第3話 読めない心の内

「それじゃあお姉ちゃん、高嶺さん。行ってきます!」


「はーい、行ってらっしゃい」


 家を出てしばらく、学校の最寄駅前のロータリーで莉央とは通学路が別れる。市立南中と白銀学園は駅を挟んで反対側に位置しているからだ。初めから別々のルートで登校した方が早いのだが、小学校の頃名残で今でも途中まで一緒に登校しているのだ。


 頭の上で大きく手を振りながら走っていく莉央を見送る。ちらりと隣を見れば、高嶺は小さく手を振り返していた。今の隙に高嶺から離れようと少しずつ後退するも、三歩ほど下がったところで振り向かれてしまう。


「それじゃあ私たちも学校いきましょうか」


「……はいはい」


 上品な笑みを浮かべる高嶺に私は観念し、一緒に学校への道を歩く。最寄駅を過ぎたこともあり、寮に属していない電車通学の生徒もちらほら見かけるようになる。一緒に歩く相手が高嶺なこともあり、私たちはそれなりの視線を浴びていた。

 

 最寄駅から学校までの間。基本的に無言なのが私たちの登校の時間だ。家から最寄駅まではなぜか高嶺に懐いている莉央が積極的に話題を振るためむしろ騒がしいくらいだが、私たちの間にはそんなことはなく、むしろ視線と距離で互いのパーソナルスペースを探り合うような無言の攻防が繰り広げられている。

 

 高嶺は相変わらず何を考えているのかわからない。何を思ってわざわざ私を待ち伏せてまで一緒に無言で登校しているのか。


 私に関しては、彼女に対して気味悪く感じたりするのは勿論だが、告白を断ったことに対して罪悪感を感じ、話しかけることができない。いや、罪悪感と言い表すのは少し外れている、ただ気まずいのだ。恋愛に対しての奇行が目立つとはいえ、彼女は学園のマドンナであり慈愛の姫様だ。そんな相手からの告白を断った挙句なぜか毎日一緒に登校していることに、私は気まずさを感じている。


 とはいえこんな生活を始めてすでに二週間。周囲に視線にも彼女と二人きりの空気にもいい加減慣れてきた。となれば私がするべきなのは一刻も早く彼女のストーカーを止めることだ。登校時は勿論のこと、日によっては昼休みや下校時まで粘着されることもある。そのせいで最近は仕事にまで影響が出ている。

 

「……高嶺さ」


「なんでしょう? あ、もしかして私に惚れましたか? それなら今すぐ付き合いましょう」


「違うわ、雑談兼質問だよ」


 何事もまずは相手を知ることからだ。そう考えた私は彼女へ呼びかける。遠慮がちな呼びかけに対し、高嶺はすぐさまこちらを向きぐいぐいと交際を迫ってくる。これももう手慣れたものだ。この二週間で何度も繰り返したやり取りを手短に制し、私は彼女へ問いかける。


「高嶺はなんでそんなに私に執着するの? 今までみたいに別の人に告白すればいいじゃん」


「……なるほど、当然の疑問ですね」


 あまりにも踏み入った質問に内心失敗したのではとヒヤヒヤしていた私だが、以外にも高嶺は表情ひとつ崩さず質問に答える。


「簡単に言ってしまえば理由は単純明快です。ズバリ、今までとは事情が違うのです」


「その事情ってのは、私じゃなきゃダメなの?」


「はい、今までは『恋人』そのものに用があったのですが。今は『恋塚 真央』その人に用があるのです。他の人では代わりになりません」


 あまり要領を得ない回答だったが、今までの彼女の恋人候補と私に対する対応に違いがある理由は分かった。つまりは私以外では替えの効かない理由が彼女の中に明確に存在するのだろう。


「それってつまり、私と付き合うことは最終的な目的ではないってことだよね?」


「そう言うことになりますね。……気を悪くさせてしまいましたか?」


「いや、別に。……というか、ストーカーをしている時点で私の気分を気にかける立場じゃなくない?」


「確かに、言われてみればその通りですね」


 少し申し訳なさそうに心配する高嶺に、私は軽く睨みつけながらそう訴える。それを聞いた高嶺は先ほどまでの表情が嘘かのようにくすくすと笑いながら同意した。


「もし、高嶺の目的が達成されたら。高嶺は私のことを狙うのを諦める?」


「そうですね……諦めます。意地になって続けるのに意味はありませんから」


 その答えに少なくとも彼女のストーカーを止める方法があることに安堵していると、でも、と彼女は言葉を続ける。


「私は真央さんのこと気に入っているのですよ? 告白してから何度か言葉を交わして、想像していたよりも面白い方だと思いましたし、第一好感を感じていない相手に告白はしません」


「……そっか」


 彼女の言葉を聞いて、なぜかホッとした私がいることに驚いた。意外にも私は、これだけ執拗に追いかけ回してきたのにも関わらず意味がないと断じたことに多少なりともヤキモキとした感情を抱いていたようだ。


「そろそろ学校ですね。それでは私はこの辺で」


「あ、うん。じゃあね」


 学校が近づいてくると、いつも彼女は一人で先に校舎へと進んでいく。学校での彼女は人気者だ。当然朝は何人もの彼女のファンに声をかけられる。教室にたどり着くにはそれなりに時間がかかるだろう。私と一緒にいることがファンたちの話を長引かせる原因になってしまうからか、それとも私を気遣ってか。いつも校舎から見えない位置で私と別れることに対して、案の定彼女の思考は読めない。

 

 それでも今日、円満とはいえずとも、私は始めて彼女との登校を平和的に乗り越えられた気がした。


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初心な私は恋を知らない 熊肉の時雨煮 @bea_shigureni

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