第5話
「入るよ~」
そう一方的に言いながら部屋に侵入してくる女の子が一人。
驚き、ベッドから飛び起きるのとその女の子が現れるのはほぼ同時だった。
長い髪を一本の三つ編みにして前に流している優しく柔和そうな笑みを浮かべている少女。
とても見覚えのある奴で、俺はどきんと胸が鳴るのを感じた。
そんな俺の胸中などお構いなしなのか、はたまたむしろ読んだのか、その女の子は俺の方へ遠慮なしに近づいて来て尋ねてくる。
「どうしたの、ジョン君。なんだか、調子が悪そうだよ?」
少女の名前は、ルナ。
一応俺にとっては先輩に当たる人物であり、メインヒロインの一人である。
彼女に関しては『優しい先輩』枠のヒロインであり、危なっかしい男であるグレンの事を入学当初から気に掛けていた。
しかしその後、ジョンの魔の手に掛かり――と言った感じになる。
寝取られた後はその豊満なおっぱいをジョンに好きにされたり、あるいはそれを使ってジョンの事を甘やかしたりしていた。
ある意味、ヒロインの中では一番寝取られ感が薄かったヒロインでもある。
「なんだか、表情がくらいよ?」
「あ、いや。別に、何でもないよ」
俺はまごつきながらそう答える。
まさか遠慮なしにルナが侵入してくるとは思ってもみなかった。
そんなに俺達って仲良かったのか?
一応今って時系列的には原作が始まったばかりだぞ?
いやまあ、原作でもメッチャ初期に寝取られるのがルナという少女だったので、そう言う事情があったというのならば速攻寝取られたのも納得がいく……
ルナは少し表情を厳しくして「もう!」と俺のほっぺたを摘まみ、むにむにと弄って来る。
「ふぁ、ふぁにする?」
「ジョン君が何か我慢しているみたいだから、です。いつもはもっと私に好きなように言ってくれるよ?」
「……悪いけど、今は一人になりたい気分なんだよ」
「ん、ん~」
困ったように眉を顰めて見せるルナ。
「そうなの?」
「ああ、そうだ」
「私に何か出来る事は、ないの?」
「ない」
「……嘘」
「い、いや。嘘って」
ばっさり切り捨てられた事に俺は驚き、そして彼女はおもむろに腕を広げ、がばっと俺の頭を抱きしめるのだった。
柔らかい感触。
お胸の感触だ。
その事に気付き、ちょっと赤面。
「な、なにする――!」
「ほら、ジョン君。今はここに誰もいないから、一杯泣いてくれても良いんだよ?」
「っ、な、泣いたりしない……!」
「だってジョン君の目、真っ赤だもん。今までずっと、泣いてたんでしょ?」
「それ、は」
口では否定出来ても、生理現象はどうしようも出来なかったみたいだ。
ばっちり泣いていた事がバレてしまった俺は、やけくそ気味に「そうだよ」ととりあえず肯定するのだった。
「今まで、泣いてた。悪いかよ?」
「ううん。そんな事ない」
「俺が、皆を守れなかった事を気にしちゃいけないかよ」
「……ううん」
「……俺がもっと強ければって、思っちゃいけないかよ」
喋り出してしまったら、後はそのまま流れるように話してしまう。
「失敗、したんだ。たった一人の女の子しか守れなかった。もっと俺が頑張れば、助かった命が沢山あったんだ」
「……」
「弱いんだよ、俺は。弱いって事を分からされたんだ、クソ。クソォ……!」
話していたら、涙が出て来た。
頬を伝う涙。
それはゆっくりとルナの胸に吸い込まれていく。
「大丈夫だよ、大丈夫。ジョン君は何も、悪くない」
「そんな事、ないんだ……」
「例え今、貴方が苦しんでいたとしても、貴方に助けられた命は貴方に感謝している。それは事実だと思うの」
「……」
「ねえ、ジョン君? 貴方は貴方を責めているけど、だけどその感謝の気持ちは否定しないで欲しいの」
「……」
「だから、今は一杯泣いても良いから。一杯泣いて、もう一回立ち上がってまたがんばろ?」
「……っ」
それから俺は。
年甲斐もなくひっそりと彼女の胸の中で、泣いた。
歳はそんなに離れていない筈の彼女の胸の中は温かく、俺の心を温めてくれた。
だからこそ俺は安心して涙を流し、そして――
「ご、ごめん」
はっと気づき、俺は慌てて彼女の腕の中から脱出する。
見ると彼女の胸元はべっしょりと濡れていて、俺は改めて「ごめん!」と彼女に謝った。
「せ、洗濯する――は無理か。とにかくゴメン、そんな風にしちゃって」
「良いよぉ、気にしなくて。むしろ、私の事を頼ってくれて、とても嬉しかった」
ふわりと彼女は微笑み、それから立ち上がって「それじゃあ」と踵を返す。
「名残惜しいけど、一旦帰るね? ジョン君は一杯休んで、それで出来れば食堂で食事を摂って、それからお風呂に入って休むように。良いね?」
「……ああ」
「うん、ぶきっちょだけど笑ってくれたね」
嬉しいよ。
そんな風に言う彼女はまるで天使の様で。
俺は頬が熱くなるのを感じた。
「それじゃあ、ね!」
「あ、ああ」
玄関まで彼女を見送り、立ち去って行った彼女の背中を遅くまで見守る。
彼女の腕の中は温かかったな。
とても優しい、温もりだった。
それが名残惜しくて、俺は思わず自身の頬に触れるのだった。
◆
良くも悪くもジョンという人間はルナにとって危なっかしい人間だった。
お調子者でプライドの高い人間。
そして、彼との出会いは間違いなく最低のものだった。
「可愛いな、先輩。ねえ、ちょっとこっちで話したりしないか?」
ナンパ。
そしてそれは間違いなく自身の身体目当てだとルナには分かった。
そしてその勇者にとって自分は多数の内の一人でしかなく、だからこそルナは他の人が標的になるくらいならば自分が、と半ば自己犠牲精神で彼に接触しに行ったのである。
そして今日もそう言った理由で彼の部屋を訪れた。
きっと英雄気取りで調子に乗っていると思っていた。
しかし、予想は外れた。
「ジョン君……」
彼は涙を流していた。
自身が守れなかった命を嘆き、自らを責めていた。
それは彼の罪ではない。
魔族によって殺されたのは彼の責任ではない。
だけど彼は、自身の無力さを呪い、苦しんでいたのである。
「……」
彼は最初からみんなの事を思っていた。
そして勇者としてその命を守る事を責務として考えていた。
その事を見抜けなかった事に少し罪悪感を覚える。
同時に、ジョンに対しルナは今までとは別種の放っておけなさを感じた。
彼は、危険だ。
一人にしていたら、どこまでも茨の道を突き進み傷ついていく。
そしていずれ、彼は一人では立っていられなくなるだろう。
その時、彼の傍には彼を助け、支える人が必要だとルナは感じた。
「それにしても」
と、ルナは先ほどのジョンの姿を思い出す。
傷心気味だったからか、素直に自身の腕の中に納まっていた彼。
その姿はとても愛おしくて、守って上げなくちゃと思わざるを得なかった。
「ふふっ」
ルナは笑う。
明日はきっといい天気になる。
そうなったら、ジョン君を外に連れ出して笑顔にしてあげよう。
そう、一人思うのだった。
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