アヒルとスワンボート(4)

「まぁ、もう昔のことだけどね。なんか恥ずかしい」


 ひと通り話し終わると、真雪は照れて笑う。


「ううん、素敵な思い出だね」


 私は、思ったまま、そう言う。


 だから真雪は上手になったんだ、きっと。

 先輩の音を目指して、努力して。


「真雪って、このスワンみたいだね。皆の知らないところで、たくさん努力してて」


 本当に、すごいなと思う。

 だけど真雪は、自虐的に言う。


「私なんて、スワンになれないただのアヒルの子だよ。」


 私は、思わずそれを遮って言う。


「アヒルでも、いいじゃん。アヒルだって、きっと、頑張って足を動かしてるんだし」

「……確かに、そうだね」


 真雪は納得した様子だった。


「それに、アヒルってとっても可愛いもん」


 そう言って私が笑うと、真雪も笑う。


「ん、ありがと」


 照れたように笑う真雪が、申し訳ないけど、少し可愛いと思ってしまった。


「それで……」


 私は少し躊躇いつつも、訊かずにはいられなかった。


「真雪は、ユウキ先輩のこと、好きだったんだよね? たとえば、恋愛対象として。」


 自分にしては珍しく、まるで女子高生のような質問だと思う。

 いや、私も真雪も実際、女子高生ではあるのだけど。


「そうだね。好きだったよ」


 真雪は、どこか遠くを見て答える。

 なんとなく、当時のことを思い出しているようにも思える。


 自分から聞いておいてなんだけど、『好き』という言葉の重みに、改めて、どきりとする。

 それでもやっぱり、訊かずにはいられない。 


「その後はどうなったの? 告白したり、付き合ったりとか」

「うーん……。そうだね。付き合ったりは、しなかったよ」


 一瞬、迷ったあと、真雪は言った。


「先輩、女の人だったから、ね」


 多分、私の目は、まん丸になっていたんじゃないかと思う。


「……そっか」


 それきり私の質問が止まってしまって、その話は、そこで終わりになった。

 その後は、何事もなかったように、私達はボートを漕いだ。


 右へ左へ、くるくる回ったりしながら、思う存分楽しんで帰って来た。

 ボート乗り場のすぐ近くではアイスクリームの屋台があったので、そこでアイスを買って並んで食べた。


 合宿所へそうっと戻ると、ちょうどパート練の時間が終わる頃だった。

 二人とも、何食わぬ顔で楽器を片付けて、夕食を食べに向かった。


 真雪が私の耳元で言う。


 「みんなには内緒だからね」


 「もちろん。こんなこと誰にも言えないもん」


 私達は顔を見合わせて、笑った。

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