9.遠い昔のはなし

若い兵士としてここの居留地に赴任していた彼は、医療班として編成に組み込まれ、次々に戦地から送り返されてくる傷病兵たちの手当をすることで毎日を費やしていた。




「ここの戦局ももう終局に向かっている。我が国の敗戦だ」




衛生班の班長はそう言うと、傷病兵達を国に送致する事に全力を傾けていた。




「国に帰ったとてどうなるかは分かりきっているがな」




ハンスはそう言うと、若い兵士の肩を叩いて「君も早く帰り支度をしなさい。ここに居ては必ず殺される」と言う。




「いえ、班長!自分は班長と最後までここに残ります」




ハンスは笑いながらこう言った。


「命を粗末にはするな。先ずは生まれ故郷に帰れ。そこの景色を嫌というほど瞼に刻み込んでこい。お前は海の町の育ちだったな。海へ帰れ、テイル。死ぬのはそれからでも遅くはないだろう」




彼は涙ぐみ、ハンスの手を両手で握り返し何度も上下に振った。







海の町〜




「帰ってきた。しかしここも直に占領軍が入ってくるだろう。自分に医療の知識があっても誰ももう救えない」




彼の言葉通りに占領軍は三日後にこの地にやって来た。




そして全ての武器を収奪し、武装蜂起が出来ぬようにしたが、国民たちは収容所には入れずに自由にさせていた。


人手をそこに割く事をよしとはしなかったのが理由だが、その手法がこの地の民に一層の恐怖感をもたらしていた。




「いつでも殺せる」




そんな恐怖感が街を支配していた頃、占領軍の科学機動部隊と言うのがこの地に入った。




「おい、威勢のいい若い男を引っ張ってこい」




そう言われ下士官は街に出向いて10人ほどの若い男を連行してきた。




その中にテイルと呼ばれていた男も含まれていた。




彼の本当の名前はザックであったが、衛生班のハンスからはいつもテイルと呼ばれていた。


隊列を組んだときにいつも最後に並んでいたからであるが、彼も実はその呼び名に嫌な気はしていなかった。それだけザックはハンスの事を慕っていたし、男として尊敬をしていた。




『ハンス班長、無事でおられるかな。自分はあの方と一緒に居たかった』







「おいお前!何をぼうっとしているか。お前だ」




ザックは自分が指さされていることにやっと気づいた。




「お前と、そうだな。その二人横のお前と、次にお前」




呼ばれた三人は別室に隔離された。


後の者はどうなったのかは分からなかった。




ザックを含む三人の男たちは最初は神妙にしていたが、最初に大きな体をした男が声を出した。




「おい、これから何をされるんだ。殺されるのか」




「我々は捕虜だ。国際法に照らし合わせれば殺されることはない」




もうひとりの男が言った。




ザックはその二人の言い合いをしばらく観察していたが、ここが科学機動部隊と言う得体のしれない隊である事を彼らに説明し、おそらく何らかの実験に使われる可能性が高いだろうと話をした。


ひとり連れて行かれ、その次の日にもひとりが連れて行かれた。


最後のひとりとなったザックだったが、兵士として死ぬ可能性は元よりあったので、冷静に死への道を歩く覚悟をしていた。




三日目。




連行された彼は見たことも無いような実験室に連れて行かれた。




「我々はオペレーションズリサーチ、つまりORをしている。様々な兵器を研究し、それらが戦局にどのような結果をもたらすのかをな」




「何をされるんですか」




「ほほう、お前は前の二人と比べて冷静だな。前の奴らは泣き喚いて心拍数が上がりすぎて、“これ”には適合できなかった。さて、お前はどうだろうな」




「あの二人はどうなったんですか」




「そうだな。教えてやってもいい。外に出たよ、二人共な」




ザックはそれを聞き察した。おそらく彼らは死んだのだと。


自分もおそらく殺される。この何だかわからない実験で。




「お前、名前は何と言う」




「Tail、テイルだ。tale、物語ではない」




「そうか、尻尾か。よし覚悟を持った尻尾よ、ここに入れ」




人間が入れる密閉容器のような物があり、そこからケーブルが数本出ていた。それらケーブルは小さな箱に繋がれており、その箱にも金属製の扉があり、焼却炉のような石でできた内装に小さな空洞が見られた。




「我が国の兵士や国民を使うことは許されていないのだ。すまんがお前たち捕虜を利用させてもらう」




「それが負けた国の定めならそれに従います」




ザックは容器の中に入り眼を閉じ胸に手を当て覚悟を決めた。




電流が走り、身体が痙攣した。


15分ほど装置に電流が送られた。




容器の中のザックは消し炭のように消えてなくなっていた。




「焼成器はどうだ!確認しろ」




「熱くて触れません。しばらくお待ちを!」




数分後、焼成器の扉が開かれて中から黒く鈍い光を放つ金属のようなものが出てきた。




「冷却しろ、早く!」




長い金属ばさみで掴まれたそれは、液体窒素の容器に入れられ瞬間に冷却された。




すぐに出されたそれは、ステンレスのトレーに載せられ別の部屋に運ばれた。




透明の容器に入れられたそれは、外からタグがつけられた。




タグにはこう書かれていた。




『Tail OR』と。




彼には「OR」つまり全ての始まり、オリジナルであるという刻印が打たれた。


この国の軍の目的は、人間の知能や記憶をすべて持ったチップを作り出し、兵器として転用することだった。




筐体は既に何世代にも渡って作られていたが、肝心の中心に添えるチップが何をしても適応しなかった。




人工的なプログラムだけでは、兵士としての考えや動きがまったく再現できず、ロボットたちは敵軍の格好の標的に成り下がってしまっていた。




軍は作り上げたオリジナルのチップを、この開発段階の筐体に入れ、研究の完成をもくろんでいた。




その後、軍は実際の何人かの人間から脳の中身を焼成したのだが、今となってはその実数は定かではない。




テイルと呼ばれるオリジナルの中心を作り上げた軍は、次に女の捕虜の脳を抽出した。それの末端には『AR』After Revisionと刻印され、それもまた兵士として転用された。




その後オリジナルに近い精度で数々のチップが作り出された。




その後戦争は激化し、この国を占領していた枢軸国の勢いも弱体化していき、ついには全ての国を敵に回して国を滅ぼされることとなった。




この軍が作り上げたロボットの中枢技術は、その後平和利用をする約束で、各国が情報を共有化し、


この惑星中の国がその技術を再利用できることとなっていった。




世の中にやっと恒久の平和が来たのだと人々は思うのだった。




この物語の中枢は、この出来事から約240年後の創造物であふれた世界での出来事。




その時空とは違う時間軸で、夢で見た景色を追い続ける者たちがいる世界。




その二つの世界が繋がるときが訪れる。


三つの夢が叶えられた時に。

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