第6話

 なんか、注目を浴びてる。


「……」


 なんでだろう。

 翌日、寮から出て校舎に向かっている途中、やたら視線が集まっているような気がした。

 ジロジロジロジロ、眺められている。

 そして遠くでコソコソと俺の方を見ながら何かを喋っている。

 

 ……陰口かよ、クソ。

 どうせ、臆病者勇者とか言ってるんだろどうせ。

 知っているし、実際事実だから反論のしようがない。

 だけど、ああ。

 そういうのはむしろ面と向かって言って欲しい。

 無理だろうけど、そんな風に陰でコソコソ言われていると、それが分かっている分情けなくて悔しい気持ちになって来る。

 

 人気者は辛いぜ、全く。

 嬉しくなくて、涙が出そうだ。


 そんな風に視線を集めつつ、それらすべてを無視しながら歩いていると、ふと背後からこちらに向かって「ジョンく~ん」と俺の名前を呼びながら接近してくる人間がいた。

 何事かと振り返った次の瞬間、手をぎゅっと握られる。

 な、何事か……!

 

「ジョン君、おはよぉ」

「ル、ルナ……?」

「先輩、でしょ? ジョン君が私の事、呼び捨てにするなんて珍しいね」

「い、いや。ゴメンつい」


 昔の、ていうか前世の癖で。


 いきなり俺の手を取って来たルナ――先輩は、とはいえ俺が呼び捨てにした事を大して気にした様子を見せず、むしろ「んー、呼び捨ても良いかもね」とか前向きな事を言ってくる。


「いや、むしろありよりのあり……よし。という訳でジョン君! 私の事は好きに呼んでくれて構わないからね!」

「あ、ああ……えっと、ルナ先輩」

「先輩付けなくても気にしないって言っているのにぃ」


 今度は拗ねて見せるルナ先輩。

 いや、むしろこの場合は、


「はぁ……えっと、ルナ?」

「ん……!」


 呼び捨てにしたらルナは機嫌を良くしたみたいで、上機嫌で「それじゃあ、行こっか!」と手を掴んだまま学校の校舎へ向かってずんずんと歩いていく。

 引っ張られるように、というか半ば引きずられるように俺も学校の方へと移動する事になる。


「だ、大丈夫だから。一人で歩ける!」

「そう? それじゃあ」


 と、ルナはなんだか名残惜しそうな様子で俺の手から離れ、それからにこりと笑ってくる。


「それじゃあ改めて。一緒に行こ?」

「……ああ」


 頷く。

 なんだか視線がより奇異なものを見るような感じに変わった気がしたが、とりあえずそれらから逃げるように俺達は学校の方へと向かっていくのだった。




「待ちかねたぞ」


 校舎についたら、なんか学園長が俺を待ち伏せしていた。

 腕を組んで仁王立ちしていて如何にもって感じだが、見た目は完全にロリなのでどうしても愛らしい子供のようにしか見えなかった。

 原作に於いてそれでも容赦なく肉棒の餌食にしていた勇者って割と鬼畜なのでは、と俺は思った。


「えっと、何か用があるんですか?」


 俺がそう尋ねると、学園長は「うむ!」と力強く頷いてみせた。


「お前にちょっとした用事があってだな。ただ、大っぴらに話すような内容ではないので、ちと場所を移すぞ――という訳じゃ、ルナ。悪いがこいつを貰っていくぞ」

「はい~、分かりました」


 そう言いつつも少し不服そうな様子のルナ。

 まあ、突然やって来て話し相手を連れていかれるのは誰であれイヤに感じるものだよな。

 とはいえ俺はあまり話し上手じゃないから一方的にルナの話を聞く係しかしていなかったけど。

 聞き上手という訳ではない、「うん」とか「そうだね」としか言わないのだから。


「それじゃあ、ルナ。行ってくる」

「うん、それじゃあ。放課後また、会おうね」

「ん? ああ」


 放課後も会うのか。

 まあ、放課後と言ってもやる事はないし別に良いか。

 原作の俺はナンパして手ごろな女の子としっぽりしているだろうが、今の俺にはそんな度胸も余裕もないしなぁ。


「それじゃあ、行こうかの」

「はい」

「それじゃあ」


 ぱちん。

 学園長が指を鳴らして見せると、次の瞬間視界が切り替わりそこそこ見覚えのある園長室に立っていた。

 何故、見覚えがあるのか。

 ……エロゲに於いて散々濡れ場の舞台になったからです。

 早い段階で堕ちた学園長は嬉々としてここを『そういう』事をするための場所として提供したのだ。

 広いし、何故か大きなベッドもあるし、便利な(ある意味ご都合主義な)道具もいっぱいあるしとエロゲの舞台としては申し分ない。

 

「さて」


 と、学園長は本来の俺が偉そうにふんぞり返って座っていた立派な椅子にちょこんと腰掛け、そう前置きをしてから話し出す。


「まずは、改めて。魔王軍の幹部を倒し学園を救ってくれた事を、この学園の創立者として礼を言わせて貰おう――ありがとう」

「いえ。勇者として、当然の事をしたまでです」

「人間としては当たり前の事ではないだろう。剣を持っても脅威と戦える人間はそういない。ましてや、自分よりも強いかもしれない強敵相手では、猶更な」

「それは――」


 違う。

 俺は決してそんな人間ではない。

 魔物から逃げたし、あの魔族と鉢合わせになった事も偶然だ。

 運よく勝利をもぎ取る事が出来たが、きっと二度目はないだろう。


「なんにせよ、勇者。ジョンよ、我々としてはお前に何らかの報酬を出したい。出来る限りの事は叶えてやるが、何が良い?」

「……俺にそんなものを受け取る資格は」

「ないと思っても良い。ただ、アイリス王女がお前に報酬をあげたがっているのでな。こちらとしてはそれを無下には出来んのだ」

「アイリス王女……」


 ヒロインの一人である。

 キャラとしては無知キャラ担当。

 空色の髪に黄金色の瞳。

 王女と言っている通り、王族の人間だ。

 将来的に勇者の奴隷として学園長と共に素っ裸でリードに繋がれ夜の学園を散歩したりする事になったりする。

 一応この学園に通っているが、今のところ遭遇していない。

 ちなみに主人公のグレン君とも過去に会っていたりするのだが、本人はその事をすっかり忘れていたりする。

 憐れなり、グレン君。

 

「ていうか、そう言う事なら本人が現れそうなんですけど、今、彼女は何しているんですか?」

「がっちり保護されておる」

「保護?」

「第二王女であり、王族は王族じゃからのう。魔王軍が攻めてきたという事で二度目がないとも限らないし、今は安全なところで引き籠って貰っておる」

「なる、ほど」

「王女は言っておったぞ。『是非とも会って話をしたい』と」

「そうですか」

「何なら、今から話しに行ってみるか? 護衛の連中も勇者のお前ならば通してくれるじゃろうからなぁ」

「それじゃあ」


 俺は頷き、答える。


「今回は、そのアイリス王女と謁見するという事で、それが報酬と言う事で良いです」

「うーむ。私としてはそれでも構わないが、アイリス王女はそれで納得してくれるものかのぉ?」


 渋い表情を見せる彼女に俺は「それでも、俺はそれで良いです」と言う。


「そう言う訳で、お願いします」

「うむ。それで良いと言う事なら、それなら今から向かおうかの」

「え」


 今から?

 ちょっと待て、こっちも少し心の準備をする時間が欲しいのですが――


「じゃあ、行こうか」


 ぱちん。

 俺が待ったを掛ける間もなく、学園長は再び「ぱちん」と指を鳴らすのだった。

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