第7話 燃え上がる笑顔
食材を満載した買いものカゴふたつをカートから軽々と持ち上げて、ハルはスーパーのレジ台に乗せた。小柄な体のどこにそんなパワーを秘めているのだろう、私と違って人間なのに、とリリは思った。自動精算だ。ハルがリストフォンのNFCで支払いをした。
「後で割り勘しようね」
リリは声をかけて袋詰めを始めた。
大きなレジ袋をひとつずつ持ってハルと一緒に店を出た。空は重い灰色だ。自分の特性を考えると、本当はこんな天候の日は外出を避けるべきなのだが、ハルとの素敵な計画を中止にしたくなかった。空いている方の手で傘を差して歩きだす。
本格的に降りはじめた雨の中、幹線道路に沿った広い歩道を、ふたり並んで進んでいった。リリの家でパーティをするためだ。材料を買い、道具も少し用意した。
「ねえリリ。料理はどこで習ったの?」
なにげない様子でハルが尋ねた。
「うーん、どこ、というか、いろんな店かな。私、しょっちゅう引っ越すから。国内に限らず」
「じゃあ、外国でも料理をして働いてたんだ」
「そうだよ」
「何ヶ国ぐらい?」
「多すぎて分からない」
「それじゃあ、パスポートがすごいことになっていそうだね」
「まあ、ね」
リリは言葉に詰まった。パスポートを使ったことはない。特殊能力を活用すれば、簡単にどこへでもいける。
「ああ、楽しみだな」ハルが、ため息のような声をもらした。「なにが出てくるんだろ」
「ハルも手伝ってよ?」
「私、手を動かすのは苦手。頭脳労働タイプだから」
しょうがないなあ、とふたりで笑ったときだった。ふいに、荒々しいエンジン音が大きく響いた。ふり返ると、大型のSUV車がリリの方に一直線に向かってくるところだった。明らかに狙われている。
リリは舌打ちした。なぜよりによってこんなときに。雨さえ降っていなければ、ぶっとばしてやるのに。
走って避けようとして、リリはハルの存在に気づいた。だめだ、自分だけ逃げるわけにはいかない。リリは息を整えた。でも、雨の中で特殊能力を発動することはできない。格闘技に長けているとはいっても、ノーマル状態で車をさばくのはさすがに無理だ。目の前に黒くて重い鉄の塊が迫る。硬い激突音。傘が宙を舞った。
衝撃を受けた。撥ね飛ばされて路上に転がった。しかし、予想よりはるかに痛みが少ない。車がタイヤを鳴らしながら停まった。顔を出したのは、首に包帯を巻いた優斗だった。
「くそ、邪魔しやがって」
車は走り去った。
リリは、歩道に黒い布が落ちているのを見つけた。雨に濡れていく。駆け寄ったリリは、呆然と立ち尽くした。
「ハル……」
「あはは、私、ナイト、だから」その声は抑揚がなくて平板で、どこか間延びしており、錆びたように軋んでいた。「お姫様、を、守る、の」
ハルの首は胴体から外れてケーブルで繋がっており、手足は変な方向に曲がっていた。
「あなた、まさか」
「そう、だよ。ロボット。よく、できてる、でしょ。見る、のは、初めて、かな。結構、研究、が、進んで、るんだ、よ」
「しっかりしなさい。メモリは大丈夫なの? だったらなんとかなるんでしょ、知らないけど」
「だめ、みたい」
「そうだ、バックアップは? コピーとってないの」
「私、の、バックアップ、を、作るに、は、私と、同じ、だけの、性能、が、必要、よ。そん、なもの、は、この世に、存在、しな、い」
「なに言ってるの、ねえってば」
「離れ、て」
「え、なに」
「離れ、て、リリ」
「なにを――」
ハルの胴体が小さな爆発を起こした。それをきっかけにしたように、火花が全身に走り回って炎上した。頭部にも燃え移り、大きく弾けた。部品が飛び散る。
「リリの、料理、食べた、かった、な」
激しく燃え上がる壊れかけの顔で微笑んで、ハルは沈黙した。
「ハル!」
誰かがリリを引きずってハルから離れさせた。ハルはもう一度大きく爆発した。
土砂降りの雨の中、リリは黒煙を上げる炎を見つめた。黒い瞳が揺れている。
どうして、どうしてこんなときに限って雨が降っているの? 憎い。私は、雨が憎い。
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