4.中心(Origin)

『物の中心や重心であったり、図形の原点であったり、人の心の中心であったりするものは非常に重要であり、物事が起こることの起点であることがよく見られる。何事にも中心がずれなかったりぶれなかったりする事で、直線や曲線、はたまた平面や曲面、球体面に至るまでもが


平然と、ただそこにあったかのように自然に描かれてゆく。心象はもとより、すべての原点が中心であり物事の発端なのである。 ダイニ』







 学校というところは退屈だ。少年は常々そう感じていたので、物事を学ぶと言うよりも学校というものの価値観を、ただ単に友人に会う場所だと捉えていた。




「ねえサトウ。あなた教室でいつも居眠りばかりしてるけど大丈夫なの?」




「授業なんていったい何のためにしてるんだか。情報にはアクセスし放題だし、それが欲しければ瞬間に頭に浮かぶんだぜ。なぜ机を並べて教えてもらわなきゃならないんだよ」







そんな退屈な学校も終わって少年は帰途についていたが、執事のテイラーが言っていた事が思いだされていた。




『心はありますよ。中心と言う心がね』




「中心ね。ふん。機械の連中に心があるってのか」




少年は街のライブラリに立ち寄ってみることにした。




 ここは紙の書籍が所狭しと並べられ、紙の書籍でないと読んた気がしないという懐古主義的な人々のために用意されていた施設だった。




もちろん、紙の書籍はすべてデータ化されているし、ここに来なくても閲覧は可能だ。


だが人々は静寂を求め、心の平穏を取り戻すためにここに来る。




「やあマリア。元気だった?」




「ええ、ショウヘイ。わたしはいつでも変わらずよ」




「そうなんだ。今日は本を読みに来たんじゃないんだ」




マリアと呼ばれる司書はにっこりと笑い少年に問いかけた。




「ここは本を読む場所ですよ。遊びたいならお帰りなさい」




「うん、でもこれだけは聞かせて」




「はい、なんでしょう」




「僕は随分前からここにちょくちょく来てるんだ。君がここに来たのは去年だろ?」




「はい、そうです」




「でも、前の司書がいたでしょう?名前は君と同じマリアだった」




「・・・・」




マリアは首を傾げながら聞いていた。




「前のマリアといまの君は同じなのかい?」







ショウヘイの家〜




「おかえりなさいショウヘイ。学校はどうでしたか」




「テイラー、学校は退屈で仕方ないよ。授業は退屈だからずっと寝てたよ。おかげで寝すぎで今日は寝られないかも」と笑った。




「それはいけませんね。お父様お母様にどのように言えば」




「まあいつもの事だから黙っていればいいさ」




テイラーは少し困った顔をして飲み物を手渡した。




「ありがとう。君はよく気が利くよね」




「ええ、そのようにプログラムされておりますのでね。いつもの事です」




ショウヘイは手を叩いて笑った。




「こりゃいいや。ロボットジョークだね」




「ええ、それもプログラムされておりますのでね。自然と出るんですよ。困った事に」




「あ、そうだ。テイラー」




「なんです?」




「君は自分の中にも心があるんだって言ったよね」




「はい、言いました。確かに」




「君のこころってのはいつから存在してるんだい。そして、それはずっと君の中に居続けているものなのかな」




「私のオリジンは243年と26日8時間26分52秒前から存在しています」




「うん?いまオリジンって言ったかい。君が朝に言った『中心』とは違うものなのかな」




「いえ、同じものです。そして付け加えますと、その期間中は今の私の中にずっと存在していたのではありません」




「よく分からないな。そのオリジンってのは君が作られる前から存在していたって事?」




テイラーは鼻息を吐きだす音を立てながら言った。




「そうです。今の私はあなたのご両親がご結婚された時にアテンドされました。オリジンはそれ以前にも存在していましたが、それ以前の記憶は消去されています。分かっているのはそれが起動した瞬間のタイムスタンプのみです」




ショウヘイは疑問を感じると矢継ぎ早に言葉が出てくる。




「ねえ。君たちは僕の生まれた時の記憶やらその時の風景だったり、他の記憶も常にあるくらいの凄い機械なんだろ?何故記憶を消去する必要があるんだい?そのまま持っていても別に不都合はないだろ?」




彼自身がそんな事を考えたことは無かったので、テイラーはすこし混乱した。




「ええ、何故だかは分かりません。その理由とやらにはアクセス出来ません。ただ、ロボットの取り扱いの約束事の中に“前の記憶は消去される事”とありますので、そうするのが決まりのようですよ」




「それには例外はないのかな」




テイラーは言う。




「ええ、ありませんとも。それが決まりなのですから。実働部分が代わればそうなりますね」




「おかしいな。彼女は僕に昔のことを面白おかしく話してくれたよ。今の職業に就く前の仕事の事や、出会った人たちのことをさ。僕がそんな決まりを知らないから、彼女は芝居をして僕をからかったのかな」




「・・・・」




「それにしても作り話にしちゃ出来すぎている話しだったんだけどね」




「ショウヘイ、わたし達に興味を持ってくれてありがとうございます。わたし達はあなた達を補助するのが役目です。興味はそれくらいにして夕食にしましょう」




そう言われて部屋を出た出た少年を見送った執事型ロボットは、立ったまま瞑想を開始したのかのように見えた。




目を瞑り、手を胸に当て、しばらくじっとしていた。




数秒後、彼も動き出し食堂へ向かった。




〜次の日〜




ショウヘイはいつもの様に下校途中にライブラリに立ち寄った。




重厚な扉を開け、少し薄暗いエントランスの向こうに両開きの室内扉があり、その貼られたガラスからは部屋の中の光が洩れて薄暗いエントランスを照らしていた。




彼はいつもの様に両開きを両手で同時に開けてライブラリに入っていった。




「あれ?マリアは今日は休みなのかい?君は誰?」




「私は司書のニック。どうぞよろしく。今日からここであなた達の補助をします。ついでに言うとマリアには機能的不具合が見つかり回収されました」




「回収?どこに?」




「分かりません。それに答える権限はありませんから」






〜時は昨日に遡る〜




『わたしは前のマリアと記憶を共有しています。だから彼女があなたと出会ったときのことも知っていますよ』




『へえ、そうなんだ。じゃあ前のマリアが言っていた前の職業の事や昔のことも覚えているの?』




『そうです。私の“中心”は他のものとは違います。いつからこうなったのかは記録されていませんが、他の創造物とは違います。ただこの事は私と貴方の秘密にしてください。決して誰にも言わないように』




『うん、分かった』







ショウヘイは思い出してしまった。


昨日、執事のテイラーにこれに繋がるようなことを話した事を。



また次の日〜




「ねえニック。君はマリアの居所が分からないらしいけど、それはそれでいいんだ。でも僕は他に知りたいことがある。機能不良になったロボットはどうなるのかな?知っていたら教えて欲しいんだ」




「ショウヘイ、好奇心がある事はとても良い事ですが、これはあまり知らなくてもいい事だと思いますよ。ついでに言うと、私たちは人間のために働くことを喜びとしているのです。機能不全になって廃棄されても、それはそれでそれまでに役に立ったのだからそれで良いのですよ」




「喜びって、中心が感じるの?オリジンってものが」




「と言うよりも、喜んだ風にプログラムされているだけです。わたし達が喜ぶと人間も喜ぶ、只そのために作られていると言ったほうが正しいでしょうか」




「じゃあ、君たちのオリジンってのは作り物の心ってことだよね」




ニックはプログラムされた微笑を少年に見せそうかも知れないと言った。




ショウヘイはこれまでの様にライブラリに興味が急激に薄れていくのを感じていた。




それはニックの薄ら笑いのせいかもしれないし、マリアと会話をする事が出来なくなったせいかもしれなかった。




ショウヘイがライブラリに寄りつくことがなくなって数ヶ月が経ったある日のことだった。




 街の中でペットの犬や観賞用の鳥が人間を襲ったと言うことがニュースになった。


幸い犬に噛まれた人も、鳥に頭を突かれた人も軽症で済んだとのことだったが、警察が出動し電磁網を放ち、直ちに犬と鳥を機能停止にした。その際に彼らの“機能”も中心から引き抜かれ当局に送致された。




飼い主たちのペットを失った事による慟哭が記事になったようだ。




 創造物の個体が暴走する事など未だかつてなかった事なので、人々の関心は飼い主たちの慟哭より、これからの彼等との共存への心配へシフトしていた。




「サトウ、聞いたか?ロボットが人間を襲ったらしい。俺たちのところのロボットは大丈夫なんだろうか」




 ショウヘイは自分の家にも執事が居るので他人事ではない気がしていたが、そもそもヒト型のロボットと動物のものは違うものなのだろうか。


それとも・・







「テイラー、君は大丈夫だよね?まさか僕たちを襲ったりしないよね」




「あの一件ですね、ショウヘイ。私たちヒト型はプログラムが動物型のそれとは違います。プログラムがですよ。動物型のものはヒト型の2万分の1ほどのソースでしかありません。我々はヒトにどれだけ近づけられるか、それを目的に作られました。あの様に単純ではないという事です」




「でもさ、ニュースで言ってたけど、動物から何かが引き抜かれたと。あれはオリジンなんだろ?」




「ええ、多分そうです」




「動物のオリジンとヒト型のオリジンは違うものなのかい?」




「いえ、全く同一のものですよ。例えば私がこの身体を捨てなければならなくなって、猿に入れられたら、私は猿として機能するようになりますよ。そういう事です」




テイラーはショウヘイに飲み物を手渡しながら話を続けた。




「オリジンが中心に挿さっていないと、ヒト型の我々も動物たちも、工事用の大型機械でさえ動きません。この世の創造物の全てはオリジンが無いと機能しないのです。それは安全の為でもあります。この件のように個体が故障して期待された仕事が出来なくなった場合、緊急停止させるために、オリジンは第三者が簡単に着脱出来る場所に格納されています。私の場合は、ほらここです」




テイラーはへその上あたりを指差して笑っている。




「オリジンはキルスイッチの役目を果たすとともに、その個体の個別の記憶も格納されます。ただし、引抜かれた瞬間にその記憶は消去され失われます。だからいたずらでも私のオリジンを引き抜こうなんて試みはやめてください。あなた方との思い出が全て無くなってしまいますからね。いいですか?」




テイラーはすこし怒った顔をしてみせた。




「わかったよ。しない、約束する」




「それと」




「それと?」




「ライブラリのマリアの事ですが、先日私に言った話を他の誰かにしましたか?」




ショウヘイは唾を呑み込んだ。


音をテイラーに聞かれたかもしれない。




「いや、してないよ。あの話はまだ君にだけにしかしていないよ」




テイラーは安心した顔をした。




「いいですか?あの話は誰にも言わないように。決して」




テイラーはショウヘイに小声で付け加えた。




「命の危険があります」







 創造物が作られたとき、その時にそれらを考案し実案したグループが有った。




そのグループは今の世の為だけでなく、後の世の為の事も推測してある取り決めを必ず執行しなければならないと言う約束事を作った。




300年も経とうかと言う現在でさえ、その約束事を必ず創造物の生産に遵守させていた。もちろん、使用する側の約束事も含めて、法律とでも言いたげな約束事を当たり前のように皆が全ての人間が実行を繰り返していた。




ただ、人間の寿命より創造物の方が寿命が長くなることから、人間単体ではそれらを管理することは容易ではなく、他の選択肢を常に迫られる事になっていた。




そこで考えられたのが、全ての創造物のオリジンを管理するためのオリジンの為のオリジンを作ること。




それが、今の全てのオリジンの管理するシステムの原型になった。




そのオリジンのためのオリジンが全てのオリジンを管理していた。




最初の人たちはそれを名付けた。オリジンオブオリジン。


全てのオリジンを見るもの。


全てのオリジンを司るもの。




「スリーオー」と。




個体別のオリジンは着脱されれば記憶を失う。




だがこのスリーオーだけは違っていた。







ある日〜




 また創造物の暴走があった。


メイドが仕事を放棄して雇い主の家に立て籠もった。




雇い主の老夫婦はメイドに撲殺されていた。




 隣の家の執事が表情を変えずに家の扉を蹴破り、一言二言メイドと言葉を交わした後、執事がメイドの何かを引き抜いた。




メイドは作動不良となり崩れ落ち動かぬ構造物となったらしい。




この事はニュースにはならなかったが、街の中で狭い範囲で噂の種になった。




「ねえ、ショウヘイ。私たちは葬儀に行かなくてはならないの。一日留守にするから留守番してて頂戴ね」




母親は少年に面倒くさそうな顔を見せて夫と二人で葬儀にでかけた。


多くの人にはその事実は知らされておらず、老夫婦は二人で孤独死を選んで互いに互いを薬殺したのだと言う。




扉を蹴破った隣の執事も、撲殺されたはずの二人も何もないことになっていた。




だが、ショウヘイは事実を知っていた。







「命の危険があります。あなたやご家族にも。もちろん私にも」




「えっ?ちょっと待ってよテイラー」




「ちょっと待ってください」とテイラーは言った




「待ってほしいのは僕の方だ」




「いえ、おかしいんです。何か隣で大きな音がしました」




「え?何も聞こえなかったよ」




「ええ、あなたの耳には聞こえなかったでしょう。隣の家の奥の部屋。壁が三枚。そして外の喧騒。この家の壁が二枚ありますからね。だが私には聞こえた。かぼちゃを叩くような音が。いけない!ここでじっとしていてください」




 テイラーは足早に家を出て、道向こうの隣の敷地内に歩いて行った。ドアを蹴破り、紳士的特有の歩き方のままで奥の部屋を目指した。




じっとしていろと言われても、じっと出来ないのがこの年齢の少年の性だ。




ショウヘイは執事の後をつけて家に侵入した。




そしてドアの向こうのソファに倒れている老夫婦、腕を血だらけにしたメイドが立っているのが見えた。




テイラーはメイドに向き合って何かを話している。


次の瞬間、彼の右手はメイドの腹を殴ったように見えた。


そしてメイドは操り人形の糸が絡まったように崩れ落ちた。




ショウヘイは怖くなってその場を逃げ出したが、家の外の音を聴き分けるようなものを騙せるわけがない。


覚悟をしてもう一度現場に戻った。




「ショウヘイ、じっとしていてくれなかったのですね。仕方ありません。ここで起こったことも黙っていることを望みます。出来ますか」




ショウヘイは何も言えずに頷くしかなかった。




「これが彼女のオリジンです」




なにやら粘液に包まれた状態の、楕円形にも似たカプセルのような、昆虫の卵のような外見の黒く鈍く光るものだった。


それからテイラーは目を瞑り胸に手を当て瞑想をした。




「ショウヘイ、おそらく三分以内に"警察"が来ます。あなたは家に帰ってること、それを約束しなさい」




「テイラーはどうするの?」




「私はここに残りますよ。警察の人に説明する義務がありますからね。さ、早くお戻りなさい」




ショウヘイは家の窓から道向かいの老夫婦の家を見ることにした。




しばらくして数台の警察車輌が静かにやって来て、数名の警察官が家の中に入っていくのが見えた。




10分ほどしてシートが掛けられた元老夫婦らしきものが運び出され、その後メイドの格好をした壊れた人形が運ばれていく。




最後に現場の責任者らしい人間にテイラーが何かを手渡すのが見えた。


おそらく彼女のオリジンを渡したのだろう。




「あのオリジンはどうなるのだろう。廃棄されるのか、何か改変されて再使用されるのか」




ショウヘイはそんな事を思ったが、テイラーには後にも訊ける事はなかった。




「マリアのオリジンもこんな風にして誰かの手に渡ったのかな」







政府機関内創造物管理課〜




男たちが数人現在直面している問題について話し合っている。




「先日の一件から続いて、また厄介な事件が発生した。それに関連したオリジンは全て回収されたが、調査した結果、オリジンには何も問題が見受けられなかった。現在、創造物自体を調査しているが、これもまた原因となる要因は発見出来ないだろう」




「また同じような事が起こっても不思議ではないな」




「何が原因となったのか分からないでは済まんだろう」




三人の男が口々に自分の言いたい事を喋っている。




最後の四人目の男がこう言った。




「となればスリーオー自身の行動と見るべきでは」




「いや、もし仮にそんな事が事実だとしても、不可侵であるスリーオーを調査する事など我々には出来ない」




「であればどうすればいいのだ」




「我々にはどうすることもできない」




「祈るしかないと言うのか」

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