アヒルとスワンボート(2)

 部屋に戻る頃には、他のメンバーもちょうど起床し始めたところで、一緒に合流して、食堂へ向かった。


 今日の予定は、昨日と同じ。全体合奏をやってから、午後にパート練習がある。

 昨日より少しでも上手くなるぞ、と、気合を入れる。


 一日目と二日目の、練習の成果もあって、三日目の今日の全体合奏の後には、なんと松岡先輩に、個人的にお褒めの言葉も頂いた。

 松岡先輩って、怖いけど結構イケメンだって、優里が言ってたけど、近くで見ると、確かに整った顔をしていた。


 世の中には、怖い先輩に怒られるのが趣味の女子たちもいるのは、知っているけど。

 ちょっと私にはわからなかった。

 だけど、先輩の右手の薬指には、ペアリングと思われる指輪がはめてあって、それだけ、ちょっといいなと思った。


 なんだか大人って、感じがした。


 昼食を食べて体力を回復してから、午後のパート練習に臨む。


「美冬。前と全然違うね。なんか、つかんできた?」

「うん、そうかも。なんか楽しくなってきた」


 『月の光』の練習中、真雪にも褒められる。いつも教わっているとはいえ、改めて褒められると、なんだかこそばゆい。


 三日目の今日は、明日のアンサンブル会に備えて、午後いっぱいがパート練習の時間に割り当てられていた。


 気合を入れているとはいえ、パート練習は二人きり。

 練習を始めて二時間ほど経った頃には、流石に集中力も切れてくる。

 そんな頃だった。


「美冬。外行こ」


 真雪が唐突に言う。


 きょとん、としている私の手を取って、走り出した。


「え、ちょっと待って、どこ行くの?」

「早く、先輩たちに見つかっちゃう」


 練習室を飛び出して、そのままエントランスを通り抜け、私達は外に出た。

 真雪はまっすぐに、朝も歩いた湖の方角に私を連れて行く。


「こんな天気がいいのに、部屋の中で練習してるだけなんて、勿体無い。あれに乗ろう」


 真雪の指差す先は、湖を泳ぐスワンボートだった。


「えっ、あれに乗るの?」

「そう、乗るの。前から乗りたかったんだよね、アヒルさんボート」

「真雪、あれはスワンだよ。模様よく見て、白鳥だから」


 私はツッコミを入れる。


「えー、いいでしょ、そんなの、似たようなものじゃん!」


 大真面目に言う真雪は子供みたいだ。


「真雪ってば、ほんと面白い……でも、あれ可愛いね。乗ってみたい」


 真面目な私が珍しく賛成してしまったから、もう決まりだった。

 私は確かに、真面目なキャラのはずだったのに、最近、真雪といるとなんだか悪いことばかりしているような気もする。


 まあ、いいんだけど。


 三十分で、千円。高いのか安いのかわからないけど、とりあえず、ポケットにお財布を入れておいて、よかった。


 私達は、ボート乗り場にいるおじさんに五百円ずつ支払って、スワンボートに乗り込む。

 乗るときにボートが揺れるのを、少し怖がっているのが真雪にバレて、ちょっと笑われたりした。


 体勢をなんとか立て直して、自転車に乗るときのようにペダルを足で操作する。

 スワンボートは無事、湖に漕ぎ出した。


 ただ、さすが運動不足の私である。

 漕ぎ始めて五分ほどで、早くも太ももに疲労を感じ始めた。


「これ、意外と体力使うね」

「でしょ。腹筋と持久力を鍛える練習。サボりじゃないからね」


 弱音を吐く私に、真雪は容赦なく言う。

 だけど、湖の上にいると、地上にいる時より幾分か涼しく感じて快適ではあった。


「白鳥ってさ、泳ぐのほんとに大変なんだろうね。こんなにめちゃくちゃ漕がないといけないなんてさ」


 真雪が唐突に言う。


「本当だよ」


 私も同意する。

 普段体育の時くらいしかまともに運動していないから、もう息が上がっている。


「ちょっと休憩しようか」


 真雪がそう言ったので、一旦、漕ぐのをやめた。

 二人とも全くペダルに触っていなくても、先ほどまでの名残りで、ボートはゆらゆらと動いていた。

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