第1話 脅迫状《ラブレター》

 それは遡ること二週間前、四月十日のことだった。


 時刻は午前六時、私は誰よりも早く自身のクラスの教室へ訪れていた。教室にはまだ人影はなく、古風な木造建築の室内には私だけの空間だった。窓を開けると眼下には校庭が広がっており、目線と並んだ高さに桜が満開に咲いた桜の木が見える。どうやら今年は遅咲きのようだ。昨年は教室から見上げていた桜の木が今年は自分と同じ目線にある。花を見るのが特段好きだと言うわけでもないが、満開の桜を特等席で見えることを私は嬉しく思った。

 

 高校に入学して二度目の春を迎えた私は無事二年生へと昇級し、それに伴い教室は一階から二階へと移動した。部屋の作りは変わらないはずなのだが、窓の外の景色や備品の配置などのちょっとした変化が、どことなくソワソワとした感覚を与えてくる。


 ふと、ポケットの中に手を入れるとカサカサとした紙の感触。取り出してみれば、私が今日こんな早い時間に教室へ来ることになった原因である手紙が出てくる。

 

 昨日、四月九日のこと、生徒会での活動もなく下校しようと玄関へ向かった私を待ち構えていたのは、放課後の下駄箱という随分と古典的な方法で届けられた手紙であった。

 

 差出人は不明。可愛らしいデザインの封筒に貼られたハートのシールは誰がどう見てもラブレターであった。家に帰ってから確認したそれの内容は、以下のとおりであった。

 

『背景、恋塚真央様

 この度お手紙を送らせていただいたのは真央様に私の告白を聞いてもらうためです。

 翌日、朝六時十分に教室へお越しください。もしお越しいただけなければこちらからご自宅の方へお迎えさせていただきます。

 そちらも無視された場合はそれなりの手段を用いて私の告白を聞いていただきますのでご了承ください。』

 

 訂正しよう。これはラブレターなどではない、丁寧に書かれただけの脅迫状であった。

 

 いつもの私であればいたずらと断じて無視するべきであろうが、二枚目に書かれていた私の家の住所と学校からのルート付きの地図が私にそれをさせてくれなかった。


 本当に家まで押しかけられてはたまったものじゃない。しかし、いったい誰がなんのためにこんな手紙をよこしたのか? そもそも本当に手紙の主は来るのだろうか? そんなことを一晩中考えた末私の出した結論は、告白というのはフェイクで、別の本当の目的があるのだろうというものだった。

 

 まず本当に告白しようとしている人があんなラブレターを送ることはないだろう。となればこれは純粋な脅しであり、おそらく私のに関係するものだ。そしてもしそうだとすればこれは私1人で肩をつけなければいけない。結局私は今日、指定された時間に教室へ訪れることにしたのだった。


 私が部屋に着いてからおよそ五分。時計のはりが六時九分を刺した頃、教室後方の扉が開く音がした。扉の方へ顔を向けると、白髪で身長の低い、あどけなさを残した少女の姿があった。

 

 高嶺 姫華。私と同じ二年生で私のクラスメイトにしてそしてこの白銀女子学園の三大マドンナの1人だ。

 

 成績優秀で文武両道。容姿端麗で才色兼備。生徒にも教師にも一目置かれる正しく完璧の体現のような存在。そのような存在がこの場に現れたにもかかわらず、私は特に驚くようなことはなかった。彼女の恋愛遍歴は学園内でも有名な話であり、当然私も知っている。むしろ、彼女ならあんな脅迫文をよこしてきても不思議ではないと言う謎の説得力すら感じてしまったほどだ。


「真央さん、今日は来てくれてありがとうございます」


 窓際にいる私へ近づきながら、高嶺が話しかけてくる。


「ううん、大丈夫。家まで来られても面倒だったからね」

 

「ふふっ。あんなの冗談ですよ。今まで3回しかしたことありません」


 前例があることを冗談とは言わない!

 

 くすくすと笑う彼女に内心そう突っ込みながらも、私は本題を切り出す。


「それで、話したいこと……というか告白しに来たんだっけ?」

 

「そうですそうです! 最近は一度の呼び出しでは来てくれないことも多くて。真央さんは話が早くて助かります」


 複数回にわたって呼び出すのかよ。怖えよ。


「と、いうわけで。真央さん。私と付き合ってください」

「いやだ」


 彼女の告白を、私は即答した。もちろんNOをだ。そんな私の答えなど想定済みかのように、彼女は私に問いかける。


「なぜ断るのですか? こんなに可愛い私が付き合って欲しいというのに」


「それを自分で言ってしまうのが可愛くない」


「ほう、つまり少なくとも私の容姿には好意的と」


「まあそれは、否定しないけど」


「それではまだ私と真央さんは脈ありと言うことですね!」


「いやねぇよ」


 どう捉えればそう言う結論になるのだか。

 

 高嶺は私の返答を聞きくすくすと笑うと、今度は急にしおらしくなる。


「……そうですか、困りましたね」

 

「うん? 私が告白を受けないことで困るようなことがあるの?」

 

「はい、私の予定では明日は一緒に映画を見に行く予定でしたので」


「なぜ付き合う前提で予定を組んでいる」


「チケットだってこちらに」


「もう購入済み!?」


「はい、ですのでこちらのチケットが無駄になってしまいます……」


 残念そうにチケットを見つめる高嶺。しかしその広角は上がっており、隠しきれていない含み笑いがクツクツと聞こえてくる。完全に揶揄われていると判断した私は、本当用事を聞き出すことにする。


「それで、そろそろ私を呼び出したわけを聞かせてもらえない?」


「……? 呼び出した訳ですか?」


「ほら、何かあるんじゃないの? 私に告白するって定で呼び出して言いたいこと」


「いえ、ありませんが」


「え?」


「はい?」


 互いに疑問符を浮かべたまま数秒間が経過する。前提として考えていたものが全くの見当違いだったこと。そして先ほどまでの会話も真剣な告白だったこと。一度に多量の情報を叩き込まれ、私の脳の処理は追いついていなかった。


「……ちょっと待って、1回整理させて欲しい。高嶺さんは本当に私に告白するためだけにここに呼び出したの?」


「そうですよ? それ以外何か私のラブレターに書いてましたっけ?」


「いや、書いてなかったけどさ。じゃあ何? さっき笑ってたのは私を揶揄っているんじゃなくて告白を断られて笑ってたってこと?」


「言われてみればそう言うことになりますね」


 意味がわからない。いったいどんな思考回路をしていればこんなラブレターを書けるのだろう。


「ごめん、ちょっと頭痛いから失礼するわ」


 自身が想定していた事態と現実が全くもって違ったことに安堵と疲れを感じつつ、私は教室を後にする。そんな私を高嶺は引き止めることはなかった。


 これが噂に聞く彼女の告白なのだとすれば、高嶺は放っておいても大丈夫だろう。彼女は一度告白を断ればそれ以上関わってくることはないのだという。それなら私も彼女とは今日限りの関係となるだろう。


 一仕事終えた私は、ホームルームまで時間もあるし一度家に帰ろうかなどと考えながら廊下を歩く。今後二週間にわたって彼女からストーカーに会うなんて梅雨知らずに。


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