女子高生らしくはない(3)
翌日の放課後。やっぱり適当に、空き教室を覗いていると、須賀さんが練習しているのが見えた。
特にサシ練の約束をしていたわけではないのだけど、なんとなく同じ部屋で練習をすることにする。
ロングトーンに、指の練習。須賀さんに教わった体操や、腹式呼吸も合わせて行うと、結構すぐに時間が経ってしまう。
十七時の部活終了のチャイムが鳴ると、それまで窓の外を向いて吹いていた須賀さんが、急に私の方に近づいてきた。
「昨日買った、クリーニングペーパー持ってる? 使い方教えるよ」
「うん」
側に来るなり、カード型のケースから、薄い紙を取り出す。そしておもむろに、私の楽器を手に取る。
「キーの裏なんだけど、見える? 黄色いフェルトみたいなのがあるんだけど。これが『タンポ』ってやつ」
「あ、ほんとだ」
「こんな感じに、水分をとってやるんだ」
須賀さんは、キーの間に薄い紙を挟んで、二、三回動かした。
あぶらとり紙みたいなその紙は、すぐに水分を含んで、シミができた。
「ありがとう」
私は楽器を受け取って、教わったようにやってみる。何度かそうしてやると、心なしか、キーの閉じ具合が変わる気がする。
なんだか今思うと、それまでは、キーを動かす度にしっとりとくっつくような感触があったのだが、水分をとることによって、キーが軽くなったような気もする。
フルートという楽器については、まだまだ自分の知らないことばかりだ。
その後は、昨日とは違って、今まで通りに別れる。須賀さんは寮へ帰り、私は駅に向かう。
当たり前のいつもの帰り道なのだけど、昨日の楽しい記憶のせいで、なんとなく今日が物足りなく感じる。
そんな感覚に蓋をするように、私は英語の教科書を開いて、今日授業で扱った文章を復習する。
通学時間の二時間は、勉強するのにはちょうどいい。自分のペースや生活リズムは、この時期には既にある程度できあがっていて、今更何かを変える気もなかった。
その週の土日も、やはり先輩たちは合奏だった。本番までもう二週間という時期だったから、先輩たちの雰囲気もなんとなくピリピリしている。
自分たちが乗るアンコール曲の中で、なにかわからないことがあっても、私達一年生が、やたらと先輩に時間を取らせてしまうことは、なんとなくためらわれた。
先輩たちの合奏中、一年生の何人かで同じ教室に集まり、気まぐれに音を合わせたりということもあった。
まだお互いをよく知らない一年生同士、仲良くなろうと、積極的におしゃべりをする者達も多くて、練習時間と言うより、殆ど親睦を深める時間になっていた。
そんな中で、女子が何人か集まったときに出る、お決まりの話題が持ち上がった。
「ねえ、美冬ちゃんは、彼氏とかいるの?」
「えっ……いないけど」
「そうなんだ。モテそうなのに」
言い淀む私のことなど気にもとめず、ノリの良い女子達は、キャッキャと恋バナで盛り上がる。
「やっぱり彼氏、ほしいよね。何かあったら、教えてね」
「ヴァイオリンの磯山先輩とか、格好いいよね」
「私は、コントラバスの杉村先輩の方が好きだなー」
みんな思い思いに、好みの先輩の名前を口にする。
こういうノリ、別に嫌いというほどではないけれど、単に慣れなくて、居心地はあまり良くない。
私には憧れの先輩とかは特にいないし、そもそも入部して二ヶ月で、まだ性格も何もわからないのに、『格好いい』かどうかなんて、わからなかった。
そんな中、皆の輪に加わることもなく、空気も読まずに一人だけ練習をしている者がいる。
言うまでもなく、須賀さんだった。
変なところで真面目なのか、それとも、ただ単に馴れ合うことに興味がないのか。実は、その両方のような気もする。
「ごめん、進藤さん、楽器持って、ちょっと来てもらってもいい? 曲のことで相談なんだけど」
なぜか突然、須賀さんが輪の中に現れて、私を別室へ連れて行く。
他の人の声が聞こえないくらい、遠く離れた部屋に連れて行かれたので、少し心配になる。
「えっと、どうしたの?」
「ああ、特に何でもないんだけどね。なんか、困ってそうだったから」
「……どうしてわかるの?」
「いや、なんとなく。お節介だったらごめん」
「ううん、助かった。ありがとう」
須賀さんに連れて来られていなかったら、あのまま気まずい時間がどれくらい続いたことだろう。想像するだけで、なんとなく憂鬱になるくらいだ。
それにしても、須賀さんの行動、なんだか少女漫画に出てくる彼氏役、みたいだ。多分こういうのこそ、格好良いって言うんだと思う。
あんまりこういうステレオタイプで括るのもなんだけど、そもそも、趣味からして、クラシック、って、少なくとも女子高生らしくはない。
まあ、それは私にも盛大なブーメランとして返ってくる話なんだけど。
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