2.遠い記憶
「おい、ボウ!お前また市場でやらかしたろう!」
従兄弟のマコリが歳下の少年を睨んで言った。
「何度言ったら分かるんだ。僕はボウじゃない。“ボウイー”だ!それに市場のおっさんは僕を見たら泥棒に見えるらしい。ただ僕は市場を歩いてただけだ」
黒髪の長身のマコリは赤毛の小さな少年の頭を押さえつけた。
「いいか、もうあの屋台に近づくな。お前のことを他人から聞くなんてのはもう御免だ」
そう言ってマコリは石畳みの坂道を上っていった。
赤毛の少年は坂道を駆け下り、路地を曲がり、水路の上の橋を渡り、土手の手前の土で作られた粗末な家に飛び込んだ。
「くそっマコリの奴、何だ偉そうに!自分の方が背が高いからって馬鹿にしやがって。歳だって一つしか違わないのに!」
先日14になったボウイーは、その後に誕生日を迎えたマコリにまたひとつ歳を追い越された。彼は長身の従兄弟とたった3日しか同い年には成れなかった事を毎年悔しがるそんな少年だった。
「ボウイー帰ったの?」
「母さん!聞いてくれよ。マコリの奴が僕をを子供扱いするんだ。それに僕のことを市場のマリウスに良くないやつだと吹き込んでる」
「ボウイーやめなさい。マコリはそんな子じゃないわ。何か誤解があるようね。今度ちゃんと話しなさい。ね?」
「わかったよ、母さん」
母親のミリは遅くにこの子を産んで、今は愛するボウイーと二人暮らしだ。
二人は町の片隅で慎ましい生活を営んでいた。
「昔はおとなしい子だったのに。とても心配だわ」
ミリはその慎ましい生活を支えるために仕事をし、家に帰れば子供のために食事をつくる。
息子のためなら苦労は厭わない。そんな優しい母だった。
そんな母の言う事だけは素直に聞ける。
ボウイーはそんな母との生活がいつまでも続く。それが当たり前なのだと思っていた。
その夜彼は夢をみた。
大人になった自分が海の景色を眺めながら絵を描いている。
夕陽がとても綺麗でかもめの声も無くなりかけた昼と夜の境目の時だった。
自分の足場は錆びた金属製で、波に洗われ続けた部分の土台は半分無くなっていた。
そんな不安定とも思える金属の人造物の上に立って、スケッチブックを片手に目線は太陽を追っていた。
落下してゆく太陽の1つ目が沈み、小さな2つ目も海の底に沈もうとした瞬間、もう一度そこから別の太陽が上り、彼だけを照らしていた。
温かいとても温かい光。
彼はその光を描いた。
絵なんて描いた事は無かった。
でも、その大人になった自分は絵を描くことが好きな様子だった。
『あれ?これ。前に見たことがあるぞ』少年はそのシーンに既視感を感じたが、よく思い出せない。
なぜ大人の自分を俯瞰した形で見えるのか。
そして、景色の中に何かが足りない気もしていた。
小さい時のような気もするが、そうであれば大人の自分の存在がおかしい。
夢の中の夢のような不思議な感覚だった。
朝になり目覚めた彼は、不思議な感覚の中にまだいた。
部屋の向こうで母が自分を呼んでいる気がした。
その声が徐々に大きくなって耳のそばで聴こえた。
「ボウイー、どうしたの?ずっと呼んでたのに。御飯にしましょう」
「母さん、夢を見てたんだ。懐かしいような見たことあるような」
「そうなの?お母さんにもあるわよ。見た事があるような場面が何度も出てくるの」
「そうなんだ。夢なんてそんなもんだよね。でもさ、自分が自分だと分かってるの?その時って」
「そうよね。考えたことはないけど、自分はいつも自分よね。視界や見えてるものは自分のものだもの」
「?自分を自分が外から見てるって事はあった?」
「お母さんには無いわね。自分の姿を見てるって事?」
「そうなんだ。大人になった自分を僕が見てる」
「じゃあそれは貴方じゃなくて他人じゃないの?何故自分だと分かったの?」
ボウイーはそれを聞いてなるほどと思った。
あの大人を何故自分だと思えたのか。
そうだ。今まで夢を見ていて自分の視界以外の映像は見たことが無かった。
いつも一人称が見た映像が夢の定番だった。
ボウイーは思い出した。
自分だと思っていた人物の髪の毛は金髪だったことを。
あれは自分じゃない。
なぜあれを自分だと思っていたのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます