合宿の本番は夜からで(1)

 夕食の後は、セクションごとの練習の時間になった。

 全体連絡は夕食の時に済んでいたから、この後のセクション練習が終われば、後は自由時間になる。


 木管セクションは、フルートの他に、オーボエ、クラリネット、ファゴットのメンバーがいて、計八人。

 いつも思うけど、フルートって金属なのに、『木管』って不思議だよね。


 木管楽器のメンバーは、フルート以外は二年生と一年生が一人ずつ。

 一年生のうち、ファゴットの紗絵は初心者で、音程がうまくとれずに、四苦八苦していた。

 私も音程をよく注意されるから、親近感が湧く。


 木管セクションが練習しているのは、バッハの『主よ人の望みの喜びを』で、これまた有名な曲だ。

 元の曲は弦楽器や声楽も入るのだけど、木管アンサンブル用のアレンジでは、ほぼオーボエがメロディを担当する。


 途中からフルートにメロディがバトンタッチされる。須賀さんと一緒に息を合わせて入る。

 少人数のアンサンブルは、全体合奏の時とはまた違った緊張感がある。

 だけど、基本的にはセクションリーダーの先輩がリードしてくれるので、松岡先輩の練習よりは、少し安心したりもする。


「美冬ちゃんと真雪ちゃん、息が合っててすごくいいね。皆もフルートパートを真似しよう」


 セクションリーダーで、オーボエパートの美樹先輩は、すごく優しい。一年生だけしかいないフルートパートに配慮しつつも、言うべきことはしっかり言ってくれる。


 十九時から二十時半頃まで練習を続けた後は、皆で仲良く部屋に戻る。八人同じ部屋だから、一緒のタイミングでお風呂に行こうということになった。


 皆でお風呂というのは、中学校の修学旅行以来で、なんだか楽しい。

 大浴場は合宿所らしく、やっぱり広くて、気持ちがよかった。

 湯船に浸かっていると、オーボエの千花が隣にやって来る。


「美冬ちゃんて、高校からフルート始めたんだっけ」

「うん、そうだよ。千花ちゃんは、中学でやってたんだよね」

「うん。私は吹奏楽部だったから、オケは初心者だけどね」

「そうなんだ」

「美冬ちゃん、初心者なのに、音、綺麗だから。すごいなって」

「ありがとう。全然まだまだだけど、今は須賀さんとサシ練してるから、そのおかげなのかも」

「そっか、なるほど」


 千花は納得したような顔をしていた。


「真雪ちゃん、中学からオーケストラ部だもんね。うちらの中では、ダントツ上手いよね」


 いつの間にか近くにいた、クラリネットの奈緒子が言う。


「それだけじゃなくて、美人だし、あのスタイルだし」


 ファゴットの紗絵も同調する。


「天は、二物も三物も与えるんだなぁ」


 千花はため息をつく。


 みんなの視線の先を見れば、洗い場で丁寧に長い黒髪を洗っている、須賀さんの姿がある。

 白い肌に、存在感のあるバスト。なのにウエストはしっかり引き締まっていて。

 ジロジロ見るのは失礼だと思いつつも、つい見ちゃう。でも、自分の貧相な胸が余計に悲しくなってくるので、目を逸らした。


 「ん? 皆、どうしたの?」


 視線を感じた須賀さんが振り返る。


「真雪ちゃん、いい身体だなーって鑑賞してたの」


 笑いながら、紗絵が言う。


「え、ちょっと、何言ってるの」


 須賀さんが顔を真っ赤にする。

 身体を洗い終わった須賀さんは、恥ずかしそうに身体を隠すようにして、湯船に入った。

 その後、しばらく五人で他愛のない話をしていたけど、須賀さんと私以外の三人は、『のぼせちゃった』と言って、先に上がってしまった。


「進藤さんて、結構長風呂するタイプ?」

「うん、いつもは一時間くらい入るよ。今日は流石にやらないけど」

「すごいね。私はそこまでじゃないけど、髪を洗うのに時間がかかってさ。そろそろ切ろうか迷う」

「確かに、長いもんね。真っ直ぐでいいなぁ」


 長い髪がお湯につかないように、まとめている姿も、なんだか新鮮だ。


「私は、進藤さんの髪の方が、好きだけどな。ふわふわで」


 なんだか照れた様子で、須賀さんは言う。

 このやりとり、どこかでもしたような気がする。


「そろそろ、出ようか。練習、しないとね」

「うん」


 私たちが上がるころには、脱衣所には三人の姿はもうなかった。


 私は、須賀さんの水色のレースの下着を横目で見ながら、バストサイズ、いくつなんだろう、とか、中学生男子みたいなことを考えてしまった。

 ほんとの中学生男子の頭の中なんて、知らないけれど。

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