12.昔ばなし

一人と一体はリヴィングに座ったまま会話を続けている。




「実は私の記憶は一部が損なわれています。243年前に私のオリジンが創られて何回も何回も筐体が変わっています。そのことがどういう事か分かりますね、ショウヘイ」




「それは君の記憶がその都度消去されたって話だろ」




「普通はそうなんですけどね。わたしの場合は違ったんです。わたしは筐体を変えても、少しだけですが、前の記憶の断片が残っていたのです。全ての記憶でないにしても欠片すら残らず消去させるのが決まりな訳ですから、身体は変わっても、わたしはわたしの状態に疑問を感じ続けていたのです」




 ショウヘイはこの執事の告白にも似た発言の真意を測りかねていた。


秘密にしろと言ってみたり、命の危険があると言ってみたりしながら、自分の秘密であろうことをべらべらと喋り始める。




この創造物は何を隠していたのだろう。




「13人のメンバーがロボットの憲章を策定したのが約220年前、私のオリジンが243年前・・・。なにかここから気が付くことがありませんか?」




「え?それはあの戦時中に創られたって事?」




「そうです。わたしたち8体のオリジンは戦時中に人体実験された結果産み出されたものなのです」




 テイラーは息継ぎなど必要としないし、喉も乾くことが無く喋り続けられる。しかし、ここはショウヘイに聴き取りやすくしやすいように故意に息継ぎを適宜挿入して話すことを心掛けていた。




「マリアはその中の一体で、隠されたこの真実を世に公開しようとしています。そして残り6体のオリジンを集めて何かをしようと目論んでいるのです」




「それを公にして何が問題があると言うの?」




「ええ、技術の根幹が無実の人命の犠牲の上に構築されたと知れたら、何らかの運動が起こり、これらの技術の使用が制限されるかもしれません。220年もこの技術と暮らしてきた人間に今更これを捨て去ることなど出来はしませんからね。もしかすると、これを契機として、また戦争が起こってしまう可能性すらあります」




「マリアは何故そんな事を・・・・・・」




執事は言った。




「殺された自分と恋人、そして自分を捨て身で護ってくれた人の為にと言っていましたね」




「テイラーはその事を覚えたりするの?」




「いえ、わたしには記憶が無いのです。自分が一番初めに創られたということだけ彼女から聞きました。彼女の事もその恋人の事も、護った人も知りません。とにかく彼女を止めねばなりません。戦争が起こってしまってからでは遅いのです」




少年は戦慄していた。


戦争など全く知らぬ世に産まれてきたのに、いまさら戦争などと言う原始的な言葉に恐怖した自分がいる。




怖ろしい事が身の回りに起こってきている。


そんな事を実感せざるを得ないのだった。




  ~焼成機のある部屋~




「メアリー!!メアリー」




 ロベルトは口の中の血の味を感じながら叫び続けた。


無情にも電源は入れられ、ポッド中のメアリーの身体の中を電流が駆け抜けていった。




涙が怒涛に流れ出た。砕けた奥歯を更に噛みしめ大きな音がした。




「アルフレッド!!貴様が何処へ行こうと探し出し、必ず貴様を呪い殺してやる」




「おお、威勢のいいことだな。やれるものならやってみるがいい。焼成機のクールダウンが済んだらお前の番だ」




  ~




部下の科学者らしき男がポッドから複数のケーブルが繋がれた中型の機械をのぞき込んでいる。




「博士、クールダウン無事に済みました。いつでもブルーです」




アルフレッドはそれを横目で見ながら蓄えた髭をなでながら薄ら笑いを隠そうとせず言った。




「ふむ、そうか。ではそこの門兵よ。名前は何と言う」




「ロベルト、ロベルト・ジャスティエスだ」




「おお御大層な名前だな。そうそう、西側の大陸にはお前のような名前の男を略称してこう呼ぶ習慣があるそうだぞ。ボブ、そうボブがいい。おい記録係!こいつはボブだ。それ以外の名前は不要だ。決して本名は書くんじゃあないぞ」




記録係は訝し気な表情を隠しながら言われた通りにそれを記録した。




 本日再度の電源が入れられて、彼の身体に流された。


焼きあがったチップには「bob fourth」と刻印され密閉容器の中に格納される。




その実験を終えた科学機動部隊はその地から撤収し、次の任務地に移動したと聞く。




 この実験は次の地でも数回にわたって行われ、その後各地を転々とした科学機動部隊は最後の任務地で原因不明の事故で壊滅したのだが、その原因や犠牲となった人々の詳細は語り継がれることなく終戦とともに闇に葬り去られた。




  〜カスター県、郊外〜




「アルフレッド博士、準備完了いたしました」




「うむ、よかろう。まず“ひとつめ"を擬態に挿入せよ」




擬態とはロボットの伝達回路部分だけを切り出したようなもので、ロボット側の知覚としては、眼と耳にあたる部分、そして音声発生装置のみが取り付けられたもので、四肢の動きの再現についてはデータのみのアウトプットを分析し、視覚的にモニターに擬似的に表す装置である。




「挿入完了です。起動します」




3秒後




「お前の所属と階級、そして任務内容を申告せよ」




「所属、科学機動部隊、階級、自動陸士、任務は敵兵または敵軍設備を殲滅し人、設備ともに動作不能にする事です」




「お前の名前を申告せよ」




「テイルオリジナル自動陸士」




アルフレッドは擬態に問いかけた。




「私の顔を覚えているかね」




「いえ、初めてお目にかかります。アルフレッド上級士官」




「ふむ、マニガン県で貴様に会っているはずだが、覚えてないのかね」




「アルフレッド上級士官、私には一分二十三秒前以前の記憶はありません」




「上出来だ、テイル。貴様は今からテイラーと名乗れ。いいな、テイラーだ。その方が呼びやすい。よし、休んでよろしい」




部下が声を掛ける。




「アルフレッド博士!次の中心チップも挿入準備は完了済です!」




次のチップもその次のチップも、同様の動作確認が連続して行われていった。




 しかし、実戦に使用するロボットに挿入して効果を評価するためには何千ものプロトコルを踏んでいく必要があり、その進捗状況と軍本体の戦局にかなりの乖離がみられ、本部からはそれなりの圧力が常に掛けられている状況だった。


アルフレッド博士はその軍からの催促にのらりくらりと逃げ続けていたが、再三の出頭命令に今回は背くわけにはいかなくなっていた。


そんな彼が軍の中で自分勝手な振る舞いを続けられるのも、陸軍の中枢部に彼の叔父が居るからであるが、そろそろそんな七光りも通用しなくなり部隊の存続に懐疑的な評価が軍に拡がっていた。


だからこそ、慌てて上の指示を無視してでも、成果を作り上げる必要があった。




 枢軸国の軍であっても、人道の面においては蔑ろにするべきではないとの指令は常にあったし、戦争犯罪防止についてはかなり厳しい通達がなされていた。




 つまり、アルフレッドは独断で各地において人を浚い、その無垢な命を兵器に転用すると言う過ち、否、戦争犯罪を犯していたのである。




  ~その二か月後~




 アルフレッドは思っている。このカスター県の任務ももう終えなければならぬこととなった。前回本部へ出頭した際はなんとか誤魔化せたが、二週間後にこの地での成果を確実なものとして報告しに行かなくてはならぬ。しかし、現実的にまだデータは不足しており、このままでは失脚を免れない。なにか劇薬が必要なのだ。なにか誤魔化しの劇薬が。




「博士、第二収容所で逸材を見つけました」




「ほほう、どんな逸材なのだ」




「医者です。軍務に服す前はかなり優秀な外科医だったとのことです」




「そうか、それは面白い。第二段階の実験が可能となるな。いつ連れてこられる」




「28時間後には可能かと」




「ふふっ、前のやつたちは全て記憶を失っている。次は人間の記憶を残したままロボットに転用するシークエンスを作動する。医者の技術を持った、そしてデータとして万能の知識を持ったロボットだ。それをコピーしていくことで、我々の前線の医療体制と並行して行われる軍事行動に活路を見出すのだ。これで行こう。軍部にはこれで言い訳が立つだろう。体のいい逃げではあるがな。軍の阿呆共はこの甘言にいとも簡単に騙されるだろう。そして俺は永遠に俺のやりたいことをやり続けられる」




  ~次の日夕刻~




「博士、実験用の兵士ロボット二体には何番を挿しておきましょうか」




「そうだな。一番と二番を挿して動作確認をしておいてくれ。作業にはそいつらも手伝わせる」




「三番目はどうしますか、博士」




「携帯用の密閉容器に入れて俺のところへ持ってこい。次回の軍部への土産にする」








『テイラー起動しました』


『マリア起動しました』




「テイラー、マリア、捕虜が運ばれてきたら補助をしろ。貴様たちの本日の任務は捕虜が暴れたりしたら鎮圧する事。大人しくしていれば何もするな。分かったか」




『了解しました。待機します。一時停止モード開始』




その後、医者だという男が実験室に運ばれてきた。




ロボット二体は動き出し、捕虜の両脇に配置した。




『テイラーです。今日は貴方のお手伝いをします』


『マリアです。今日は貴方のお手伝いをします』




男はこの異様な風景に驚き、上段の椅子に座っている髭を生やした男に質問をした。




「これは何だ。人間のような形をしているが人間ではない。何をどうしたらこんな・・・・・。そうか、わが軍が戦っていた相手はこう言ったロボットだと聞いた事がある。しかし、ロボットは人間のような感覚を持ち合わせていないので、画一的な行動になって殲滅されたと聞いたが」




アルフレッドは答えた。




「そうだ。軍部の作ったロボットは糞の役にも立たない代物だったんだよ。あれを使って戦争に勝てたことはまぐれだな。いや、お前らが弱すぎたのだ。だがなこいつらは違う。人間の曖昧な思考を組み入れることで、より柔軟で、最短のルートで最善策を取得できるようになる。プログラムなど単なる雑草まがいの補完でしかないのだよ」




男は更に質問をした。




「私をどうするというんだ」




「君のあたまをロボットに入れるんだよ。分かるかね。さあ、実験開始と行こうじゃないか。テイラー、マリア、さあその人のお手伝いをしてポッドに座らせてやってくれないか」




銀色に輝く身体を持ったひとつのロボットが言った。




『了解いたしました。さ、どうぞこちらへ』




「もしかして、このロボットたちも人間の脳を抽出したというのかね」




「そうだが。なにか?」




「捕虜をこうして捕らえてそれをしたと言うのなら、あなたは戦争犯罪人として裁かれるだろう。それは軍部からの命令だったりするのか」




「さあ、どうだかねえ。知らないね」




男は激しく怒りに体を震わせた。




「貴様、人の命を何だと心得るのか!!!!貴様のような人間に我が国の国民が犠牲になったというのか」




「いやあ、君のところの民だけじゃない。うちの国民もひとり志願してくれたさ」




「志願だと?違うんだろ、実は。なんという非道な男だ。地獄へ落ちろ」




「なにか威勢がいいじゃないか、お医者さんよ。あんた最後に名前だけは聞いておいてやるよ。チップに名前を彫るのが俺の趣味なんでな」




「ハンス・クラウスだ」




その時、脇を固めていた一体のロボットが想定外の動きをした。




反対側にいたマリアと呼ばれるロボットの腹を殴り、部屋の隅20メートルまで吹き飛ばし、その男を抱え込むようにして守る体勢を取った。




「何だ、何が起こった」




  〜サトウ家リヴィング〜




「そしたら君はあの国に侵略された国の人だったって事なの?」




「ええ、そうみたいです。しかし、当時の資料もあまり残っていませんので、確実な事は分からないのですよ。私の記憶エリアの抽斗にも見当たりません。ただ断片的な記憶があって、それをマリアが繫げようとしてくれたんですが、難しかったようです。私のオリジンには擬装と呼ばれるチップが上乗せされていて、表面上記憶が消去された様に見えていました。マリアはそれを外す事で本来の記憶が引き出せると考えていたようです」




「外したけど駄目だった?」




「いえ、彼女が言うには、一部溶融して固着している部分があって、それがどうしても剥がせないとの事でした。無理に剥がそうとすれば、オリジンが損傷するかもしれなかったそうです。私は私自身のオリジンなんか見た事はありませんし、その言葉を信じるしかありません」




「でも、オリジンを抜いて再び挿しても、君はそのままだったって事?」




「そうです。私はその事実に驚き、マリアの言う事を信じるに至ったのです。でも、記憶が戻ろうが何であろうが、マリアがやろうとしている事は危険極まりないと言う事には変わりありませんので、私はそれに反対するしかありませんでした」




少年は唾を飲み込み更に執事に問いかける。




「だ、断片的な記憶ってどんな感じなの?それはいつでも引き出せるのかな」




「いえ、常に自由に引き出せる訳ではなくて、唐突にそして突然にビジョンとして頭に送られてくるのです。でもそれを観た記憶が新しい記憶領域に作られるかといえばそうではありませんでした。人間のように、夢から醒めた瞬間の人間のように、その夢を忘れてしまうのです。これがどういう理屈でそうなるのかは分かりません」




「テイラーは元人間だから人間っぽいってことだよ。ほらいつか言ってくれたでしょう?忘れるから人間は生きていけるって」




「そうかもしれませんね。さあ、ご両親もお帰りになられたようです。食事の用意をしましょう。手伝っていただけますか?」




少年はこの執事に対して恐怖心が失われたことを感じながらも、ライブラリのマリアが何をしようとしているのか、それがこの世界に何をもたらすのかを考えずにはいられなかった。


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