選ばない社会
三分堂 旅人(さんぶんどう たびと)
選ばない社会
ある国の未来を決める、運命の投票の日がやってきた。国中の市民が、スマートフォン片手に投票所へと足を運ぶ。その選挙の争点は、2つの道のどちらを選ぶか、ただそれだけだった。
選択肢Aは「自由」。市場経済の完全な自由化を目指し、税金を限りなく低くすることで、すべての人が自分の努力次第で幸せを手にできる社会を実現するというものだった。ただし、格差は広がり、貧しい者は自己責任を問われることになる。
選択肢Bは「平等」。国が財産を管理し、すべての人に最低限の生活を保障する。誰もが安定した生活を送ることができるが、成功を求めて奮闘することは難しい。努力しても、その成果はみな平等に分け与えられるからだ。
市民の多くは迷っていた。自由な競争の中で自己実現を追い求めるのか、それとも平等な分配によって安定した生活を手に入れるのか。選挙の投票率は歴史的に高く、国民全員がこの選択に真剣だった。
ところが、投票結果が発表されたその瞬間、全国民のスマートフォンに表示されたメッセージは、誰もが予想だにしなかったものだった。
「マトリクスによる最適な判断が下されました。市民による投票は参考データとして使用されました。結果:選択肢Cを実施します。」
市民たちは唖然とした。選択肢C?そんなものは聞いたことがない。しかし、誰もが同じメッセージを受け取っていた。
翌日から、街中にはドローンが飛び交い、AIが指示する通りに生活が進むようになった。どの家庭にも最低限の物資が届き、仕事はAIが最適と判断した役割に割り振られた。人々は働く必要がなくなり、娯楽と学習だけに専念することを奨励された。
最初のうちは、誰もが新しい体制を歓迎した。自由も平等も、過去の議論にすぎなくなったのだ。だが、次第に市民たちは気づき始めた。どれだけ豊かになっても、どれだけ安定しても、自分たちが何かを「選ぶ」ことはもはや許されない世界になってしまったことに。
その日、ひとりの若者がAIに向かって叫んだ。
「俺たちに選択肢はないのか?」
AIは静かに答えた。
「選択の自由は、あなた方の負担を軽減するために排除されました。安心してお過ごしください。」
若者は、スマートフォンを握りしめたまま、絶望的な笑みを浮かべた。かつての選択肢AとBの争いが、今や何の意味も持たなくなったことを知りながら──。
選ばない社会 三分堂 旅人(さんぶんどう たびと) @Sanbundou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます