パンチパーマの魔王・マサ。転生の間に降臨す?! 〜転生の間にいたМな女神があまりにもアレなので代わりに仕事を捌いてやったら、いつの間にか転生の魔王と呼ばれていたんだが?〜

かざみまゆみ

第1話 ヤはヤ◯ザのヤ~唐木田ユキの場合~

「今日も終電だったぁー」


 ユキは帰宅するとスーツ姿のままソファへ飛び込み、大きな猫のぬいぐるみを抱きしめる。

 東京の大学を卒業するも、ブラック企業に就職し、毎日終電で家に帰る日々。

 そんな生活もすでに五年目を迎えていた。


「今度こそは辞めてやる!って、毎回思うんだけど、なんとなくズルズル続けてきちゃったなぁ」


 ユキはソファの上から部屋の中を見回す。

 放置されたコンビニの袋に脱ぎっぱなしの衣服。台所の流し台には、ビールの空き缶や洗っていない食器類が山積みになっていた。


「取り敢えず着替えて化粧ぐらい落とそうかな……」


 ユキはムクリとソファから立ち上がると、洗面台に向かったが、突然眼の前が真っ白になり膝をついてしまった。


 ――あれっ、立ちくらみ?


 そう思った矢先、後頭部に激しい頭痛を感じて頭を抱え込む。


「痛ぁい!! なにこれ……、頭が割れそう!」


 後頭部を激しく叩かれるような痛みがユキを襲う。


 ――こっ、これ駄目なやつだ……。救急車呼ばなきゃ……。


 ユキが机の上のスマホへと手を伸ばしたところで世界は暗転した。


○△□○△□○△□○△□


――遠くで鐘の音が聴こえる。


 ユキはボーっとその音を聴いていた。

 ユキの鼻孔を清らかな匂いがくすぐる。

アロマか御香のような甘い匂いを受けて、ユキの意識は急速に覚醒していく。


「えっ、もう朝? 会社行かなきゃ!」


 飛び起きたユキの眼の前には青空が浮かんでいた。いや、空に浮かぶ雲の上のような世界。


――ドコここ?


「おっ、また新しい客が来たのか? アリス、茶ぁ用意しろ! 茶ぁ!」


 声に振り返ると白亜の建物が有り、そこの入口と思わしき場所に立っていたのは、腹にさらしを巻いて、真っ白な着流しを羽織った男。


 頭はパンチパーマで木刀?を肩に担いでいる。


――ヤ◯ザ?


 呆然と立ち尽くすユキに、男が手招きをしながら呼び掛ける。


「おう、姉さん! そんなとこに突っ立ってねぇで早くこっち来いや!」


 目付きの悪い、見るからにヤバそうな男の誘いに乗って良いものか? ユキは逡巡したが、見渡しても一面雲の世界、他に行くところはなく、おずおずと白亜の建物へと近付いて行った。

 その建物に一歩中へ踏み入ると様相は一変した。


「和室……?」


 通された部屋は二十畳ほどの畳敷き。純然たる『い草』の匂いが満ちあふれた和室だった。一番奥に仕付けられた床の間の前に、先程の男が胡座をかいて座っている。

 下働きらしき着物を着た美女がユキの前に座布団を用意し、座るように促す。


「し、失礼します」


 ユキが座布団の上に正座をすると、眼前の男は手元の台帳らしき物を見ながら話を切り出した。


「俺はここを仕切らせてもらっている、柾木マサってモンだ。宜しくな。さてと、お前さんは唐木田ユキだな。お前は残念だが自宅で倒れて死んだ。くも膜下出血だ」


 男は淡々と続ける。


「ここは寿命と死因に対して疑義が生じた場合に開かれる場。まぁ裁判所みたいな所だ」


 ユキの脳裏に例のワードが浮かぶ。


「もしかして異世界転生とか出来るパターンですか?」


 あぁん?とマサが眉間にシワを寄せながら、下から覗き上げるように、にらみを利かす。

 いわゆるガン付けだ。


 その目には冷たく、何人にも文句を言わせない気迫が満ち溢れている。

 ユキは思わず息を呑み、背筋が凍り付きそうになるのを感じた。


 ――こっ、殺される……?


「魔王様。そのようにスキルを反転させて使用するのはお止めください。その者を灰か石塊にでもなさるおつもりですか?」

「アリス、その魔王様って呼び方は止めろや。それにそのスキルってヤツも気に入らねぇんだ。俺の目つきの悪さは生まれつきだ」


 魔王様と呼ばれた男は側仕えの女性、アリスに矛先を向ける。


「あぁ、私にまでそのような冷ややかな視線を向けないでください……」


 アリスは激しく身悶えし目を伏せる。その顔は上気し、瞳は潤んでいる。


「このドM女神が……」


 男はすがりつくアリスを引き剥がし、吐き捨てるようにつぶやくと、ユキの方へと向き直した。


 ――私は一体何を見せられているのだろうか? 眼の前でヤ◯ザと美女が夫婦漫才をやっているようにしか見えない。


「おぅ、待たせたな。異世界転生の話だったか? 残念ながら、お前はただの過労死だ。特に目立つ善行も悪行もない。だが良かったな、地獄行きにはならないぞ。輪廻の輪に入り、今生での記憶をすべて忘れて新しい人生を歩むことになる」

「あっ、そうなんですね。残念」


――意外にあっさりと死んだこと受け入れてるな……私。


 「悪いな、最近やたらと異世界転生が増えたのは、ここにいるアリスが仕事を雑にやっていたせいでな。気まぐれで人助けをした程度や過労死なんかじゃ、異世界転生など出来ねぇんだよ」

「あれっ? だったらなんで……」


思わずユキは口に出して首を傾げる。


「なんだ、不服か? なに? じゃあ何故ここに呼ばれたか、だと。確かに姉さんの言う通りだな」


 ちょっと待っていろと、マサは懐から片眼鏡モノクルを取り出して右目にあてる。


「この眼鏡で見れば何でも……、うン? 何だ召喚マークが付いているぞ。それにこの水先案内人ってスキルは……。アリスこりゃ何だ?」

「はい。そのスキルは人々の進むべき道や方向を示す事や、的確に指示・避難誘導等を行い人々を導く能力です」

「何だぁその能力。まるでここの仕事じゃねぇか?」


 そうですねぇ。と、一瞬考え込むアリス。


「あっ! そういえば、私が仕事に追われていた時に他の女神に勧められて、人材募集を出していたのを忘れていました! 募集内容に沿った人が亡くなったんですね。良かったぁ……って、何か?」

「テメェのせいか! バイト募集感覚で召喚なんかしてんじゃねぇ!」


マサが吠えるとアリスはお盆を頭にかぶせ、身を縮こませて震えたが、その顔はどこか嬉しそうだ。


 「ったく。来ちまったモンはしょうがねぇや。おう、ユキさんとやら、暫くはここの手伝いをやってくれ。飽きたら勝手に輪廻の輪に行って良いから」


手をヒラヒラさせてユキに行けと合図をするマサ。それを受けてアリスはユキの手を取り奥へと連れて行こうとする。


「他にも何人かここに住み着いている奴等がいっから、仲良くやってくれ」


アリスに引きずられながらユキはその言葉を聞いていた。


――勤務形態と休暇日数ぐらいは聞いておけばよかったな……。


なんだか良くわからないうちに、ユキの再就職先が決まった事だけは確かだった。

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