第7話

 ストーカーがいる。


 郁登は後ろから視線を感じながら早足で歩く。


 家とは反対の方向だ。


 後ろをちらりと見る。


 両腕がない幽霊が、一定の距離を保ったまま郁登の後ろを飛んでいる。


「あの、何で後つけてくるんですか?」


「たまたま探す方向が一緒なだけだ」


「嘘だ」


 人を探すなら、幽霊の長所である空から探す方が効率がよい。

 なのに、こうして郁登の後をつけている。


 ストーカーみたいな言い訳をして。


 確実に、翠花の居場所を知っている、と幽霊は思っている。


「お前、翠花お嬢様のことを知ってるだろ」


 やっぱりだ、と郁登は思う。

 家とは反対に歩いて正解だ。


「知りません」


「嘘をつけ。翠花お嬢様がどこにいるか知ってるだろ」


 両腕のない幽霊は郁登に詰め寄る。


「知りません」


「なら、後をつけても問題ないだろ」


 郁登は黙る。


 この質問は駄目だ。

 今の相手は、疑いの眼差しで郁登を見ている。

 その状態でこの質問を聞かれた時点でどっちみち翠花の居場所はばれる。

 はい、と答えれば家まで付いてくるだろう。

 いいえ、と答えたら知っていると言っているようなものだ。


「やっぱり知ってるんだな」


 黙っている郁登を見て、幽霊は確信を得たようだ。


 郁登は走った。

 幽霊から逃げるように。


「あ、待てこら」


 幽霊は郁登を追いかける。


 昨日も幽霊に追いかけられたな、と郁登は思いながら住宅街の角を曲がる。


 今日は都合よく素直が来てくれるのだろうか。


 いいや、幸運は二度も続かないだろう。


 郁登は素直が助けに来てくれる可能性は捨てた。


 自分でどうにか逃げ切るしかない。


 郁登はこの辺りの道を思い浮かべる。

 角を曲がると、すぐに角を曲がる。

 それを繰り返し、幽霊の視界から逃げるように走る。


 しかし、幽霊は高いところから郁登を追っているので、効果は薄い。


 それでも、自力で逃げるために角を曲がる。


「待てこらぁぁぁあああ!」


 昨日もこんなことを言われたな、と郁登は思う。


 また、角を曲がる。


 どうすれば逃げ切れるか、考える。


 考えながら角を曲がる。

 そして、今自分が走っている場所を頭の中の地図に照らし合わせる。


 そして、一つ案が思い浮かんだ。


 郁登はある場所に向かって角を曲がる。

 いくつかの角を曲がって、目的地にたどり着く。


 行き止まり。


 奥の壁に扉があり、壁の向こうの家の裏庭へと繋がっている。

 その家はホラー映画でロケ地として使われ、映画が大ヒット。

 呪われた家として使われた影響で誰も住みたがらない家になっている。


 郁登はその扉を開けようとノブに手をかける。


「くそ! やっぱり鍵がかかってるか」


 体当たりしてみるが、鍵は壊れない。


「しょうがない」


 郁登は片手を前にかざす。


「精霊サラマンダーの子たる炎よ。燃やし尽くせ。火種の炎球よ」


 呪文は何でもよかった。

 郁登は魔法が使えないのだから。


 扉が爆発した。

 爆風が襲い制服が脱げそうになる。

 破片が襲いかかる。

 それから顔を庇うために両腕であげる。


 いくつかの破片が体に当たる。


「あっちか」


 遠くから幽霊の声が聞こえる。


 郁登は扉をくぐると、家の裏口に手をかける。

 今度はスムーズに扉があく。

 ずさんな管理だが、今の郁登にはありがたい。


 扉を少しだけ開ける。

 幽霊が来る前に近くの茂みに隠れる。

 手入れがされてないおかげで、身を隠すのには十分だ。


「どこだ」


 幽霊が来た。

 目を見開き、顔を左右に動かし、郁登を探している。

 と、壊れた扉を見つけ、視線が家へと動く。

 そして裏口の扉が少し開いているのに気がついた様子だ。。


「家の中か」


 幽霊は家の中へと消えていく。


 郁登の思惑通りに。


「どこだ!」


 家の中から声がする。


 それを聞いて、郁登は茂みの中から出てくる。


「今のうちに」


 郁登は壊れたドアから出て、全速力で駆ける。





 なんとか無事に幽霊から逃げ切れた郁登は、息を整えながら自宅へと戻る。


 結局、あの幽霊から翠花がなぜ家出したのか分からなかった。


 けれども、家を出る理由は郁登にもいくらか分かる。

 郁登も家出同然で家を出た身だからだ。


 翠花にもきっと訳があるのだろう。


 少なくとも、家の使い魔を二体消滅させる位には。


 郁登はドアの鍵を開けて部屋の中に入る。


「ただいま」


 部屋では翠花が寝ていた。

 熱のせいもあるのだろうが、家出で逃げ回って疲れていたのもあるのだろう。


 郁登は静かに、薬をテーブルに置くと、スポーツドリンクを冷蔵庫へ入れる。


「俺も風呂入ろう」


 制服を脱ぎ、ハンガーに掛ける。


 と、そこで気づいた。


 制服の胸あたりが破れている。


 どこで破いたのか、と首を傾げて、思い浮かんだ。


 爆発で扉を壊した時だ。

 あの時、破片が体に当たっていた。

 その時、破れたのだろう。


 明日も学校がある。


 このままこれを着ていくのはまずいだろう。

 お風呂の後にでも縫わなければ。


 ユニットバスでシャワーだけ浴びて、お風呂をすます。


 髪をバスタオルで拭きながらユニットバスから出ると、翠花が起きていた。


「あ、起きたの? 調子はどう?」


「寝たら少し良くなったわ」


 翠花はベッドから立ち上がろうとしたが、よろけてベッドに座ることとなる。


「まだ、良くないじゃん。薬飲んだら寝てなよ」


 郁登は買って来た風邪薬を翠花に渡す。

 そうして、冷蔵庫から冷えたスポーツドリンクを取り出し、それも渡す。


「ありがとう」


 翠花は薬をスポーツドリンクで流し込む。

 ゴクゴク、と喉を鳴らして飲み続ける。

 中身を半分以上飲んでから、口を離す。


「生き返る」


 翠花はもう一口スポーツドリンクを飲む。

 よっぽど喉が渇いていたのだろう。

 中身はもうなくなりそうになっていた。


「翠花、一つ聞かせてほしいことがあるんだけど?」


「何?」


「翠花が家出した原因、教えて欲しいんだけど」


「それは……言えない」


 言えない理由なのか、と郁登は考え、自分が家を出た時のことを少しばかり思い出した。

 あの時は、もう家に帰らない覚悟をしていたし、今もその覚悟は変わっていない。


「言えない理由なら無理には聞かないよ」


「ありがとう」


 翠花は頭を下げる。


「いいよ。聞かれたくないことは誰にでもあるものだし。それより、熱あるんだから寝てなよ」


「そうさせてもらう」


 翠花はベッドにごろんと横になる。

 布団の中に潜り込むと、動かなくなる。


 少しして、規則正しい寝息が聞こえてきた。


 郁登はそれを聞いて、裁縫セットを取り出す。


「さて、夜なべでもして制服縫うか」




「どこだ!」


 両腕のない幽霊は家から出ると叫んだ。


 辺りに動く気配がない。


 幽霊は上空へ行く。

 辺りを見渡すが、追いかけていた少年の姿はない。


「逃げられたか」


 舌打ちをして、下へと戻る。


「このままではマスターに殺されてしまう」


 幽霊は焦り首を左右に振る。

 何かを探しているように思えるし、ただ錯乱しているだけのようにも見える。


 気づいた。


 壊れたドアの所に何かが落ちているのを。

 ドアの破片とは違う、黒く長方形の手帳みたいなものだ。


 顔近づけて見る。


 そこには郁登の顔写真が載っていた。

 そして、在籍している高校の名前も。

 郁登の生徒手帳だ。


「絶対あいつが翠花お嬢様の居場所を知っている」


 幽霊の中で、疑惑は確信に変わっていた。

 必死に逃げる郁登に何かを感じたのだ。


「明日までに見つからなければ、この学校に行ってみるか」


 幽霊は翠花を探すために上空へ飛ぼうとした時、


「まだ見つかってないのか」


 暗闇から声がした。


「……マスター?」


 男が街灯の下に現れる。

 川並刃だ。


「俺は聞いてるんだ」


「は、はい。まだ見つかっていません」


「いったいこの時間何をやってたんだ」


「翠花お嬢様はまだ見つかってないんですが、知っていそうな男を見つけまして、それを追いかけていました」


「翠花様を捜さずに?」


「は、はい」


 刃は冷めた目で幽霊を見つめる。


「それで、その男はどこにいるんだ」


 辺りを見わたすが誰もいない。


「……逃げられました。で、でも、男が誰か分かります」


 幽霊は落ちている生徒手帳の事を言う。


「この男が翠花様の居場所を知ってるんだな?」


「ええ。こいつに翠花お嬢様のことを聞いたら逃げたんです。絶対知っています」


「そうか」


 刃は生徒手帳を開く。


「東方郁登……こいつ、東方家の人間か」


 東方の性を名乗るのが許されてるのは、唯一、日本の東の治安を守る東方家だけだ。


「しかし、郁登なんて男、東方家にいたかな。あそこで高校生の人間は、女だったはずだが。分家の奴か。そうだとしたら居場所は分からないな。これにも住所は載っていない」


 刃は首を傾げる。


「マスター。明日学校に行けばこいつに会えるはずです。でなくても、こいつの居場所を知っている奴がいるはずです」


 パタン、と生徒手帳を閉じる。


「お前のことだが」


「な、なんでしょうか?」


「もういらない」


「は?」


 刃は片手を幽霊に向ける。


「両腕のない幽霊なんて使い道、ないだろ」


「殺す気ですか」


「違う、消滅するんだ」


「!」


 幽霊は急いで上空に逃げる。

 魔力の供給を受ける主人から逃げてもどうせ死ぬだけだが、今、死にたいとは思ってないようだ。


 幽霊はゆっくりと、はっきりと唱える。


「精霊サラマンダーの子たる炎よ。燃やし尽くせ。火種の炎球よ」


  魔法、火種の炎球。


 炎が上空に上がり、幽霊を包む。


 それだけで、幽霊はこの世から消滅した。


 それを確認してから、やい刃は空を見上げた。


「ああ、翠花様はどこにいるんだ」


 恍惚の表情を浮かべて、自分で自分の体を抱く。


「早く会いたい、前みたいに屋敷で一日中一緒にいたいよ」


 先ほどまでの刃とは違い、まるで愛おしい者を思っているような言葉が夜空に響く。

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