第8話 すれ違う時間

 アパートの共同風呂でシャワーを浴びながら、リリは呟いた。

 結局、ハルも先にいってしまった。みんな私を置いていく。いったいなんのためにこんな力はあるんだろう。

 瞳が燃えるように赤くなった。

 シャワーだったら平気なのに。どうして、雨はだめなの?

 う……。

 唐突に、リリは体の不調を感じた。苦しくて立っていられない。膝をつく。

 まさか、シャワー?

 止めた。でも収まらない。体が震えている。悪寒とともに鳥肌が広がり、目がぼんやりと霞んでいた。

 これが病気というやつなの? なんだか人間みたいじゃない。

 ふふ、ふふふ……。

 リリは、自分のことが滑稽に思えて笑った。呼吸を整えて、しばらく苦痛に耐えた。

 およそ六十年の時を隔てて、ある生物学者と偶然、再会したことがあった。比較的最近の話だ。一緒に暮らしていた頃と変わらないリリの姿に、彼は驚いた。リリは、私は人間ではないかもしれないと告げた。

 彼はリリのDNAを調べた。そして言った。分析の可能な範囲において、君は間違いなく人間だよ、と。

 ただし、まだ解析されていない領域に刻まれている遺伝情報が、どんな意味を持つのかは分からない。突然変異の一種か、あるいは地球外からやって来たのか。いずれにせよ、解明できそうにない。僕にはもう、時間がないんだ。

 力なく笑い、彼は涙を流しながらリリを抱きしめた。

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