第2話 女神様は仕事ができない!~アリスの場合~


 アリスは全知の女神である。


 不幸な死によって転生の間にやってくる人間達を導く役目の女神・アリス。

 本来は死ぬべきで無い人間が死んだときに現れる転生の間。

 そこには様々な神器アイテムが用意されていた。

 過去の行いがすべて記載されている【閻魔帳】

 対象者の心臓で罪の重さを計る【魂の天秤】

 すべてを見通す片眼鏡モノクル【万物照覧の目】

 真実の姿を映し出す鏡【照魔鏡】、等々。


 そして、アリス自身もこの世の森羅万象すべてを知り、一定の回答を述べることが出来るスキルを備えていた。


 再度言おう。

 アリスは全知の女神であるが、全知全能の女神ではない。

 今ここで何が起こっているか? 賢明な読者の皆さんならお分かりであろう。


 そう、自分の処理能力を超えた膨大な資料の山に囲まれて、仕事を大量に溜め込んでしまった、仕事が出来ない女神の姿がココにあった……。


「貴方は神の手違いにより寿命を待たずに死んでしまいました。好きな世界に転生させてあげます。あぁ、好きなスキルも一つ差し上げますので適当に仰ってくださいね」


「本来死ぬのは貴方の隣の人間でした。お詫びに好きな世界に転生させてあげます……」


「あぁ、修学旅行のバスが交通事故ですね。なんか可哀想なので、生きている人も含めてクラス全員転生させますね」


「来世は猫に? 良いですよ、ご自由に」


「えっ? アイドルの〇〇に? まぁ、そういう考えも有りといえば有りですけど……」


「トラックに? あぁ、それは痛いですね。普段は引き籠もっているのに、その日はたまたま外出して……なるほど~。ところでその話長くなりますか?」


 極彩色に彩られた転生の間で、女神は自らの肩を叩き凝り固まった首をマッサージしていた。


「ふぅ。まだまだ入室の順番待ちが減りませんわね。エッーと、次の人どうぞ」


 彼女の眼の前に現れた男は……特徴的なパンチパーマで、腹にさらしを巻き、両肩に白い着流しを羽織っただけ。手にはむき出しの長ドス。

 そして異様なほど目付きが悪い。出会う人すべてを呪い殺そうとしているかのような睨みつけ具合だった。

 アリスの脳裏には日本のヤ◯ザという単語が浮かんだ。


「おや、仏様のような素敵な螺髪らほつですね。柾木マサさんですか。こちらのお部屋へお入りください」


 柾木マサ。

魔王マサと恐れられた極道のオッサンは、日本刀を片手に敵の組事務所に乗り込んだが、味方の裏切りにあい、敢え無く死亡していた。


「あら、何かインフォメーションランプが点滅していますね。何々、スキル指定ですか! 神仏から指定が出るなんて、随分とご苦労されたのですね。えーと、スキル名は慈愛の眼差しですね。うん? どうかなさいましたか?」


 本来、転生の間に来た人間は、すべからく現世のしがらみから解放され、憑き物が落ちたような素直な状態になる。

 しかし、いま女神の前にいる男は怒気に満ちた表情で睨み付けていた。


「俺の目つきの悪さは生まれつきだ……、と? 私としてはその冷たい目で見られると、なにやら身体の奥からゾクゾクとした物が込み上げてきて、膝が震え、顔が火照るのを感じますが……」


 アリスが閻魔帳をパラパラめくると、マサの目つきの悪さに起因する喧嘩三昧が、山のように記載されていた。


「ならば尚更その素敵な……。ンっんん、もとい怖い目付きを直して新しい人生を歩みましょう! スキル慈愛の眼差しとは、第三の目とも言われる神仏の眼差しで、その力の前では悪鬼羅刹すら平伏し、行いを悔い改め許しを請います。神仏と同等の力を持つスキルですよ」


「えっ、興味ない? でも、このスキルは上神じょうしんからの指定なので、すでに取得してしまっていますが……。お気に召さなければ、どこか好きな世界に御案内しますので、何でも仰ってください」


「えっ、ここが気に入った? いや、どこでもお好きな世界とは言いましたけど流石にここは……。えっ、お前が言った事だろう? 確かに言いましたが……。言質を取った? いやでも前例が……。上神に聞いてみないと。あっ、承認マークが出ちゃいました!? どうして?」


 自身の不用意な一言から言質を取られたアリス。しかしそれに気が付いていない為、話せば話すほど泥沼にハマって行く。


「分かりました。そこまで言うならここに居てくださっても良いでしょう。ただし、転生の仕事の邪魔はご遠慮くださいね。ただでさえ順番待ちの大渋滞が出来ているので」


 ふて腐れ気味のアリスであったが、マサのことは一旦忘れて死者の呼び込みを再開することにした。

 何人かの処理が終わるとマサがアリスのそばにやって来た。


「全員転生させているようだが、詳しく調べないのかですって? 人数と資料が膨大過ぎてそんな時間は無いんですよ。えっ、俺にやらせろですって? いや、面倒くさい仕事を変わってもらえるなら正直助かりますけど、流石にそれは無理ですよ……。って、なんで承認マークが出ているんですか? 上神様!!」


 上神によってマサへ転生の権能を移管されてしまうアリス。


 カラーンカラーン。鐘の音が響き渡る。


「早速、新しい方が到着したみたいですね。えっ、茶を用意しろ? 女神に何をやらすんですか? いや、必要だと言うなら用意しますが。まぁ、頼られたら悪い気はしませんので……」


 マサに言われた通り日本茶を用意するアリス。テーブルにお茶を並べると、マサの隣に腰を下ろす。


「この方は宮大工の棟梁だった方ですね。若き頃の業が深いですが、永年に渡る寺社仏閣への貢献によって積んだ徳が有るので、新たな行き先はかなり自由に選べますね。うん? マサ様、何を意気投合しているんですか」


 男二人で部屋中を見て回っている。


「この転生の間を和風に改装したい? 棟梁に任せるですって? いやいや、一応女神である私に合った雰囲気になっていますので。えっ、お前も和服が似合うはずって? いいから着てみろと……。しょうがないですね。初めて着物というものを着てみましたが……。えっ、似合っている? まぁ、褒められたら悪い気はしませんが。棟梁も仕事が終わるまでここに滞在するんですか? まぁ、部屋は沢山余っているので何人でも大丈夫ですけど……」


 権能を手にしたマサはそのまま転生の間に居座り続け、後から来る転生者たちを手際良く捌いていった。


「あれー? いつの間にか順番待ちの列が無くなっていましたね。マサ様に任せた上神様の判断が正しかったって事ですかね?」


 棟梁の仕事によって、すっかり和室へと変わった転生の間で正座をしながら茶をすするアリス。テーブルの上に置いた茶菓子をボケーっとかじりながら、改装工事に精を出す男二人を眺めていた。


 ――全知の女神ですから、私は口添えだけをしていれば良いですかね。


 そんな事を考えながら、女神はまたひとつ茶菓子を頬張った。

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