第4話 異能
『優斗、この子が今日の獲物か』
『悪くないな』
男たちは無遠慮な目で絵里花をじろじろ見ながら、好き勝手なことを言い始めた。
『あの、優斗さん』絵里花の怯えたように掠れた声が、チャームに偽装して身に着けているカメラのマイクを通して聞こえてくる。『この人たちは?』
『僕の友達だよ。とっても仲よしなんだ。だから、女の子もシェアするんだ』
金属の擦れあうような音が聞こえた。おそらく鍵をかけられた。まずい、急がなくては。リリは、絵里花のカメラが移動した経路を思いだしながら走った。
『なんの冗談なの?』
映像が小刻みに震えている。それはおそらく、絵里花の体からカメラに伝わった振動によるものだ。
『冗談なんかじゃないよ。僕は女の子を可愛がるときはいつも真剣だ』
『そうそう、優斗の奴はいつも真剣さ』男のひとりが笑いながら言う『涙も出なくなるまで徹底的に可愛がるんだ』
『私、帰る』
絵里花はドアを激しく揺らした。だが、やはり鍵がかけられているようだ。逃げられない。リリはマンションの下に辿り着いた。
『まあまあ、そう言わずに』男たちが一斉に立ち上がって、にやにやしながら絵里花に迫る。『ゆっくりしていけよ』
『嫌、放して』
羽交い絞めにでもされているのだろうか、絵里花は動けないようだ。優斗が正面に回ってきた。
『なんだこれ』優斗の手がカメラに伸びてくる。映像が大きく揺れた。『もしかして、撮ってる? 信用ないなあ』
リリの見つめる映像が激しいノイズとともに消えてスピーカーが沈黙した。カメラを壊されたのだろう。絵里花の様子を知ることができない。
ロビーに入ってからの絵里花たちの移動経路を頭に思い浮かべながら、リリは、優斗の部屋の位置に見当をつけた。建物の横に回り込む。意識を集中させた。感じる。絵里花の恐怖が響いてくる。
マンションを見上げた。やはり、あれをやるしかないのか。ためらっている暇はない。リリは息を整えた。
リリの瞳が、ぼんやりと光を帯びはじめた。それは燃えるような
二十七階の窓から中を覗いた。絵里花が男たちに取り囲まれて、服を剥ぎ取られようとしている。
「やめなさい」
リリの低く抑えた声が室内に響いた。
「なんだおまえ」男たちがふり返った。動揺しているのが伝わってくる。「どこから入った? 窓もドアも鍵が掛かってるのに」
優斗がリリに近づいてきた。
「どうやったかは分からないが、せっかくのお客さんだ。それに、こっちの方が可愛くないか」
下品な笑い声がいくつも聞えた。
「そうだな、先にそっちをいただこう」
男のひとりがリリに掴みかかった。リリは動かない。なのに次の瞬間、男は部屋の隅まで飛んでいった。
「なんだ?」
別の男が近づいてくる。リリはやはり動かない。いや、そうではない。今のリリにとって、人間の動きなど超スローモーションだった。文字通り、目にも止まらない動きで必殺の一撃をくりだした。
男が転がった。
「どうなってるんだ」
焦りと恐怖が、男たちの間に漂いはじめた。
リリが消えた。絵里花にはそう見えただろう。次の瞬間、男たちは部屋のあちこちで呻いていた。
「バケモノか」
優斗の顔にも緊張が浮かんでいる。いつの間にか金属バットを手にしていた。
なにかを感じたように、リリはふり返って窓の外を見た。雨が降りはじめていた。唇の端が歪む。リリの瞳が、黒にもどった。
優斗がバットをデタラメに振った。整理のついていない動きほど怖いものはない。予測できないからだ。よけ切れなかったバットが、リリの額に掠った。よろめくが倒れない。
「どうした、さっきみたいに消えないのか」
迫る優斗。じりじりと後退するリリ。その額から一筋の赤いしずくが垂れた。
「ふん、バケモノでも血は赤いんだな」
窓の外では嵐のように雨が降っている。リリは、腹の底を強く意識しながら深くて長い呼吸をひとつした。
「ここからが対等の勝負ということよ、坊や」
壮絶な笑顔を浮かべてリリがダッシュした。バットが降り降ろされる。かいくぐってしゃがんだ。立ち上がりざま、リリの拳が優斗の華奢な顎を捉えた。かかしのように棒立ちになり、優斗はゆっくりとうしろへ倒れていった。
「リリ姉……」
「ごめん、しっかりついていてあげればよかった。怖かったね」
リリが手を伸ばすと、絵里花は首を振りながらあとじさった。
短いため息をひとつつき、リリは金属バットを拾い上げた。ドアの鍵をたたき壊す。絵里花はあとをも見ずに、そこから逃げだした。
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