17.集うオリジナル
深夜、マリアはライブラリの創造物たちに指示を出している。
「ニック、そしてマリア。後はよろしく頼みます」
彼女はその足でハルカー跡地公園に向かった。
ハルカーの定礎のひとつだったモニュメントの陰に一人の人物が佇んでいる。
「ここハルカーも昔の戦争で倒壊してしまった。今生きる人々はハルカーが何であったのかさえも知らずに生きている」
「そうね。あなたも経験したあの戦争。全ての人々を不幸の窯底に沈ませたあの戦争よ」
「自分も貴女もそうだった。あなたは占領地の生かされた捕虜として、わたしはあの国の兵士としてだった」
マリアは黙ってそれを聞いていた。
「私たちが死ぬ半年前に三人の若者が駐留地に連行された。そして一日ずつ一人一人と死体袋が搬出された。ただ最後の一人は運び出されなかった」
「そう、その三人の中の一人が私が愛していた人。おそらく死体袋の一人」
「あの時の事は申し訳なく思います」
「あなたが謝る事ではない。悪いのはアルフレッドという男ただひとり。この事をあなたは思い出した。そうでしょう?」
「そうです。あの時の貴女に起こった悲劇も、自分が叫び続けた慟哭も。アルフレッドを決して許すことはできない」
「残念ながら寿命を持ったアルフレッドは人間としてもう死んでいる。私たちの復讐の標的は彼ではなくなった。今すべきなのはあの事実を全世界にディスクローズする事」
「先日、防衛省の湾岸警備クローラーのオリジンを抜かれました。あれは貴女がしたことですか」
マリアは眉をひそめ言った。「いえ、それは初耳です。私ではありません」
「模倣犯だと言いたいのですか。それには無理があります。暗号プロトコルを素人が理解できるわけありません」
「私ではありません。それだけしか言えないわ。ロベルト」
刑事であるロベルトは職務上の事を言えはしないが、メアリーに対しては少しだけ開示しても良かろうと考えた。
「実はわたしとボスと二人で現場に行った際の事、防衛省のキシワキという男性に捜査を阻まれました。ですので実際にオリジンが抜かれたかどうかは確認はしていませんが・・・・・・・」
「一般からの通報ではオリジンが抜かれていたと通報があったというのね。それは不可解ね。それとキシワキ・・・・。リードに調べてもらう必要がありそうね」
「リード・・・例の彼ですか」
「そう、8番目に焼成された最後のオリジナル。本人はカスター県の出身だと言っていたわ」
ロベルトは自分やメアリーが焼成された時の事を思い出してその被害者に共感を感じずにはいられなかった。
「しかし、同じ警察官としてあまり歓迎はしたくないですね」
「そう言わないで、ロベルト。彼が居なかったらオリジナルの居場所すら分からなかったのよ。貴方の事もね」
「最初はテイラーとの接触だと言っていませんでしたか」
「そう、テイラーとの接触は偶然だったの」
あの偶然がなかったらこれは始まってなかったと彼女は言った。
「ある時に家の主人に言われてライブラリに本の貸し出しを申請しに来たのが彼だった。目的の本を探してあげて彼に渡した時にね、ちょうどカウンターの上に、返却済みのある本があったのよ」
「ある本ですか」
「そう、その本は昔に、大昔にマニガン出身の作家が書いた本だった」メアリーはため息をつきながらロベルトに語った。
「その本を見た瞬間、彼の記憶のリボンの一部が繋がったの。彼は混乱して機能異常を起こしてしまった。彼の出身は私と同じマニガンだった。その時はわたしも記憶を取り戻して直ぐの頃だったので、記憶の再合成で混乱した経験があったのよ。それで彼に聞いてみた訳。記憶に障害が発生しているの?って。テイラーは自分の記憶に、記憶が一部無くならないことに疑問を感じていたの。幸いライブラリには他の人達はいなかったので、わたしたちはゆっくりと話すことが出来た」
メアリーはもう一度ロベルトと正対して言う。「彼は筐体を変えても記憶として断片的に覚えている部分があった。それはある施設で見た瓶のことだったり、髭の男が自分に話しかけている画像だったり。その記憶のタイムスタンプは時系列に並んでいなくて、彼にはフラッシュバックのように突然ビジョンとして現れる。わたしはそれらを聞いて確信した。彼も私と同じで戦争被害者なのだと」
公園の照明が彼たちを影にしている。他には誰もいない。
二人は立ちすくしたまま会話を続ける。
「そこで本の話しに戻してみたのよ。そうしたらね。彼は何故だかこの本の事だけよく覚えていて、この作者はこう言う気持ちだっただとか、あの描写はよくないなんてことを言う訳。わたしは仮にも司書をしているし、本に対しての知識は持っているつもりだった。だから口論になったのよ。ふふふ、面白いでしょ。創造物同志が口論なんてね。でもこれがマニガンの本なのよって言ったら彼は何かを考えこんでしまった。何か大事な事を思い出そうとしているって思ったわ」
「テイルオリジナルは、やはりあの時死体袋には入らなかった唯一の人間だったのですか?」
「そう。彼がテイルだと判明したのは、彼の記憶の中に他のオリジンを見たビジョンがあると言っていたから。ヴァンスにシャルル、リードにレア、無記名のオリジン、そして貴方のオリジンも見たと記憶していたから」
「そこに貴女のオリジンが含まれていないのには何か理由があるのですか」
「そこは分からないの。でもそれは資料によるとカスター県の科学機動部隊の駐屯地の映像で間違いはない。記録にはそれらの名前が彫られたオリジンを保管している記述があるから」
「その資料というのは公開されてはいないはずです。そんな資料をどこで入手したんですか」
「そうね。遵法ではない手法がなければ手に入れられない」
「そうか。彼の仕業ですね。リード」
「そう、最初は私の擬装が偶然に機能しなくなった事、テイラーとのライブラリでの出会い。そして、リードと出会う事によって物語は急速に進み始めたのよ。彼がいなければこの監視社会において私が行動することは出来なかった」
「メアリー、なにかおかしいとは思わなかったのですか。私は警察官、そして兵士だから思うのかもしれませんが、事が急速に進みすぎていることに違和感を感じます。このような場合、拙速な行動は慎むべきです」
メアリーはコートのポケットに入れていた手を出してロベルトの手を握った。
「ご忠告ありがとう、ロベルト。落とし穴に嵌らぬように気をつけるわ。まだ"古きよきもの"はすべて見つかっていない。三番目のものが行方不明だから。でもそれはもういいわ。貴方が来てくれた。もう行動を起こしてもいい時期だわ」
マリア/メアリーはそう言うとモニュメントから去っていった。
公園に植樹された木を強風が揺らしている。残されたボブ/ロベルトはこれから起こるであろう事変に不安を覚えるのだった。
〜
ロベルトは署に戻りデータの整理をしていた。
『オリジナルは8体、執事、マリア、私、レア、シャルル、ヴァンス、そしてリード。見つからない3番目をいれると丁度8体。先日の防衛省の港湾クローラーがもしかするとそれなのか』
ロベルトはそのクローラーのデータをどうしても手に入れたいと考えた。省をまたいだ交流は皆無だし、当然機密のデータなど出してくれる訳がない。ロベルトは最短の解決経路を検索した。
そしてある人物、いや創造物に連絡を取ることにした。
深夜のアルコーブに入った彼は、その人物と繋がるべくプロセスを開始した。
『誰だね?わたしを呼び出すのは』
「わたしはB36分署のボブ。あなたがリードか?」
『そうだ。ボブ?あのボブか』
「?わたしを知っているのか」
『知っている。お前はあの戦争被害者だな。オリジナルの一人だ。そのオリジナルが俺になんの用だ』
「先日の防衛省のクローラーの事件について調べてもらいたい」
『防衛省のシステムからデータを引き出すことは出来ん。それは昔からそうだ』
「嘘を言うな」
『・・・・』
「この通信は警察省のシステムを迂回して行っている。心配は要らない。本当の事を言ってくれ」
『分かった。調べてまた連絡する。しかしもうこの経路は使うんじゃないぞ。すぐに足がつくぞ。それと俺のことを二度とリードと呼ぶな。俺はエルフリードだ』
通信を切り、その全てのログを切り刻んだロベルトはアルコーブを出て朝日が登りつつあるビルの向こうを見た。
「これでロベルト・ジャスティエスはイリーガルとなってしまった」
〜その日の夕方〜
深夜のライブラリに来るようにと伝言を受けたボブは、素知らぬ振りをしながら、人間の就業終了時間を待つことにした。しかし、ヤマガタは時間になっても帰ろうとしない。
「ヤマガタ課長。どうされたんですか。五時を過ぎましたよ。ここからは創造物だけの勤務時間です」
「いや、すまん。ボブ。考え事をしていてな。もう少しだけいいか?調べたいことがあるんだ」
「ええ、一向に構いませんよ。でも就業規則で処罰されるのは貴方なんですから程々にして退署してください」
「そうだな。処罰されちゃかなわんな。でも俺は帰ったことにしてくれないか?ボブ」
「それは出来ませんよ。あなたに埋め込まれたチップの位置情報をシステムは常に監視しています。ここにずっと居ればバレてしまいますよ」
「そうか。であれば外に出るか。君もパトロールと称して一緒に出ようじゃないか。どうだ?すぐに申請したまえ」
「ヤマガタ課長、何を仰ってるんですか」
〜ハルカー跡地公園〜
「ここは?パトロールをここでするのですか?」
「ボブ、“お前”何か隠し事をしているよな」
「まさか。私は創造物ですよ。自律を許されているとはいえ、プログラム通りにしか行動出来ません」
「そうか。俺は君がその枠を超えた行動をしていると考えている」
「・・・・」
「君の随時送信映像データを見た。三日間のものだけどな。ここで何があった?映像が抜け落ちている。抜け落ちた映像はそれだけじゃねえ。他にもあった。君は何をやろうとしている。いや何を知っている。俺と君の仲じゃないか。隠さずに話してくれ」
「ヤマガタ課長。貴方には隠し事は出来ませんね。流石だ。歴代の上司を見てきましたが貴方は最高の上司です」
「ボブ・・・・」
「私の名はロベルト」
「うん?ロベルトの事をあの国の人間はボブと呼んだりするな。それがどうした」
「ロベルト・ジャスティエスと言う名前がありました」
「創造物にそんな名前があるのかい」
「ええ、それは人間だったときの名前です」
「?人間だった・・・・?なんだって?ちょっと待て。君は何を言ってるんだ」
「思い出したのです。つい最近ですが」
ヤマガタは混乱した。こんな答えを彼に求めていた訳ではなかったからだ。同時にミハラが言っていた台詞が記憶に蘇った。
『この技術は戦時中の人体実験の結果で・・・』
「ボブ!君はあの戦争の被害者で、元は人間だったと言いたいのか!」
「そうです。243年前、アルフレッドと言う科学者に装置に入れられ、脳の中身をオリジンに転送されました」
〜
〜
ヤマガタは自分専用のオートモービルに乗りながら狭い室内で叫んだ。
「なんて事だ!!俺は警察官だ。なぜボブを逮捕しなかった!どうしてだ。何故こんなことになる!」
ヤマガタは葛藤と自責と後悔のルーチンが回転し、精神の崩壊と再生を繰り返していた。
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