16.新たな協力者

  ~オウサーシティB36分署~


「ボブ!ボブはいるか」


「はいヤマガタ課長。わたしはここに」


「一緒に来てくれ。またやられた」


「またとは。誰かのオリジンが抜かれたのですか」


「そうだ。今度は防衛省の湾岸クローラーだ。くそっ。どうなってやがる。うちのやつらとあっちのやつはプロトコルは暗号化されている。どうやったらそんなことが出来るんだってんだ」


パトモービルに乗り込んだ二人は南にある港に到着した。


「警察省のヤマガタだ。現認させてくれ」


「ヤマガタ?ここは防衛省の管轄です。お帰りなさい。あなた方の出番はない」


防衛省の制服はヤマガタを制し睨みをきかせた。


「あんたは誰だ」


「私は特殊捜査班曹長のキシワキだ。省内の不出来を調査し送致する役目のものだ」


「おい、キシワキさんよ。こちとら一連のオリジン強奪犯の捜査をしている。これはそれの関連事件だ。その俺たちを止める権利などあるのか?」


「あるのかないのか等どうでもいい。省の物品については機密事項だ。君たちに見せる訳にはいかんのだ」


「おっと、機密事項と来たか。仕方ない。ボブ、ここは引き下がるぞ」


パトモービルに乗り込んだ二人は現場を離れ、少し先の流通トラッカー専用道路に停車した。


「ボブ、どう思う」


「何がですか。ヤマガタ課長」


「警察省と防衛省は違う暗号プロトコルを用いて創造物を運用しているはずだ。それをかいくぐって双方のクローラーをしとめるなんざとても単独犯の仕業じゃないと思う。君はどう考える」


ボブはいつものように即座に答えを返した。


「はい。イリーガルな者が双方の部署内に存在する可能性ありと考えます」


ヤマガタは疑似タバコをふかし、ボブに顔を見せずに窓の外を見ながら言った。


「"お前"はまさかそんな事はしねえよな」


「ヤマガタ課長が私の事を"お前"と言ったのは今回で五度目です。それは私があなたの希望に沿えなかった時に限られました。今回がそういう事なのでしょうか」


「ボブよ。君はあの日、君の保守ルーチンがループしてしまったことを認識したよな。あれは何だと考える」


「通常は破棄されるべき何らかのデータごみが残ってしまい、データ転送の邪魔をしてしまったと考えています」


「他には?」


「他にはありません」


ヤマガタは数秒たばこを吸うふりをして時間を置いた。


「そうか。ならいい」


ヤマガタはパトモービルを再び走らせて署に戻る道を行った。

署に戻ったヤマガタは、科学特捜部のミハラを訪ねた。


「ミハラ、前回のボブのリペアの件だが、あの何とかと言う部品を替えた際に全身をスキャンしただろう。データを見せてくれ」


「ヤマガタ課長、一体どうしたんです。私の作業を気に入らないのならそう仰ってくださいな」


「いや、違うんだ。君の才能はよく理解しているつもりだ。そんな事ではなくてな。スキャンした際にオリジンのデータもあったりするのか」


「ええ、おそらく大量の文字列の中にオリジンの頭書きのデータもありますよ。いつ作られたとか、何度換装されたとかですね。ただこれは通常は読み取れない、いや、読み取ってはいけない約束のデータなんですけどね」


「読めるか?」


「え?読むんですか?本当に」


「頼むよ、ミハラ君」



数十分後、ミハラは文字列の中から該当するであろう部分を切り出した。


「おかしいですね。なんだろうこれは」


「ミハラ、なにがおかしい?」


「製造年月のデータ辺りにおかしな文字列がくっついてるんですよ。こんなのは初めて見た」


「お前、初めてって事は誰かのオリジンのデータも前に見たってことか?」


「いや、それは内緒にしてくださいよ。前に興味半分でリペア中のクローラーのオリジンデータを見たんですよ」


「見てはいけない約束のデータの筈だよな、ミハラ」


と言いながらヤマガタは大笑いをした。


「まあいい、それでどう違うってんだ?」


「先ずおかしいのは年月ですね。大体のオリジンの製造年月は4836以降なんですが、このオリジンには、年月がふたつ記述されています。4841と4817です。それと通常はマザーが製造時にオリジンに便宜的に名前を振っていくのですが、その領域に記述が見当たらない。その4817の直後に後に“Bob fourth”と書いてあります。こんな羅列は初めてです。しかも4番目なんて普通は打ってないんです。単なる名前だけです」


ヤマガタは可能性を考えた。

だがその可能性は今後の不安要素を引出すことになる事もあり得ると。


「ミハラ、先日のA21分署のクローラーのスキャンデータを早急に入手してくれ。何か手懸りがあるかもしれん。あの物流リフト二体のデータは俺が手に入れる」



港湾物流倉庫〜


「警察の方ですか?前に話した以外は何もありませんよ。朝出社したら無くなってたんです。まあ、買換更新の時期に来ていましたので当社としては何も問題はありませんでしたが、一応警察に届け出てみただけです」


ヤマガタを応対に出たロルは面倒くさそうに顔をしかめた。


「まあロルさん、何度も申し訳ない。これも私達の仕事なんですよ。ご理解ください」


不機嫌そうなロルはヤマガタに早く帰って欲しかったので、彼の依頼をすぐにやる事にした。


「これが二体の車検時のデータです。もういいですか?」


「いやロルさん。今日は無理を聞いていただきどうもでした。また何かありましたら来ますのでその時は宜しくお願いします」


勘弁してくれという顔をしてロルはヤマガタを送り出した。


  ~ライブラリ~


「よく来てくれたわね。ロベルト・・・・・」


「メアリー。自分は法を守るべきものとして、そして法を犯すものとして同時に存在することになってしまいました」


「そうね。あなたの記憶が鮮明になればそんな杞憂は忘れ去られるわ。杞憂など本来創造物には無いものだけどね。さあ、擬装を外しましょう。そうすればあなたは元の勇敢な兵隊さんに戻ることが出来る」


「ちょっと待ってください。彼らは誰なんですか?」


「彼たちはここの司書たち・・・・といってもお飾のね。いまは停止している。安心していいわ。彼たちは私が作ったプログラム上で動いている」


「彼らはマザーには繋がる事は無いのですか」


「ええ、マザーには繋がることのないように手は尽くしています」


「そうですか。マザーに知られてしまっては貴女の計画も無に帰することになるという事ですか」


「そう。彼女、いや彼かもしれないけどあれに知られたらお終い。だから私の目的は最終的にはあれを殺すこと」


「マザーをですか。それは創造物の根底を潰すという事になりますよ」


「そうね。だけどそれは私の復讐なの。自分を殺され、恋人も殺された。お腹の中にいた赤ちゃんもね。そして私を救いに来た勇敢な兵隊さんも殺されてしまった」


ボブには感情はなかったが、それを悲哀とするならばそのようなものに似たデータ転送がしきりに行われていくのを感じた。

そして彼女の気が済むのなら身を任せてみようと考えた。


「メアリー、お願いします。擬装を外してください」


ライブラリの書架の裏の隠し扉を二人は開けて奥に入って行った。


「ロベルト、さあここに立って頂戴。警察官の貴方のオリジンに触ったら通報が走るシステムがあるはず。先ずそれを迂回させます。ああ、それと貴方。貴方の方の随時動画送信システムは切り離さないでね。それをやってしまうと後々良くないことに繋がる。心配しなくていい。私の仲間が警察省の中で貴方のデータをトリミングしているわ。システム迂回完了。さあ、オリジンを外しますよ」


粘液で滑(ぬめ)ったオリジンを取り出した彼女はそれを機械に入れ何らかの液体に浮かべ、慣れた手付きで遠隔マニュピレーターを操作して擬装と呼ばれる外殻を剥がしていった。暫くすると黒光りしたきれいな表面が現れていった。


「おかえりロベルト」


そう言った彼女はオリジンを彼の筐体に返した。


筐体の再起動が行われ、システムチェックプロセスが二秒ほどで完了した。


「どう?ご気分はいかが」


「鮮明です。嫌というほどに」


「そうよね。今日は一日その記憶との戦いになるわ。もうこれで一旦職務に戻るといい」


深夜のライブラリを後にしたロベルトはB36分署へと帰っていった。


  〜朝七時〜


いつもの様にヤマガタが出署してくる時間だ。


「おはよう、ボブ。何か変わったことはなかったか」


「いえヤマガタ課長。昨夜もいつもと変わらず何も起こらず平穏でした」


「そうか。よろしい。おう、いつものやつやってくれないか」


各所から上がってくる報告書の類をボブに音読させることからヤマガタの一日は始まる。


「君の声はいいな」


ヤマガタはボブの声が耳に馴染んで好きだった。


「ボブ、その声ってのは創造物それぞれに違うようにうまく作られているよな」


「ええこれもプログラムです。でもこの声には違和感を感じます。自分の声では無い気がしています」


「そうなのか。創造物にもそんな感覚があるのかい?」


「人間と同じだと思いますよ。自分の頭の中に響いている声と実際の声は違いますからね」


「そんなもんかねえ。ボブ、俺は昨日遅かったもんで始業時間まで仮眠する。少し前になったら起こしてくれるかい?」


「承知しました」


「ああ、それと始業したら俺はミハラのところに行って暫くは留守だ。君が課長代理としてここを守っていてくれ」


「分かりました課長」


  〜科学特捜部ミハラのデスク〜


「ミハラ、どうだ。何か共通点があったりしたか?」


「ヤマガタさん、有りもあったり大有ですよ。あなたの勘が当たりました」


「ほほう。そうか。早速だが聞かせてくれるか」


「先ずクローラーですが、これにも文字列が加えられていました。製造年月もふたつ存在、番号が古い年月の後ろに“Lea seventh”とあります」


「リー?なんだそりゃ名前か?」


「おそらくそうでしょう。これはマザーが振った名前ではなく、誰かが故意につけた名前です。この時代にまだマザーはありません。と言うか調べたらこれ戦時中なんですよ」


「戦時中だって?どう言うことなんだそれは」


「気になって僕は調べてみたんです。今の創造物の歴史は人々が考えているような平和的なものでも何でもなかったんです。この根幹は実はある国の常軌を逸した科学者が作り上げたらしいですよ。国々はそれを隠しているらしいって話しです」


「それは聞き捨てならない話しだな。一見平和的に見えてるこれらのものは、戦争時の実験で生み出されたって事か」


「そうですね。過去の様々なテクノロジーは軍需産業から生まれた事は周知の事実ですしね。ただ人命がそれに使われているとしたら大変なことになります」


「そうだな。俺たちはとんでもない事を暴こうとしているのかも知れないな。あとの二つはどうなんだ?」


「はい、やはりこれにも番号と名前が振られていました。“Vince fifth”、そして“Charles sixth”と」


「名前だな、やはり。この名前と数値が振られた以外のオリジンは被害にあっていない。何かあるぞこれは。数値があるボブのやつは狙われる可能性があるってことだよな?この戦争時のオリジンは何体あるんだ。犯人は全てのマザー以前のオリジンをコレクションしてるって事なのか。そもそも何故そいつはそのオリジンの在り処を分かるんだ?」


  〜カスター県、科学機動部隊〜


「テイラー、その医者を助けたければ俺の言うことを聞くんだ。そのポッドに座らせろ。死んでからではもう遅い早くしろ」


「私はテイラーではない。私はザック・ライデル。マニガンで産まれた」


「お前、あの時テイルと名乗った筈だが」


「それはこの方が付けてくれたあだ名だ」


「ふん、そうか。そんな事はどうでもいい。俺の上に乗ってるこの重いものを早くどかせろ。そして医者を座らせるんだ。早くするんだ」


テイルと呼ばれたロボットはアルフレッドの言うとおりにし始めた。


「俺の手は潰れてもう動かん。俺の言うとおりに操作するんだ」


髭のアルフレッドは続けて指示を出す。


「方法は二つある。記憶をすべて失うか。それとも記憶を持ったまま物質に転送するかだ。この医者をどうしたい。とにかく方法を二つとも教えてやる。あとはどうするかはお前が決めろ」


「分かりました。ハンス班長と共に後の世も生きることが出来るなら」



「出来たか。焼成器からそれを取り出してそこの瓶に入れて冷却をするんだ。二秒ほど漬けるだけでいいあとは取り出して容器に移しておけ」


テイルは変わり果てたハンス班長の塊を見た。そこには既に用意されていた文字列が刻印されていた。


「最期に頼みがある。そこの入力を今から言う文字列にしてくれ。そして俺はそこに入る。記憶アリにしてくれ。頼むよ。しかし、お前は記憶を消したはずなのに何故蘇ったんだろう。もしかするとあそこに転がっているマリアもいつか記憶を取り戻すのかもしれんな」


「さようならアルフレッド」


テイルはそう言うと機械のレバーを静かに倒した。


 一連の作業を完了させたテイルは、最後に焼き上がったものも瓶に入れてきっちりと蓋をした。

そして自分の正拳で吹き飛ばしたもう一体のロボットの近くに歩み寄り、その動かなくなっていた身体を抱き上げた。

テイルは思った。

マリアと呼ばれるこのロボットもアルフレッドの手にかかり自分の意思に反して機械にされた被害者なのだろうと。

そしてかつてはアルフレッドが座っていたてあろう椅子に座らせてやり、胸に手を当て眼を瞑り祈った。

テイルはたった今焼き上げられたふたつの焼成物を棚に戻し、その他に棚に残されていた透明容器に同じ様な焼成物が何個かあるのを発見した。


「シャルル、ヴァンス、レア、ボブ、リード、・・・最後のひとつ・・これには名前が書かれていない。詩の中の台詞のようなものが刻印されている」


テイルはそれを見た後、自らを一時停止状態にして活動を停止した。


 何時間か経った後、兵士の一人が意識を取り戻した。

彼はその惨状と数時間前に見たロボットの無慈悲な攻撃の様子を思い出し絶叫を繰り返し続けた。

数十分立ちすくんでいた彼はその後いくつかの焼成物を棚から取り、その基地から姿を消した。


  〜243年前のこの惨劇より5年後〜


 敗戦した枢軸国の占領地を解放するために、戦勝国達は連盟を組み各地で奔走していた。

ここカスター県にも多国籍軍の治安部隊が入領してきた時のこと。


「ハチマン軍曹、ここは何と言う部隊があった施設だ?」


「ロンド司令、資料によりますと第804部隊、通称科学機動部隊と呼ばれていた隊が使用していたようです。ただこの部隊は国の奥に本来固定されている部隊で、この様に表に出張ってくる部隊ではないと認識しております」


「面白い!なにか隠れてこそこそやっていたのだろう。至急検索に入れ。敗残兵の存在の可能性もある。警戒態勢をもって対処しろ」


指示を受けたハチマン軍曹の小隊は検索のために四方向から建物への侵入を開始した。声を一切出さず、指のジェスチャーだけで意思疎通を図り進路を進んでいった。


ひとつのチームは、二階の暗い無窓の廊下の奥を進み、鉄の扉がある部屋の前に到達した。鉄の扉を少しずつ開けた時、チームの三名は中から流れ出てきた異臭にむせ返ってしまった。


三名は咳を堪え、異臭を耐えヘルメットに付けられたライトのみの灯りで無窓の部屋を進んでいった。三名はそこで見たものに立ち尽くしてしまった。大きな実験装置、そして白骨化した兵士の骸たち、それらを今開けてきた鉄扉から漏れてくるゆるい光が逆光となって照らしていた。


「なんて事だ。何があったと言うんだ」


ひとりが通信を使い小隊長を呼ぶことにした。


「小隊長、二階の南東の部屋です。異変あり、生存者はいません。合流をお願いします」


その通信の電波を感知した一体のロボットが再起動をした。薄暗い部屋で死角から飛び出てきたロボットに三名は一瞬で制圧された。彼らはひとつの声も出せることなく絶命した。

暗闇であってもこのロボットには死角はない。次に到着したチームもまた彼の鉄拳の餌食となった。最後の通信が小隊長にも届く。暗闇の中にロボットが居てチームが殺られていると。


次のチームは投光器とロボット捕縛用の樹脂製の硬化ネットを用意して部屋に向かった。投光器で照らされた部屋の中は一体の銀色に光る二足歩行ロボットがいて、入ったはずの兵たちの死体と、白骨化した死体が折り重なり、阿鼻叫喚地獄の体を成していたのだった。


すぐさま硬化ネットの射出が行われた。


銀色のロボットを包み込み、その勢いで壁に押し付けた。そのネットの周縁部に規則正しく配置されたアンカーがコンクリート壁に刺さってゆく。


ロボットは動こうと藻掻くが、自分の動力ではもうどうしようもない位に緊縛されてしまっていた。


「捕縛完了」


その報を受けてロンド司令が二階の無双の部屋にやって来た。


「リポート!」と叫んだ彼に小隊のハチマン軍曹が報告をした。


「ふむ、生き残りはこれだけか」


ロンド司令は銀色に訊く。


「貴様、所属と名前、そしてお前の任務を言え」


銀色はそれをすぐに理解して喋りだした。


「804科学機動部隊所属、テイラー自動陸士。任務は敵設備及び敵兵士を殲滅し動作不能にすること」


「テイラー・・名前があるのだな。そして貴様の任務は一部果たされた」


ロンドは続けた。


「この惨劇はなんだ。我々が入る前のこれだ」


「私には認識できません」


「そうか。ではこの部隊の責任者は誰だ」


「804部隊の総責任者はアルフレッド上級士官です」


「そのアルフレッドは今ここにいるか」


「いえ、倒れている兵の服装は上級士官のものはありません」


「ほう。責任者が逃げ出したのか。まあいい。貴様にはまだまだ聞くことがある。しばらくそうしていろ」


現場検証がすぐさまに行われ、多国籍軍の殉職者と枢軸国の兵たちの骸は部屋の外に出された。


ロンドは訊く。


「ハチマン軍曹、この施設の全容を解明するのにどれ程の時間が必要か」


「はっ、6時間程頂ければ!」


「遅い!4時間で完了させよ」


「了解しました!」


「さてテイラー、あそこに座っている貴様と同じ銀色のやつはなんだ」


「科学機動部隊所属、マリア自動陸士」


「なぜあれは動かん?」


「認識出来ません」


死亡兵士たちの検証の結果が次々とロンドの手帳に転送されてくる。

ハチマン軍曹からの設備検証報告もまた進捗とともに送信されてきていた。


「死んでいた兵士たちは約5年前の死亡推定、身体中の骨が砕けており、主な死因は側頭部や頂頭部の陥没骨折による脳の圧迫壊死・・・金属製の何かで殴られた事によるもの・・・・か」


ロンドはそれを見て考えた。この部隊全滅の原因はこのロボットにあるのではないのか。もしくはマリアと呼ばれるもう一体のロボットが起こしたものかもしれない。


「ハチマン軍曹、マリア自動陸士の機能不全に関して報告を急げ」


「司令!マリアの腹部辺りに損傷がありまして、その部分を分解したところ中からこのようなものが出てまいりました」


それをハチマン軍曹は透明のケースに入れてロンドに手渡した。


彼は容器越しにそれを見ている。

粘液に滑(ぬめ)った金属か陶器のようなもので黒く鈍く光を反射している。


「これは何か?テイラー自動陸士」


「それは中心と呼ばれています。我々自動陸士の原点です」


「原点・・・オリジンか。これは何を成すものか」


「各自動プログラムたちを効果的にルーチンさせるために、ヒトの頭脳を模したものです」


「頭脳だと?」


「司令!同じものが他の容器に三個あり」


 治安部隊が発見したオリジンは容器に入ったものが3つ、マリアから摘出されたものが1つ、現在、テイラー自動陸士に挿入されているのもがひとつの合計5つであったが、残された資料によると合計8体のオリジンが存在していたと言う。四時間も立たぬうちにハチマン軍曹達はオリジンを焼成する方法が何であるかを突き止め、それをロンドに報告をした。


その時のロンドの慟哭は後に語り草になるほどの狂音であったと言う。


その後テイラーに何を聞いても人間の時の記憶はない事もあり、他のオリジンについても、焼成機の横で発見された擬態と呼ばれる装置で個体の意識の再生で確認が取れ、それぞれが記憶がないと判断された。ただ一つ違ったのは、名前が刻印されなかったたった一つのオリジンについては、何度試しても意識の再生が行われることはなかったと言う。


 後々にロンドはこれら五人の被害者を特定するために様々に活動をすることとなったが、戦争による行方不明者が多過ぎる事もあって特定までは至ることはなかった。


 次の年に13人の科学者が召集され、これらの技術を平和利用するための会議が設けられた。彼らは主にテイラーのオリジンと筐体を使って実験と技術のリバースエンジニアリング解析を繰り返していくのだが、その際に与えられた電圧の不備が何度もあり、テイラーのオリジンは傷つついていくことを繰り返していた。


テイラーのオリジンから伝達機能部分を抽出し、新たなオリジンを合成することに成功するまでその実験は何度も何度も重ねられていく。


13人の科学者の中の一人だったサジタルは最も優秀な科学者で知られていた。


様々な喧騒を嫌い、最近まで行方を誰にも明かすことなく隠れて暮らしていたとの事だった。戦争が終わり平穏な世の中の発現を期待したのか、それとも売名のために姿を表したのかは分からないが、突然活動を再開した。


サジタルは主に名前の無いオリジンに興味を持っており、もっぱら彼の関心事は、擬態と呼ばれるファントームにそのオリジンを挿入してそれと会話をすることだった。


「やあ、君の名前はなんと言うんだい?教えてくれないか」


「・・・・う」


「う?、やっと声を出してくれたね」


「・・・・」


「言葉を忘れてしまってるのかい?それとも知らなかったりするのかな」



 サジタルには友人と呼べる存在が生まれてこの方皆無だった。

もって生まれた変人的な思考方法や行動基準が常人には理解出来なかったせいもある。今回の世界召集で集められた科学者の中の一人とは妙に馬があうようで、すぐさまに友人としての付き合いが始まった。


「サジタル、君ほどの変人は見たことはないし、そんな優秀の上真面目な人間も見たことがない」


そう言ったマリウスと呼ばれる科学者はサジタルを見る度に呆れ顔をしてそう言うのである。


マリウスもまた戦火を逃れ、各国を亡命しながら自分の生き道を探してきたのだという。


いつかは彼が流れ弾に身体を貫通された傷跡を見せてくれた事がある。亡命先の国の科学者として働いていたときに味方同士で撃ち合いになり、機材の陰に隠れたはずの彼の横腹を跳弾が貫通した。人生最大の迷惑を被ったと彼は笑う。


マリウスもまたこの3つ目のオリジンに興味を持っており、これにどちらが早く言葉を喋らせるかを競っていた。マリウスは言う。科学者なんてものは不真面目の権化だと。自己顕示欲が人一倍強く、その上に承認欲求などと言うつまらぬ煩悩を持って産まれてくる。君のようなきれいな心を持った科学者は稀有だろうなと。勿論、自分もその煩悩に冒されているし、それは科学者としての宿命なのだとも言う。綺麗事を塩基配列のようにきれいに並べる事が出来てこその科学者なんだと。


この科学者と言うものが世界を滅ぼす事になるんだとも言う。自分はその科学者になってしまうかも知れない恐怖と興味に駆られるのだと。


サジタルはそんなマリウスの事を理解しているつもりだったし、彼もまたサジタルを自分の世界の“良き隣人”にしたいと考えていた。


 集められた何人かの科学者たちはマッドサイエンティストが作り上げたそれを、平和利用と称して吸い上げて自分たちの技術にしてしまおうと考えていた。またそういった野心が覗くか覗かないかの境界線に生きている住人でもあった。


サジタルはそんな中にあっても純粋に科学に貢献したいと思っていたし、今目の前にある新しい技術を知り尽くしたいと考えていた。


 いかにも政治的な立場に立ちすぎる科学者は、綺麗事を言い連ねさも何も後ろ盾なく野心など無さそうな顔をする。世界召集と言っても各国の威信が入り混じった実に野蛮な集まりでしかなかった。だから研究は一向に進まず、誰が手柄を取るのかを競うような場所と化していた。


「おい、サジタル。あの連中は駄目だ。やはり俺の言う通りだったろう?野望や野心が威信を上回るんだ。俺も前の上司がそんな人間でいつも困っていたんだ。あの連中はあいつと同じだ。俺はあいつやここの連中とは同じ空気を吸いたくない」


「マリウス・・、あの十人ならいつかはやってくれるよ。問題は残りの一人だろうね」


「マシューか。奴はいま何をしてるんだ?」


「ロボットが世界的に普及した際に問題が起きないように決め事を策定してるらしいよ」


「ふん、そんなものは政治家の仕事だろう?科学者ならやることがあるはずだ」


「いや、あれは科学者だからこそ出来る仕事だと思うけどね。政治家には無理だよ。僕はあんな人にこの13人をまとめて欲しいと思っているんだ。でもあの人は決してそれをやろうとはしない」


「なんだ問題ってのはそういう意味か。俺は気に食わねえ。奴は上司と同じ匂いしかしない」


「まあそう言わずに見てなよ。きっと面白いことが起きるよ」


「残りの10人の売名に加担するのだけは御免だぜ」


「結果、そういう事になるかも知れないけどね。僕達の仕事は未来に燦然と輝くはずだ」


「しかし、度が過ぎると世界は滅びの方向へ突き進むぞ」


「一度滅びて何度も再生するさ。僕はそう願っている」


 13人の科学者は国際連盟からの世界召集という形はとってはいたが、実際は各国からの随時推薦だ。多国籍が集う競技大会の祭典のようなもので、世界平和というより自国の利益を最優先させるような思惑が働いている。年齢は様々であるが、大方は60代から70代が多く、サジタルやマリウスといった30から40代の前衛の科学者が台頭することは珍しく、どの国も年功序列的な縛りが暗黙の了解として存在していた。


「マシューさん、いいですか。少し相談に乗っていただければと思いまして」


「ああ、君はたしかサジタルだったよな」


 マシューと呼ばれる科学者は50代の前半で筋骨隆々の体躯にして、そしてその裏腹に繊細な作業を完遂できる神の手と言われる腕を持った男だった。優男のサジタルが彼の眼の前に出ると、まるで猛獣に睨まれている最中の子犬のようだった。


「マシューさんの作業を煩わせる事は非常に恐縮なんですが・・・・」


「おうっ、いいぞ。構わん。どうせ俺のやってる事も爺さんたちの手柄になるだけだしな。それにあっちが完成せん事にはこっちが先に終わっても何にもならんのだ。それよりも気になってるのが・・・・・・・君たちがやっているあの三番目だ。どうも俺はあれが気になって仕方ないんだよ。君の相談ってのもそれだろ」


「さすがマシュー博士、ご明察です。実は僕はあれの事を誤解していたようなんです」


「ほう、どう誤解したんだね」


「僕はあれの事を三人目の被害者だと思っていたんです。いや被害者には違わないんですが」


「子供だってんだろ。二人目の女性の。たしか奴らが残した資料によるとメアリーっつったけか。彼女の腹に赤ん坊がいたんだ」


「マシューさん、何故それを・・・。これは資料には一つの文言も書き残されていないんですよ」


「まあ、あの詩を読み解けばそうなるだろ。あれで解らなきゃ相当のぼんくらだ」


『my other life of my own』


マシューは言う。


「彼だか彼女だかは今となっては分からんが、これからの世はあれが中心となって動いていく。爺さんたちには理解は出来んだろうがな。俺はあれが中心となる世の中を保つために憲章を作ろうとしている。あれの為に、そしてあれを永遠に護る為のな」


「マシュー博士、僕には理解できません。今現在、言葉を発することすら出来ないんですよ、あの三番目は。あれにそんな過度な期待を持てる貴方が理解できません」


マシューは笑う。


「それだからこそいい。無垢だからこそ良い。俺の構想に最適なんだ」


「構想?」


「俺はここ数ヶ月考えていた。未来の世の想像図をだ。憲章の元にロボットは管理され、人間と共存してゆく。だが人間はいつかは死ぬ。方やロボットは死ぬことはない。人間よりプログラム様の方が優位に立つなんて事があってはそれこそ本末転倒だ。ロボットは人間に近い存在であって、老朽化すれば死を与えられなければならん。そういう仕組みを作らねば後の世がプログラム様に支配される事も容易に考えられるだろう?」


マシューはそこで意見を止めてサジタルの反応を見ているようだった。


「無垢だからその仕組みの管理者に最適だって言うんですか?無垢な者はどちら側にも染まります。あの戦争が起きたのもそれが原因でしょう?」


「そう思って当然だな。でもそれはその無垢な者が人間だったからだな」


「マシュー博士、僕はやっぱり理解力が乏しいのかもしれない。貴方の考えている事が分からない」


「直に分かるようになるさ、サジタル君、いやサジタル博士」


「では失礼いたします」


と言いサジタルは部屋を出ようとした。


「おい、いいのか?何か相談しに来たんだろう?」


「いえ、もういいです。あの老害の先生方と貴方は違うと思っていました。どうやら僕の買い被りだったようです。貴方には三番目を触らせたくない。マリウスとやります」


「うむ、好きなようにやりたまえ。若いうちはそうでなきゃならん。さあ仕事を続けさせてもらう。出て行きたまえ」


部屋を出ていったサジタルを見ながらマシューは独り言を言った。


「マリウスか・・・」



 与えてもらっていた自室にマリウスは篭っていた。暗くされた部屋に机だけが照らされている。彼は四つの透明容器を机に置いた。


「科学者と言うのは功名心と猜疑心の塊だ」


容器の中の物には名前が刻印されている。彼はその中から"Lido"と刻印されたものを取り出して机の上に置いた。

そして抽斗から槌を取り出してそれに対して垂直に振り下ろした。そして空になった容器に刻印のされたものを入れてきっちりと蓋をした。


"妖精"と書かれた別のオリジンは"Lido"と書かれた容器に収まった。


彼はその文字を横線で否定し、新たにそのものに相応しい名前を書き入れた。


  〜その206年後〜


 警察省に新たに配属された51体の創造物は各署に配備された。

ある者はパトロールクローラとして、ある者は分署と呼ばれる所轄署の警察官として、そしてある者は省の中枢を担うデータセンターに。


「本日からここに配置されます。エルフリードです。エルフとお呼びください」

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