8.三人の夢

 アニィベルは今日も息子の描いた絵を、近所のご婦人たちへ自慢の繰り返しをしていた。




「リセルシュのお母さんったら、ほんとにしつこいのよ。彼の絵を見ろ、彼の絵をって。いい絵かもしれないけどあんなに言われたら見たくなくなっちゃうじゃない」




「そうよ。あの母親は息子を溺愛し過ぎなのよ」




 アニィベルは自らの言動により、近所のみんなから敬遠され孤独になっていた。


だから尚更に、息子のリセルシュへの間違った愛情が度を越してしまい、最近ではリセルシュからも文句を言われる始末だった。




「母さん、もういい加減にしてくれないか。貴女が僕のことを思ってくれるのはありがたいと思っている。でも、もう少し気持ちの抑揚を抑えてくれないか。僕にも友人がいたり、近所づきあいもあるんだからさ」




それを聞いたアニィベルは泣き出してしまい。自分のベッドルームに引きこもってしまい、息子のリセルシュがどう宥めようともしても無理だった。




リセルシュは前から考えていた事が有り、今がそのいい機会だと思った。




「母さん、ごめんね。僕のことを思ってくれてるのに酷いことを言ってしまった。でもね、母さん、僕は少し母さんから離れてみたいんだ。花を売って少しは蓄えもあるし、しばらくひとりで暮らしてくれないか?」




部屋の中でアニィベルはリセルシュの言葉を黙って聞いていた。




部屋の外で物音も声もしなくなったので、アニィベルは慌てて扉を開けて外に出た。




リセルシュの姿はそこから消えていて、アニィベルは二度と彼に会えることなかった。







『僕は母さんと決別する。そしてあの景色を探しに行くんだ』




リセルシュは殆ど全てのお金を母親のために置いてきてしまったので、旅をしながら何か職を見つけて食べていかなくてはならなくなっていた。




生まれ育ったあの町の二つ隣の町に着いた彼は、橋の上でイーゼルを拡げてキャンバスを立て掛けた。




この町は見覚えがある。


母親と来たことがある。当面は絵を描きながらそれを売って食べ物に換える。彼はそう思い、とにかく絵を描こうとした。




だが、まだこの町から海は遠い。


あの景色は海か大きな湖だろう。あまり遠くで足踏みをしたくはない。


でも彼は焦る気持ちを抑えつつ、絵に集中することにした。




水車のある風景や、遠い稜線を描いた。


確かに海は遠いだろう。


海に行ったとして、あの景色のある海とは限らない。


途方も無い宝探しの旅にも思える。


何年掛かるかも分からない。




リセルシュは絵を描きながら、また負の考えを頭に浮かべてしまった。




『駄目だ駄目だ。まだ始めたばかりだ。希望を持って毎日を』




〜遠い町の片隅〜




 19歳になったボウイーは町の札付きの悪餓鬼共とつるんでいた。


母親のミリの期待からもわざと逃げて日々を過ごす。


そんな毎日だったから、町の人達と家族ともどもに疎遠となり、ミリは毎日泣いて暮らしていた。


母と息子の二人暮らしは貧しかったが、昔は家の中に笑い声もあり、貧しくとも生きていく希望があった。


だが今はどうだろう。


毎日の様に、誰かから息子の行動について叱られる。


ミリの涙は枯れようとしていた。




 ミリはある日、マコリの父親、つまり彼女の兄に相談したのだった。




「ミリ、男はあのくらいの時はやんちゃくらいで丁度いいんだ」




「アニオ兄さん。私は女だから男の人の気持ちなんて全くわからない。あの子もあの人が生きていたらちゃんと男として叱ってもくれたでしょう。私は女だから男の子への叱り方が分からないのよ。兄さん、代わりに叱ってくれないかしら?」




「よし、叱ってやるか。任せておけ」




兄のアニオはいつもそう言うが、自分は甥に嫌われるのが嫌で、しっかりと叱ることが出来ないから、ボウイーの増上慢は留まることを知らなかった。




ある日のこと、アニオが甥を捕まえて言う。




「ボウイー、マコリと今度隣町へ買い物に行くんだが、何か土産を買ってきてやろう。酒はまだ駄目だな。まあ、何か見繕って買ってきてやるよ」




「ありがとう、アニオ叔父さん、楽しみにしてるよ」




「お前はものを貰えるときだけはほんとにいい子だな」




「それは言うなよ、叔父さん。これでもいい子になろうとして頑張ってるんだ」




「まあ、男はそれくらいで良いとは思うけどな。お母さんだけは泣かすんじゃないぞ。それは約束しろ」




ボウイーはそれを言われるのが一番辛かったので、少し反省したような態度を見せた。




「う、うん。分かったよ」




〜三日後〜




 アニオとマコリの親子が隣町から帰ってきた。




町の様子や喧騒などの土産話をしている。




「あの町は凄いぞ。うちの町なんて子供騙しだよ。道は広いし、市場はとてつもなく大きい。家なんて城郭のような家ばかりだ」




ミリとボウイーの親子も久しぶりに親子らしい生活を楽しんでいた。




「マコリ!それはなんだ?その付けてるやつさ」




ボウイーは見慣れぬ装飾物を物珍しそうに見た。




「これは宝石だ。あっちで買ったんだ。持つと運気が上がるらしい。でかいお前には似合わないだろうがな」




前はマコリより小さかった彼だったが、今はマコリよりこぶし二つ分ほど大きくなっていた。




「ふうん、いいなあ。うちにもお金があればいっぱい買えるのに。ねえ、母さん」




「そうね。うちには無理だわ。ごめんねボウイー」




「僕にじゃなくて母さんにさ。まあ、僕が偉くなって母さんを楽にしてあげるさ。いつかね」




ミリは涙を流して何度も頷いている。




「おいボウイー、そんな殊勝な事を言えるなら、あの札付き共とそろそろ縁を切れ」




ボウイーはそれには答えずに「叔父さん、僕へ何か土産はないの?話だけかい?」と訊いた。




「おお、そうだ。忘れてた。マコリ、荷車に載せてあるから取ってきてくれ」




マコリが荷車から布に包まれた何かを家に持ち込んだ。




「これだこれ。昔にお前がしてくれた話を思い出してな。つい買っちまった。全然高くは無かったから、遠慮せずに受け取れ」




ボウイーは布に包まれた何か平べったいものを手に取り布を剥いでみた。




そこから現れたのは一枚の絵だった。




「市場の端っこで絵を売ってる奴がいてな。これを渋々だが売ってくれたんだ。最初奴は『これは売り物じゃない』と言って売ろうとしなかったんだが、よほど生活に苦しかったのか、似た絵をもう一枚描くからってな。それで瓜二つのこれを安く買ってきたんだ」




ボウイーはあの夢を思い出していた。




「叔父さん、その人ってもしかして金髪だったのか?」




「そうだったな。薄汚れてはいたけど、奴の髪は確かに金髪だと思う」




ミリはボウイーから絵を受け取ってしばらく眺めていた。




「これはどこの海かしらね。向こうに見える島影が、なんだか私たちの故郷のようだわね。アニオ兄さん」




「おお、そう言えばそうだな。よく似ている気がするな。この辺の岬なんかそんな感じだ。でもな、この画家崩れが言うには、自分が見た夢の風景を描いたって言うんだよ。だから似ているようでも多分俺たちの故郷じゃないよ」




「懐かしいわ。兄さんを思い出す」




「そうだな。兄さんを思い出すよ。海べりが兄さんの遊び場だった。お前は小さいからよく覚えてないかもしれないが、兄さんがよく遊んでいた、波打ち際に壊れた機械があったよな」




「そうそう、有ったわね。錆びた大きな金属の・・・・・・??こ、この端っこに描かれてるのは、あの機械の脚じゃないの?」




アニオはそれを聞き、絵を自分の前にたぐり寄せて良く眺めてみた。




「おお、これはあれだ。まさしくあれじゃないか。あの崩れたあの金属の脚のようだ。奴はこれを夢で見たってのか?」




〜町の端〜




 悪餓鬼たちの中心にいるのはこのフラウジオと言う大男だったが、ただ単に身体が大きい以外は特出した能力も無かった。




悪餓鬼たちは力では彼に逆らえない事を知っているので、仕方無く彼の周りに集まっていると言う寸法だった。


悪いことをする為だけに大きな力を利用する、そんな卑怯者たちの集まりだった。




 ボウイーはそんな彼らとは少し違っていて、フラウジオの影に隠れる事を欲してこのくだらない仲間に加わっている訳ではなかった。




「フラウジオ、僕はこのチームから抜ける。もう決めた。おさらばだ」




〜その夜〜




 顔を腫らして傷だらけで帰ってきたボウイーだったが、号泣する母親にこの傷が付いた理由を話した。




「母さん、僕はあの自堕落な生活からおさらばしたんだよ。僕はこうして傷ついたけど、フラウジオの奴をのしてやった。もう誰も僕には逆らえない。だから大丈夫だよ、母さん。もう心配しないで、もう泣かないでいいよ」




それを聞いてミリはまた涙を流した。




「母さん、お願いがあるんだ」




〜ある町の市場〜




「おい兄ちゃん、あの探しものは見つかったのかい」




隣の屋台の魚屋が彼に声をかけた。




「いえ、あっちの東の海の町ではありませんでした。しばらくここでご厄介になったので、そろそろ次の町へ、北にある海の町へ行ってみようかと思ってます」




「そうか、寂しくなるな。旅立つときは言ってくれよ。魚の干物で良ければ餞別にしてやるからよ」




「ありがとうございます、ロッシュさん」




「それにしてもあんたも酔狂だよな。夢で見た景色の実物を見たいなんてな。そんなもん有るかどうかも分からねえじゃねえか」




「ええ、そうかも。でもあんな細部まで鮮明にみえた夢は今までなかったんです。色も温かみも匂いまで感じた」




画家はイーゼルを折り畳んで帰り支度をした。




「ロッシュさん、ではまた」




そう言い市場をあとにした。




魚屋は隣の果物屋台の店主に声を掛けた。




「あいつ、どこに住んでんだ?いつ見ても身なりは汚えし、臭えし」




「まあ、魚屋の横で良かったじゃねえか。お前んとこの干物が臭えのとあまり変わらねえ」




「この野郎!言いやがったな」




「すまんすまん、あいつがどこに住んでんのかは知らねえ。いつもどこからかやって来てそこに座る」




「そうだ。そうして半年か、一年近くも経っちまったな。誰もあいつの事を気に掛けねえもんだから、誰もあいつの居場所を知らないんだ。朝にどこからかやって来て、夕方にどこかへ帰っていく。名前すら知らない、お前、あの画家先生の名前知ってっか?」




「俺は知らねえ。お前なら知ってるかと思ったけどな」




「あの画家先生、またどっかへ行くって言ってたな。まあ、やつの夢が見つかることはねえだろうな。大きな砂浜の上に落ちた、小魚の卵のひとつを探すようなもんだぜ」




「ああ、まったくだ」




果物屋も魚屋も彼の生末に何の興味もないのに、興味事ばかりが先に走る。




 リセルシュはゆく先々で、自分に興味の一つも抱かない、そんな周りの人達と関わりながら尚もあの夢の風景を探す旅に出る。




彼は何のためにあの景色を見たいのか。


その衝動が何処から湧いてくるものなのか。


そのを見つけたとて一体どうなるというのだろう。




~ある町の水路のほとりの家~




「なんなの?お願いって」




「うん、母さん。僕が見た夢の話を随分前にしたことを覚えてるかな」




「ううん、何の夢?」




「浜辺の風景を描く"自分"を自分がみていたって夢だよ。叔父さんはそれを覚えていてくれてあの絵をくれたんだと思う」




「あら、そんな話、していたような気がするわね」




「この絵を描いた人に会いたいんだ」




「隣町へ行きたいって言うの?」




「うん、駄目かな」




「隣町は遠いのよ。叔父さんのロバでも休みやすみ行って一日かかるんだから。一体どうやって行くって言うの」




「往きは叔父さんに頼んでみる。でも帰りはなんとか自分で帰ってくるよ」




「わかった兄さんには私からお願いしてみるわ。ただ、危ないことはしないと約束して頂戴。なにも連絡がとれないんだからお母さん心配で仕方ないわ」




〜二日後〜


アニオが言う。




「ボウイー、用意は出来たか。出発だ。ただし、ロバが疲れてるのでな、少し時間がかかるかも知れねえぞ。ミリ、息子を預かる。大丈夫だ。俺が守ってやるから心配すんな」




ロバに引かれた荷車はゆっくりと町を出て隣町を目指した。







「おい、ボウイー。俺ぁとんでもないもんをお前に渡しちまったな。こんな事になるなんてな。ま、これも俺の責任だ。遠い町だが送ってってやる。ほんとに帰りはいいのか?」




「叔父さん、ありがとう。うん、いいよ。帰りはゆっくり歩いて帰るさ。と言うかさ、少し町を見物したいのさ。そこまで叔父さんに付き合ってもらう訳にはいかないだろう?」




「あははは、そういう事か。なるほどお前らしいぜ、あははははは」




荷車は笑いに包まれゆっくりと針路を辿ってゆく。




「ボウイー、そこの分かれ道があるだろう?左に下ると町の方向、まっすぐ行くと俺とお前の母さんの故郷に行ける。その絵の海のある町だ。そこにも行くつもりなんだろ?隠さなくていい。母さんには俺から説明しておいてやるさ」




「叔父さんは、僕の考えてることなんてお見通しなんだね。そうさ、だから往きだけで良いって言ったんだよ。何日かかるか分からないからね」




「だろうと思ってたさ。いいさ、お前にとことん付き合ってやる。往きも、復えりもだ」




〜一時間前〜




町のはずれに差し掛かった荷車。




「叔父さん、どこに行ってたの?」




「ああ、郵便屋のマルコのところだ。次に隣町に行く時は声をかけてくれと言われてたんだ。郵便受けの新しいものを買ってきてほしいんだとさ。ところでお前のその顔は何だ?傷だらけじゃねえか」




「これか。これはあの連中と決別した代償さ」




「そうか、こてんぱんにやられたんだな」




「いや、向うはもっとひどい顔をしている。フラウジオの奴は鼻と口が曲がったまま治らないだろうね」




「そうか。そりゃ大したもんだ。我が甥ながら感心するぜ」




ボウイーは帽子を深めに被り、顔の傷を隠し少し笑った。




しばらくは二人は無言のまま、ゆっくりと進むロバの背中を眺めていた。


やっと朝日の力が強くなり始め、二人を暖め始めた頃、ボウイーはその明るく照らす二つの球体を眺め、あの夢で見た太陽の光のことを思い出していた。




〜隣町〜




辺りはもう暗くなり、欠けた月が照らす光だけではまともに歩くことさえできない。




アニオは連れているロバは夜目が利くので、これに任せておけば心配はいらないと言う。




先日来たときに泊まった宿があり、今日はそこに泊まり、明日の朝市場に出掛けることにした二人だった。




〜翌朝、市場にて〜




「どうだ、大きな市場だろ?」




ボウイーは初めて見た大きな市場に興奮を隠せないでいた。




「凄い、凄い!何でも売っている。人もいっぱいだ」




魚や穀物など日常の食料品から保存食、装飾品の類から、家具などもあり、それらは整然と並んでおり、町の人々の性格を表すようだ。




「もうすぐだ。あの果物屋の裏辺りだ」




果物屋の角を曲がり、魚屋の向こうに“彼”は居るはずだ。




確かここにござを敷いて男がいたはずだったが、今は老婆が椅子とテーブルを並べて占いをしている様相だ。




アニオは老婆に訊ねてみた。




「すみません、ここに絵描きが居たはずなんですが、今は何処かの屋台に引っ越したんですか」




老婆は下からアニオを眼鏡の内側から睨めあげ言った。




「うんにゃ、あたしゃ空きができたんでここに座ってる。絵描きのことなんて知らないさ」




「おい、あんた。今、絵描きと言ったか?」




隣の魚屋が屋台から身を乗り出している。




アニオは突然掛けられた大きな声に驚いたが、気を取り直して魚屋の方を向いてはいとと答えた。




「そこに居た画家先生は昨日に出てったよ。次の町へ移ると言ってたな」




「え?そうなんですか、どこに行くと言ってましたか」




「そうだなあ、北の海の町って言ってたな、確か。あんたらあいつの知り合いなのか?ならあいつの名前を教えてくれ。知らないまま突然出て行っちまったからよ。餞別の干物も渡せなかったんだ」




「いえ、知り合いというわけでは無いんです。けど、先日買った絵のことで訊きたいことが有りましてね」




「あ、そうか。あんたこないだ、絵を売れとか売らないとか奴と問答してた人か?」




魚屋は続けて唾を撒き散らしながら大きな声で言う。




「確か、もう一枚同じものを描くからって暫く時間をくれと言って、あんた達がまた来ると言っていなくなった後に、俺は聞いたんだ」




「何を聞いたんです?」




「あれはあいつがみた夢を描いたもので、その景色を探すために旅をしているとな」




ボウイーは驚いて魚屋に食いついた。




「夢?みた夢の景色と言ったの?魚屋のおじさん」




「あ、ああ。そう言ってた。あれには魂が宿ってるから絶対に売れない絵なんだとも言ってた。そんな事があるのかね?絵に魂がってよ?」




「叔父さん、行こう!北の海の町」




その後、ボウイーは騒がせたお詫びに老婆に謝罪をした。




「おや、あんたはいい子だね。あんたの夢もきっと叶うさ。占いにはそう出てる。そうさね、夢は三つある。三つの夢が叶ったときに、更に夢は叶うのさ」




ボウイーは老婆にお辞儀をしてアニオを早くと促した。




「おいおい、ボウイー、あんな汚い婆さんにお辞儀なんてするなよ」




「叔父さん、お年寄りは大切にしないとだめだよ。教わらなかったの?」




アニオは元悪餓鬼の言うことにも行動についても驚いた。




『兄さんによく似ている。この子は兄さんの生まれ変わりなのか』




〜北の海の町〜




「とうとう着いた。間違いない」




沈みゆく二つの太陽が水平線に掛かる。


その線状の光は岩礁の上の金属で出来た巨大な構造物を指していた。




「ここだ。ここだ。ここだ!」




リセルシュは歓びを身体中で表し、狂気の祀り事をする者のように踊り狂った。







 ロボットは夢をみない。


全ての物事はロジックで整列されている。


ロボットは眠ることはない。


機能が一時停止していても、彼らは常に起きている。




だから彼らは夢などみることはないのだ。




 深夜、家のみんなが寝静まっている頃、執事のテイラーは彼専用のアルコーブに身を委ね、彼の状態管理のためのプロセスを走らせていた。


その時、彼は意図的な一時停止状態に置かれていて、眼を瞑り胸を手を当て、まるで眠ったかの様に微動だにしなかった。




だが、彼の眼球センサーはくるくると瞼の中で動き回り、人間で言えば夢を見ている状態の様だった。







『これを何処で手に入れた』




背の高い痩身の男が訊いてくる。


自分は縛られたように身体が動かせずにいる。




『ここは何処だ。なぜ私は縛られている』




『ここはお前の家だ。しかもお前は縛られてなどいない。常に自由だ』




『何故こんな事をする』




『何を言う。これはお前の望んだことだ』




『手に入れたと言ったが、私は何も手に入れてなどいない。一体なんの事だ、理解し難い』




『お前はお前の消された記憶を取り戻そうとしている。はやくそれに気づけ。それは消されてなどいない。常にお前の中にある。あの海の景色のようにな』

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