アヒルとスワンボート(1)


「美冬、朝だよ」


 妙に艶のある小声で囁かれて、目を覚ます。


「うん……? 真雪?」


 目の前に真雪の顔があるのに驚いて、思わず大きな声を出しそうになって、口を押さえた。みんなが起きちゃう。


「まだ寝ぼけてるな。お散歩、行くよ」


 ぼーっとしていた私の、ほっぺたをツンツンし出すものだから、すぐに目が覚めた。心臓に悪い。


 皆を起こさないように、こそこそ支度をして部屋を出る。

 時刻はぴったり四時。さすが真雪は、こんな時まで時間管理がバッチリだ。


 真雪に連れられて外に出ると、夏とは思えないくらい涼しくて、快適だった。


「朝の空気、気持ちいいね」

「でしょ。寝てるの、勿体なくなる」


 朝の光が反射した湖は、すごく綺麗で、なんとも言葉にし難い。

 ただそれを眺めながら、何を話すでもなく、私達は歩いていた。


 湖のすぐ近くまで来ると、ちょっとだけ冷えてくる。私は薄着で来てしまったことを、少しだけ後悔した。


 ふと真雪を見れば、薄手のパーカーを羽織っていて、快適そうだった。やっぱり朝の散歩、慣れてるんだな、と思う。


「美冬、寒いでしょ。これ着なよ」

「えっ」


 私の寒そうな様子がバレていたのか、真雪は自分のパーカーを脱ぐ。


「ダメだよ、真雪の方が冷えちゃうよ」

「私、暑がりだから、平気。着なよ」


 言いながら真雪は、私の肩にパーカーを被せる。


「あったかい。ごめんね、ありがとう」


 真雪がさっきまで着ていたから、その熱の名残りで、より暖かい。

 だけど、こういうの、ちょっとだけ、恥ずかしい気もする。


 しばらく歩いて湖を眺めて、また元来た道を戻って帰ってきた。

 帰り際に、気になっていたことを聞いてみる。


「真雪ってさ、王子様みたいな対応、するよね。そんなの、どこで身につけてるの?」

「え、王子様? どこが?」


 真雪は笑う。


「さっきみたいに、上着かけてくれたり。体調悪いの気づいてくれたりとか。昨日の話じゃないけどさ、本当に、女の子にもモテちゃいそう」


 私は思ったままを口にする。


「そうかなぁ」


 真雪は、ちょっと考えてから、言った。


「ん、もしかして美冬、私のこと好きになっちゃった?」

「えっ」


 思わぬ言葉に、ドキッとして固まる。


「冗談だよ」


 真雪は笑う。


「もう。びっくりした」


 冗談、と言っていたけど。


 もしかしたら、真雪は、本当に女の子相手でも、付き合えるのかな。

 なんだかそのことが、妙に気になってしまった。

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