二日目のハーモニー(1)
目が覚めると、見覚えのない天井に一瞬驚くのは、お泊まりあるあるだと思う。
昨日は今までになく、たくさん吹いたものだから、腕とか背中とか、首とかが痛い。
筋肉痛だ。日頃の運動不足を反省するばかり。
まだ電気のついていない部屋をそっと抜け出して、寝起きの格好のままで外の洗面所まで顔を洗いに行く。
「あ、美冬。おはよう」
「お、おはよう、真雪」
あれから、なんの躊躇いもなく名前で呼ぶようになった真雪は、とうに着替えていて、爽やかに挨拶をしてきた。
まだ寝巻き姿の自分が、ちょっと恥ずかしくなる。
数時間前まで、隣のお布団で寝ていたんだから、なんだか変な話だけど。
「ほんと、朝、強いんだね。何時に起きたの?」
「四時、かな。ちょっと散歩してきた。外、気持ちいいよ」
「早すぎるよ……。なんか、真雪って、おじいちゃんみたい」
「おじいちゃん? おばあちゃんじゃなくて?」
「なんか、朝早くお散歩するのは、おじいちゃん、ってイメージなんだもん」
二人して笑った。
今は六時。起床時刻は七時半で、朝食は八時だから、私だってずいぶん早く起きているほうでは、あるのだけれど。
「明日は、お散歩一緒に行ってもいい? なんか楽しそう」
「いいよ。湖の方とか、行ってみよう」
明日は、早起きを頑張らないと。密かに気合を入れた。
「美冬は、この後、朝ご飯の前まで、どうするの?」
「ホールで個人練、しようと思って」
「私と一緒だね」
「二十四時間、音出し放題、もったいないもんね」
言いながら、私も真雪と少し似てきたな、と思った。
二日目のこの日は、朝イチで全体合奏、午後も全体合奏から始まり、セクション練習とパート練習を挟んで、夕方からはまた全体合奏というスケジュールだった。
全体合奏では、昨日と同様、皆、松岡先輩にビシバシやられる。だけど私に関しては、昨日よりもずいぶん良くなったね、と笑顔で褒められた。
サシ練の成果だ。酸欠になるまで頑張った甲斐がある。真雪には感謝しかない。
ちらっと横を見ると、よかったね、と言うかのように、真雪もこちらを見て笑った。
名前で呼び合うようになって、まだ一日だけど、そんなことで、心の距離はぐっと近づいたような気がする。
真雪のことで弾みがついて、この一日の中でも、他の人のことも名前で呼ぶようになってきた。なんだか仲間、という感じがして、嬉しくなる。
午後のパート練の時間。木管楽器のメンバーは、パート練と言っても二人ずつだから、ほぼいつものサシ練、という感じだ。
今日は、合宿四日目のお昼に発表する、パート別アンサンブルの練習をする。
真雪と私は、まず二人でがっつり練習した後で、ピアノ伴奏をお願いしている拓巳くんと合流する。
演奏するのは、ドビュッシーの『月の光』だ。原曲はピアノ独奏曲だが、今回はフルート二本とピアノのためにアレンジされたものを演奏する。
真雪が1stで、私が2ndだ。
とても和音が美しい曲で、お手本にしたCDの演奏では、フルート二本でゆったりとハモる部分を聴いているだけでも、幸せな気持ちになれる。
練習は、楽器経験者の真雪と拓巳くんが、それぞれ気づいたことを指摘し合ったりすることが多かった。
二人はさすが同じ中学出身ということもあって、遠慮なく言い合って、演奏の質を追求していく。
私はついて行くのに必死だった。
「美冬は、真雪のメロディをよく聴いて。チューナー見るより、遠くを見て、あっちの方に音があるようなイメージを持つといいよ」
拓巳くんのアドバイスに従って、真雪の音を頭の中で視覚化する。それを追いかけるようにして、自分の音を並べる。
「すごくいいね、今の。気持ちよかった」
「うん。今なんか、わかった気がする」
これがハモる感覚っていうのかな、身体と楽器が一体化して、少しピリピリするような感じになった。
全ての箇所とはいかないまでも、練習を続けるうちに、そうなる部分が少しずつ増えてきて、真雪と拓巳くんも、笑顔が増えた。
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