物語が好きなのだな?」
「はい、そうです」
「そして、いつも最後尾に隊列を組んでいるな」
「はい、その通りであります」
「では今日から君はテイルだ」
「テイル・・でありますか」
「最後尾、尻尾のtailでも、物語のtaleでも同じテイルだ」
〜現在〜
サトウ家アルコーブ〜
『そう、お前はテイルだ。金属の石に移される際にそう名乗ったはずだ。それが間違って刻まれたのだ』
「テイル?なんですか、それは。私はテイラー、この家の執事です」
『お前の石は壊れかけている。次に触れば必ずそれは崩壊する。触る前に思い出せ。いいな』
~
ザックはハンスからあだ名を与えられて嫌な気はしていなかった。
それよりも尊敬している班長から与えられた名前に誇りすら感じていた。
敗戦が濃厚となった時、班長から早々に帰国するように言い渡された時も、彼の手を握って永遠に離したくない感情にとりつかれていた。
ザックは帰国する際にハンスに自分の愛読書だった「ダイニとしての生涯」という本を手渡した。
ハンスはテイルに礼を言い、いつか会える時があったらこの本の感想を君に話してみたいとも言った。
飛行機の貨物室に乗った彼は、一人残ったハンスに対してカーゴゲートから無言の敬礼をし続けた。
〜
〜現在〜
「ダイニの人生は謎に包まれているわ。いつ生まれたのか、そしてこのマニガンにいつまで暮らしていたのか。数々の文章や詩を残した彼だけど、ある時を境に一気に書き始め、ある時を最後に姿を消した。貴方のダイニについての知識はマニガンで培ったものなのかしら」
「それが分からないのです。何故私がこの詩人のことを知っているのか。恐らく同じ同郷のものとして、人間の時に共感していたって事なのだろうと思います。ああ、ただ、私はマニガンについては何も思い出せません。この詩人が唯一の繋がりなのです」
〜マニガレント岬が見える浜〜
「帰ってきた。ここの景色はいつ見ても静かできれいだ。この海はずっとこのままであってほしいが・・・敗戦した我が国にも直に占領軍が入ってくるだろう。そしてこの町にも」
ザックは浜をあとにして住み慣れた町に入った。
「ザーック!ザック、ああ帰ってきたのね?ああ、ザック。愛しい人」
「メアリー、待たせたね。もうあれから七年だ。君に会いたかったよ」
二人は互いをきつく抱きしめ、身体がひとつになれと願うかのような口づけをした。
「お母さん!お母さん、ザックが帰ってきた!」
メアリーの母親は娘の夫になる男を見て涙を流した。
〜
その夜は両家の人間が一つの家に集まって食事となった。
ザックは自分は後方の支援部隊にいたため、戦地に行くこともなく過ごせた事と、そこで出会った上官の素晴らしさを語り、そしてこの町にも占領軍がやって来るであろうことも話した。
「何も心配は要らない。捕虜になっても国際法で守られる筈だ。奴等も無茶なことはしないだろう」
メアリーはザックの言葉を信じようとしたが、不安のほうが大きくなった自分を認識していた。
「でもまだ彼らは他国とは戦争が続いてるのよね。彼らも必死だから何をするか分からない気がする」
「メアリー、約束したろう?君の事は僕が守る」
「そしてあなたの事は私が」
両家の両親たちはそんな二人を見て頬笑ましく笑うのだった。
そんな両家の幸せを握りつぶすかのように占領軍が入領したのは、その三日後だった。
占領軍が先ずやった事は、あらゆる武器と武器に転用出来そうな物を全て取り上げる事だった。しかし、町の住民たちを捉えることはしなかった。それは収容施設を作る事の不採算と、その作業に追われて人力を割くことを良しとしないだけのものだったが、その事が更に住民たちを恐怖に陥れた。
「奴らは俺たちを自由にさせる振りをして、いつでも殺せるって言いたいんだ」
そんな自縛的な考えが町に蔓延していた。町を占領したのは第31部隊という隊だった。
隊長のスクーリアは叩き上げの軍人で質実剛健を絵に書いたような軍人だった。
枢軸国の軍人ではあったが、隊の人員には国際法に背くような事は一切許さなかった。もし背くものがあったと聞けば自らがその者を直ぐ様に処刑した。
勿論、そのような事を隊員達は知っているので、彼の裁きを恐れて従順にならざるを得なかったと言う側面もあった。
生ける捕虜とした住民たちを前にスクーリアは演説をした。
住民たちに絶対に危害は加えない。安心しろ。普段のまま過ごせばいい。ただし、反逆する者があれば躊躇なく処罰する。それだけは肝に命じろと。住民たちはそれを聞き、胸を撫で下ろし、普段通りの生活をしていた。
しかしそんな安穏を打ち壊す出来事がやって来るのだった。
「スクーリア隊長、本部から連絡あり、804がここにやってくるとの知らせです」
「何だと?奴ら何をするつもりだ。アルフレッドか、俺は奴の事は好かん」
叩き上げの軍人であるスクーリアにとって、親族の七光りだけで軍の中枢に幅を利かせる男の事に好感など持てるはずもなかった。
「やあやあ、スクーリアくん。お邪魔するよ。我々は本部の許可の元入領した。暫くここに滞在して活動させてもらう。異存は無いな?」
スクーリアは心の奥で舌打ちを何度も繰り返しながら言った。
「はっ、アルフレッド上級士官。どうぞご随意に。ただ、お願いがひとつあります。申し上げてもよろしいですか」
「何だ?言ってみろ。スクーリア軍曹」
「はっ、捕虜に対しては人道的見地からの扱いをどうかお願い申し上げます」
アルフレッドはそれを聞き、機嫌が悪くなり激昂した。
「貴様!俺に指図をしようとするのか!当たり前だ。そんな事をする訳なかろう。そんな取り決めがなければ、今すぐにお前を使って実験をしてもいいんだぞ」
スクーリアは上官である士官に対しての口の効き方を詫びた。虫酸が走る思いをしながら。
営倉に帰ったスクーリアはこの苛立ちを部下にぶつけぬ様、個室に籠もり、ありったけの力でそこいらにあった壊れた木樽を破壊した。
「あの野郎め、あんな奴がのさばるのならば我が国に未来は無い。近いうちに他国に負けてしまうだろう。軍というのは統率が取れてなきゃいかんのだ。あれは、それを妨害する障壁に他ならない。あいつの思う通りにはさせん」
スクーリアのそんな思いも叶えられぬ事態が刻々と迫っていた。
〜
メアリーの父親が叫んでいる。
「メアリー!大変だ。ザックが連行された!」
それを聞いたメアリーはどうしていいか分からずにただ狼狽えた。
「どうしよう!お父さん!どうしよう」
「メアリー、お前はここでじっとしていなさい。外に出ると危険だ。父さんが人に聞いてくる」
メアリーは床に腰を落としてしまい、ただただ泣くしかなかった。
数時間後、父親が帰って言うには、多く集められた若者たちの中から三名が選ばれて、基地に連れて行かれたという事だった。
「わたし、基地に行ってくる!」
「やめなさい!メアリー、待つんだ」
31部隊の基地に着いたメアリーは、門兵に食ってかかった。
「ザックを返して!私のザックを!」
門兵は門を叩くメアリーを、動けないように軽く押さえつけることしか出来なかった。隊長からきつく言われていたからだ。
「ザックを、ザックを返しなさい!スクーリア!居るんでしょ!嘘つきめ!何もしないと言ったのに」
門兵は堪らず声を上げた。
「お嬢さん、隊長はいまご不在なのだ。本部への連絡のために支部隊へ行かれている。帰りは三日後だ。しかし、お嬢さん。我々は君たちを連行などしない。それをする理由がないからだ」
「嘘つき!連れて行かれたと聞いたわ」
門兵はその時、頭の隅に804の事を思い浮かべた。
それをやるとするならば奴らしかない。しかし、この女性に今それを言う訳にはいかない。
門兵は苦悩した。
「お嬢さん、とにかくお帰りなさい。自分にはそれしか言えない」
また来ると言ってメアリーは引き下がった。しかし、次の日も次の日も基地の前に立ち続けた。
〜804部隊実験室〜
「ほう、勇気ある尻尾(Tail)よ。お前は未来永劫この物語(tale)の主人公となるのだ。こっちに来い」
ザックは思い続けた。
『メアリー、すまない。僕は君との約束を守れそうにない。だが、死んでも魂が、意識が未来永劫残ると言うのなら、僕は君との約束を必ず守る。そして、ずっと君と見た同じ景色を頭の中の石に刻み込むんだ。愛しているよ、メアリー』
「覚悟はできたのか。テイル」
「それが負けた国の人間の定めであれば。しかしアルフレッド。貴方には鉄槌が下されるだろう。僕がしなくとも誰かが貴方の脳天を叩き割るだろうさ」
「その意気込みはどこから来るんだ?それはお前の覚悟なのか。よかろう。覚悟を保った尻尾よ、ここに入れ」
ザックはポッドに入り、胸に手を当てて目を瞑りメアリーの事を思い浮かべたが、その意識は消し炭のように消え去った。
〜31部隊〜
メアリーはこの日も朝から基地の前に立った。
「ザックを返しなさい!ここを開けなさい!卑怯者!スクーリア!出て来い!」
その時、車の隊列が門の前に停まり、門の前を塞いでいる人間に対してクラクションを鳴らした。
メアリーは後ずさりをして車を避けた。
しかし最後の車が通り過ぎる際、知った顔を見つけたのだった。
「スクーリア!降りてきなさい!卑怯者の嘘つきめ!」と車の後部を強い力で叩いた。驚いた運転手が車を急停車させた後、何人かの護衛が車から降りてきてメアリーを捕まえた。
「何事だ!離してやれ。暴力はいかん」
「スクーリア!あなたは嘘を言った!私を騙したのね!何もしないと言ったのに!」
大きな体躯をしたスクーリアが車を降りてきて言う。
「お嬢さん、何事だね。私が嘘つきとは何の話だ。とても心外なのだがね」
「あなた達はザックを攫った。返しなさい!ザックを!今すぐよ!」
「おいおい、お嬢さん。まあ待ち給え。そして落ち着きなさい」
すると門兵がスクーリアの近くに来て耳打ちをした。
「何だと?俺の留守中を狙っての事か?」
門兵は黙って頷きすぐ様敬礼をした。
「お嬢さん、基地の中の応接がある。そこで暫く待っていてくれないかね?自分は今の事に対して調べなければならない。いいね?待っててくれるか」
メアリーは中にいた兵士に連れられ応接室に入れられた。そこで茶や菓子を出され客人として饗された。
〜
「ようし、二名のものついて来い。804の駐屯地へ向かう」
車はメインストリートを走り、山の手にある役場を接収した基地に到着した。
門兵が二人銃剣で行く手を遮っている。
「止まれ、止まれ。ここは通せない」
そう言った門兵をスクーリアは見た。
『ロベルトじゃないか。なぜこんな部隊に配属されているんだ。君らしくもない』
そう思ったスクーリアだったが、窓を開けずに運転手に対応を任せた。
「31部隊からの応援です。通してくださいますか」と言い記章を見せた。
「はっ、失礼いたしました。どうぞお通りください」
ロベルトは門を開けて車を通すことにした。そして彼はその車が横を通り抜けようとした際に後部座席を見た。
『スクーリア教官?え?何故あなたが』
建物に近づこうと行く車の影を見送り、ロベルトは昔を思い出していた。スクーリアは軍養成所の教官だった。ロベルトは養成所時代にスクーリアの指導を受け軍人となったこの国にあって誇るはスクーリアなり。数々の論功を立て、その凄まじき戦い様は他の者を寄せ付けず。
そんなスクーリアを妬む勢力によって罪を被せられ、軍の中枢から外され養成所に転属させられた。その際、持っていた階級や勲章など全てが剥奪、その後、戦局の悪化に伴い戦地に戻されるも、階級は軍曹。スクーリアはそれら一件についてなんの申し開きもせず、それに対し何の意見も言わなかった。まさに軍人として生きる生粋の戦士なのだ。
〜
「一体何の御用ですかなぁ。スクーリア軍曹、いや本来は中将閣下ですかな」
「そんな昔の階級には興味はありません、アルフレッド上級士官。今日はあなたに問い質したいことがあって参りました」
アルフレッドは嫌味な笑いを浮かべて言う。「何かな、軍曹。君たちは軍部の命令を静かに淡々と粛々と進めればいいのです。我らのやる事に口出しなど以ての外じゃあないですかねえ」
「実は、我が領地にて無実の市民が三名ほど行方不明になりました。何かご存知ではないかと思い馳せ参じたのです」
「俺がか?まさか。そんな事をする訳なかろう。それは前にも言ったはずだぞ。おいそこの二等兵共。貴様ら、何かを知っているか」
何も知らぬと答える二等兵が数名。しかし、そんな茶番にスクーリアは興味はない。
「実は行方不明にと言うのは私の聞き間違いでした」
スクーリアはそう言い頭を下げた。
「そうだろう。そんな筈はないと言っているだろう」
「いや、行方不明にではなくて、ここに連れ去られたと市民からの告発がありました。私は占領地の責任者として、市民からの告発は真摯に受け止める義務を持っています。ですから、ここを調べない訳にはいかんのですよ。アルフレッド閣下」
アルフレッドは奥歯を噛み頬を震わせた。
しかし、言葉はその逆を表したのだった。
「そうですか。中将閣下。お調べなさい。逃げも隠れもしませんよ。おい、案内して差し上げろ」
アルフレッドの態度に妙なものを感じ取ったスクーリアだったが、案内の兵士についていくことにした。後ろについてくる二名の部下達に、用心しろと手で合図を送り、各部屋を案内通りに視察して回った。
そして最後の部屋に入った時、スクーリアは嫌な臭いを感じた。
何かが焼けたような臭いがする。戦場で何度も嗅いだことのある臭いだった。
「この部屋は何かね?」
「はっ、中将、いや軍曹殿、ここは自動陸士の機能向上のための実験装置であります」
「自動陸士の?しかしこの臭いはなんだね」
「たんぱく質の人工合成を行い、疑似筋肉を作っております。おそらくこの臭いは、その筋肉が試験に耐えられず自然発火し燃えたときの臭いかと」
「ふむ、疑似筋肉だと?」
この兵士、兼研究者の言う事は間違いではなく、実際に擬似筋肉の自動陸士への搭載のための研究も行われていた。
「これは何だ?」
スクーリアは、人が入れるほどの大きさの卵のような容器を指差した。
「はっ、これは人体の脳波を記録し、またそれを再生し擬似筋肉の動作をさせるためのインターフェイスです」
しかし、スクーリアは見た。そのインターフェイスと呼ばれる装置の椅子の部分が焼け爛れているのを。これは何か怪しい。しかし、自分たち三人では何も調べなどできないと悟ったスクーリアは、突然言った。
「分かった。アルフレッド閣下には気苦労をかけたとお伝えして欲しい。君もご苦労だった」
804を後にしたスクーリア達は、体制を練り直しだと話し合った。軍本部に申告して科学士官を派遣してもらい調べる他はない。先ずは基地に帰り、あの女性に説明しなくてはならない。どう説明するべきか、スクーリアは悩んでいた。
〜
暫定基地に帰投したスクーリアは、先ずは軍本部に電信を打った。
804が何らかの実験を当地で実行した可能性、そしてそれが戦争犯罪に繋がるような人体実験であるかもしれない事、分析に長けた科学士官チームの派遣を要請しなければならなかった。
そしてため息をつき切った時、彼はメアリーの元に向かった。
「お嬢さん、先ず聞いてくれ。我々は捕虜を攫ったりはしない。それは神に誓っても良い。実は当地に別の部隊が駐屯している。先程そこに行って確かめてきたのだ」
メアリーはスクーリアの眼を見た。女の勘はその眼の奥に嘘がないことを感じ取っていた。
「あの演説には嘘がないって事?」
「そうだ、軍人たるもの人道的に捕虜を扱わねばならん。捕らえることはすれど、賓客のように扱う。それが道義であり仁義だ」
「あなたは別の部隊が勝手な行動をしたとでも言いたいのかしら?」
「可能性を感じ今そこに行ってきた。だが、確証は掴めないままだ。建物をすべて視察したが捕らえられた者は確認できなかった。すまない。自分が言えるのはそこまでだ。悪いが帰ってくれ」
自分の眼を真っ直ぐに見てスクーリアはそう言った。
「そう。分かった。でも私はそこに行って毎日立ち続ける。ザックが帰ってくるまで」
そう言ってメアリーは兵士に送られ帰っていった。
スクーリアは彼女の眼に強い意志を見たが、何もしてやれぬ事に憤りを感じた。
〜
その後メアリーは役場跡の804の前に毎日立ち続ける事になる。
軍本部はスクーリアからの数度にわたる電信に対して「回答なし」を返し続けた。
「やはりあの野郎が裏から手を回しているな。このままでは埒が明かぬ」
軍中枢に叔父がいたアルフレッドの威光に怪しむものは以前からあったが、本部としては彼を呼びつけては査問する事しかせず、内容を審査することは皆無だった。しかし、本部内で804の活動内容に疑問を持つものが増えたのは確かであったし、その頃からアルフレッドに対して自動陸士の研究成果報告を常にするように求め、彼は追及もされる事となっていた。
その追及に焦るアルフレッドは犯罪に手を染めていく事となる。
マニガン県での出来事はその直後のことだった。
「本部は何を躊躇しているのだ。これを放っておけば我が国が勝利しても栄光の勝利とはならぬ」
本部からようやく調査部隊が赴任してきたのは事件から半年後であった。
編成を組んで役場跡に向かったスクーリアだったが、それを前にして異変を感じた。
居るはずの門兵が居ない。
「突入だ!総員ぬかるな」
しかし、スクーリアがそこで見たものはもぬけの殻となった建物だった。
〜その前日〜
「その娘を離せ!止めるんだ!メアリー、君はこの機械に殺される。逃げるんだ!」
アルフレッドはそう叫ぶ門兵を殴りつけた。
「やかましい。この女の次はお前だ。そこで見ていろ」
更に兵士たちの銃床で殴られたロベルトはぐったりとしたまま血だらけの顔でメアリーを見続けた。
『メアリー、すまない。君をこんな目に合わせてしまったのは自分のせいだ。半年前に君が初めてここに来たときに行動を起こせなかった自分を悔やむよ。すまない、メアリー。僕はその罰を受けることにする。だがこのアルフレッドだけは許さない』
ポッドの中で覚悟を決めたメアリーが彼に訊いた。
「ねえ、勇敢な兵隊さん、最期にお名前を教えてくださる?」
「ロベルト。僕の名前はロベルト!」
「そうロベルト。ごめんなさい。私のせいでこんな事に。償いは必ずするわ。約束よ」
『違う!君のせいじゃない!ああ、メアリー!』
〜
全てが終わったあとアルフレッドは言った。
「計らずも中心を手に入れた。もうここに居ては本部の追及を逃れることは出来ん。総員!撤収だ!急げ!次の地に向かう!二時間ですべて終わらせろ。ここに何も証拠は残すんじゃないぞ」
〜
スクーリアは建物の中で身体を震わせていた。その後804部隊はカスター県に移動し、謎の理由で壊滅の最後を迎えることになる。
スクーリアは後にその全てを知ることになるが、彼の口からはその事について一生語られることはなかった。
二人と一人が交わした約束は、記憶の螺旋の中に埋もれていった。
三人が見た後悔の景色と希望の未来の夢は、約束と言う高尚な言葉によっていずれ記憶の抽斗から取り出される事になるだろう。
251年の時を経て。
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