名前を呼んでくれたから(2)

 夜のセクション練習が終わり、お風呂に入る時間になった。

 同じ部屋の木管パートの皆で、一緒に大浴場に行く。


 他の人と一緒にお風呂になるというのは、昔から苦手だった。

 誰も自分の裸なんて気にしてないのだろうけど、高校生らしく、その辺の自意識がちょっと過剰なのだ。


 他の人となるべく目を合わせないようにして、ひたすら黙々と身体を洗う。

 幸い、普段から長い髪を洗うのに時間がかかるから、他の人と湯に入るタイミングがずれるのはありがたい。


 しかし、困った。なんとなく流れで、浴槽の中に、美冬と二人きりになってしまったのだ。

 別にやましい気持ちはないはずなんだけど、変に意識してしまう自分がいる。


「進藤さんて、結構長風呂するタイプ?」


 沈黙が怖くて、とりあえず、話しかける。


「うん、いつもは一時間くらい入るよ。今日は流石にやらないけど」

「すごいね。私はそこまでじゃないけど、髪を洗うのに時間がかかってさ。そろそろ切ろうか迷う」

「確かに、長いもんね。真っ直ぐでいいなぁ」


 そんなことを言われると、照れてしまう。


「私は、進藤さんの髪の方が、好きだけどな。ふわふわで」


 私はなんだか恥ずかしくなってしまった。


「そろそろ、出ようか。練習、しないとね」

「うん」


 脱衣所にも、私と美冬しかいなくて、なんだか恥ずかしかった。

 美冬の上気した肌は、透き通るように美しくて、見てはいけないと思いつつも、少し目に入れてしまう。

 あー、下着もかわいいな、とか、変態おじさんみたいなことを考えてしまって、自分は本当にだめだなと思う。


 お風呂のあとは、ホールに移動して、早速サシ練を開始した。


「昼間、注意されてたとこ、やってみようか」


 美冬の苦手な箇所を、ゆっくりとしたテンポで、練習する。

 早い指の箇所は、いつものように、ゆっくりのスピードから、少しずつ早くしていく。

 あやふやなリズムのところは、私も一緒に吹く。少し吹いたら、掴めてきたようで、大分正確になってきた。


 しかし、その時、美冬の異変に気づいた。なんだか顔色が悪い。

 ちょっと頑張りすぎたのかもしれない。


「大丈夫? 疲れてない?」


 一時間ほど練習したところだったが、昼間からずっと通して練習をしていたから、初心者の美冬にはきつかったのかもしれない。


「うん、ちょっと疲れたかも。なんか、ちょっとフラフラする」


 美冬が少しよろめいたように見えた。

 思わず、身体が動く。支えようとしたら、抱きかかえるような形になってしまった。


「とりあえず、座って。寄りかかっていいから。あと、お水飲んで」


 とりあえず、自分の飲みかけのミネラルウォーターを渡した。なんとか、飲めているから、大丈夫かな。


「練習、やりすぎたね。ごめん」


 ペースが早すぎたことを反省する。

 多分、酸欠だと思う。私も初心者の時によくそうなった。


 しかし同時に私は、美冬を支えながら、不謹慎にも、思ってしまう。

 お風呂上がりの、いい匂い。多分、桜の香り。


「私も、上手くなれば、平気になるかな」

「うん。きっと、大丈夫だよ」


 私の不埒な考えなんて知らず、前向きな発言をしている美冬に対して、申し訳なかった。


「少し、顔色良くなってきたね。今日はもう、帰って寝よう」

「うん」

「立てる?」


 そっと手を差し伸べる。また桜の香りがして、不覚にもドキドキしてしまう。


「ありがとう」


 美冬は私の手を取って、立ち上がる。

 ああ、可愛い。

 ほんと、私は駄目だ。何を考えているのだろう。


 いじらしさに、耐えられなくなって、美冬の耳元で呟く。

 精一杯のフォローをしてやる。


「美冬の音、綺麗だよ」

「えっ」


 彼女はびっくりしてこちらを見る。

 私はその時初めて、自分がうっかり、彼女の名前を呼び捨てで呼んでしまっていたことに気がついた。


 私は咄嗟に、何も知らないふりをする。

 けれど次の瞬間、彼女の唇が動く。


「真雪」


 少し遠慮がちな声色で、彼女の声が、私の名前を発音する。

 心臓が止まりそうなほど、驚いたけど、恥ずかしくてすぐに感情を抑える。


「ん、何?」


 美冬は微笑んで言った。


「ありがとう」


 私の身体は、何故だか熱くてたまらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月17日 17:00
2024年12月18日 07:00
2024年12月18日 12:00

銀色シンフォニー 霜月このは @konoha_nov

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画