第5話
その後、一限目の授業は代わりの先生が来て、教室での自習になった。
そして放課後、郁登は留奈に呼び出されていた。
場所は体育館。
制服姿の郁登とは違い、留奈は授業と同じ学校指定のジャージ姿だ。
「一限目はあんなことになったが、郁登、お前には今日中に魔法を使えるようにしてもらう」
留奈は額に張られた絆創膏を気にしながらいう。
郁登が使った魔法?
で起きた爆発で出来た傷だ。
「もう無理じゃないですかね」
郁登は魔法を使うことに対して諦め気味だ。
そんな郁登に留奈は声を荒げる。
「ふざけるな。それじゃ私が困るんだ」
「はあ」
「私は魔法の実技の教師として呼ばれてるんだ。それなのに、魔法を使えない生徒がいたら給料が減る。晩酌のおかずが一品減るんだ」
留奈は一限目と同じ事を言う。
それほど、酒が大事なのだろう。
「今日は魔法の基礎から一度やり直す」
「はい」
郁登は気のない返事を返す。
それに比べて、留奈のテンションは高い。
「いいか、世界には二種類の人間がいる。それは分かるな?」
「魔力を持った人間と、持たない人間ですよね」
「そうだ。魔力を持った人間は高校生になると、全国の高校の半分を占める魔法学校ような魔法使いを育成する専門の学校に入学する。そこで、魔力の使い方と魔法の種類を学ぶ。お前、一年の時に魔法の種類は習ってるよな」
「ええ。攻撃魔法。魔法や物理攻撃を防ぐ防御魔法。他に、回復魔法、そして飛行魔法などの補助魔法。後は禁術魔法」
「おおざっぱに言えば合ってる。ちなみに回復魔法は高校では教えない」
「……使い方が難しいからですよね」
「そうだ。自分の魔力を相手の体に入れる魔法は危険だ。だから、回復魔法は大学に入ってからだ。ちなみに、禁術魔法は教えない」
「禁って言葉がつく魔法ですからね。使用禁止なんですよね」
「そうだ。そこまで知っていいればいいだろう。一年の時には後、魔力の使い方は学んだはずだ」
「確かに、学びました。自分の体にある魔力を知ることから始めるんですよね。魔力は生まれつき量が決まっていて、その魔力の量次第で使える魔法が決まってくる」
「そうだ。まあ、幽霊から身を守るなら攻撃魔法だけで十分だな。自分の中にある魔力を知る。それをイメージ通りに動かす練習をしてきたはずだ。お前、それは出来るな」
「一応、出来ます」
そう言って郁登は手の平を上に向ける。
そして、イメージをする。
自分の中にある魔力を手の平に集中させる。
それを粘土細工のように動かして、犬の形を作る。
「出来てるな。それじゃ、次。その魔力を呪文を唱えて魔法へと昇華させる。だけど、お前はそれが出来ないんだよな」
「ええ」
「何故だ!」
「俺に言われても」
「普通は出来るだろう。魔力を操ることが出来れば、後は正しい呪文で魔力を操り魔法にする。出来るだろう普通! 何故爆発する」
「さあ、何故でしょう」
「少しは真剣に考えろ! 今日はお前が魔法を使えるようになるまで帰さないからな。まずは私が手本を見せる」
留奈は、体育館に設置されている的になっている人形の前に行く。
「いいか、ちゃんと見てろよ」
手を前にかざす。
「精霊シルフの子たる風よ。切り刻め。風の刃よ」
魔法、風の刃。
郁登が出来なかった魔法だ。
留奈の手に魔力が集まり、呪文によって形を作っていく。
手から放たれた風の刃が人形の元へ向かう。
風の刃が人形を切り裂く。
「いいか、これは初歩的な魔法だ。今日は集中してこれをやる」
「分かりました」
どうせできないのに、という風に郁登は人形の前に立つ。
留奈は、前回のこともあってか、郁登の後ろに立っている。
生徒を盾にしている教師。
「いきます」
郁登は片手を前に突き出す。
「精霊シルフの子たる風よ。切り刻め。風の刃よ」
手に魔力が集まり、呪文によって魔法へと形になる。
はずが、集まった魔力は呪文で魔法になることなく、爆発する。
郁登はすぐさま顔を庇う。
留奈も郁登の背に隠れている。
爆風が収まる。
「やっぱり……」
「やっぱりじゃねえ。何でお前の魔法は爆発するんだ」
「俺に聞かれても」
「少しは考えろ」
留奈は声を荒げて捲し立てる。
「何で、爆発するんだ。魔力の練り方は完璧なのに、いざ呪文を唱えると、形が崩れる。何故だ」
留奈は顎に手を当ててブツブツと呟いて考えている。
「もしかして」
何か思いついたのか、顔を上げる。
「お前、魔法を受け入れていないんじゃないか?」
「魔法を受け入れる?」
郁登は言葉の意味が分からず首を傾げる。
「そうだ。魔法は天から与えられた特別な力じゃなくて、自分自身の力なんだ。お前は魔法を自分以外の力だと思ってるだろ」
「……自分以外の力」
「まあ、この辺はみんなが自然に受け入れているから授業では教えない部分だからな。でも一度、魔法の事故を起こした奴が、お前のように魔法が使えなくなるのを見たことがある」
留奈は郁登の言葉を待つように黙る。
「…………」
「……まあ、お前も何か心当たりがあるならそれでいい」
「いいの?」
「ああ。今後はそれを受け入れられるようにしろ。そうすれば魔法が使える」
「魔法が、使える」
「今日はこの辺で終わりにする。いいか、何があったが知らないが、魔法を自分の体の一部のように意識しろ」
「……はい」
「それじゃ、今日は帰っていい」
「ありがとうございました」
郁登は頭を下げて体育館の隅に置いていた鞄を手に取ると、出口へ向かう。
「ちょっと待て」
「何ですか先生」
「どんなことがあったか知らないが、自分じゃ支えきれないものなら先生に相談しろよ」
「分かりました。ありがとうございます。先生」
郁登は柔らかい表情で、体育館を出て行った。
雨が降っていた。
郁登はいつもロッカーに置きっぱなしにしている折りたたみ傘を持って校舎から外にでる。
横殴りの雨なので、郁登は傘を雨に向かって傾ける。
それでも、ズボンまではカバー仕切れなくて濡れる。
乾かすの面倒くさいな、と思いながら家へと向かっていく。
それと同時に、先ほど留奈に言われたことも、思い出していた。
魔法を自分の一部と認めていない。
確かにそうかもしれない、と郁登は思う。
と、その時、
「退いて退いて!」
突然、どこからともなく声がした。
「ん?」
自分に言われたことなのか、と思い、前後の道を見る。
誰もいない。
「そこ! 退いてよ」
その声で、声の主がどこにいるか分かった。
上だ。
郁登は傘を上げて空を見る。
「!」
すぐ目の前に、空に浮かんだ女の子がいた。
次の瞬間、少女が郁登に激突する。
「きゃあ!」
少女の頭と頭が派手な音を立ててぶつかる。
「いッ!」
郁登はとっさに頭に手を当てる。
割れるほどの衝撃に、目には涙が浮かんでいる。
「痛い……」
郁登と衝突して地面に倒れていた少女が雨で濡れた体を起こす。
「もう! 退いてっていったじゃない! 何で退いてくれないのよ」
「あんな急に退ける訳ないだろ」
「何回も退いてって言ったじゃない」
「こんな天気なのに空とんでる魔法使いがいるなんて思わなかったんだよ」
「しょうがないじゃない」
フン、と少女はそっぽを向く。
「いたぞ!」
第三者の声が雨の中から聞こえる。
「やば」
その声を聞いて、少女は身を起こす。
「どうしたんだよ」
「追っ手がきたのよ」
「翠花お嬢様! お戻りになってください」
声の主が郁登たちの前に現れた。
その人、いや、その幽霊は執事服を着ている。
郁登は、少女の名前を知って、幼い友達の事を思い出す。
が、すぐにそれを振り払う。
「嫌よ!」
少女、翠花は言う。
「そんな事を言わずに私と一緒に屋敷へお戻り下さい」
「執事?」
郁登は執事服の幽霊たちを見る。
「幽霊が見えるってことは魔法使いなのね」
「……一応な」
魔法は使えないけど。
等とは初対面の相手に言う必要はない。
「翠花お嬢様。屋敷へ」
「あたしはもうあんな所へは戻らない」
「戻ってもらわないと私たちが困ります」
「そんなの知らないわよ」
「大人しく戻らないなら、力ずくでも戻ってもらいます」
幽霊は空を飛びながら翠花へと近づいていく。
それを見た翠花は片手を前に突き出す。
「精霊シルフの子たる風よ。切り刻め。風の刃よ」
魔法、風の刃。
風の刃が幽霊へ向かう。
幽霊は刃を避けようと体をねじる。
風の刃は幽霊の腕や足をかすめる。
「殺すきですか!」
幽霊は怒りながらも口調は丁寧だ。
「今のは脅しよ。今度は本気で殺すわよ」
翠花は声を張り上げる。
その言葉に、幽霊はたじろぐ。
「分かったらとっとと屋敷に帰ってあいつらに言いなさい」
「そんなこと出来るわけないでしょうが」
「そんなこと知らないわよ」
そんな言い合いでヒートアップする翠花と幽霊。
「とにかく、一緒に来てもらいます」
幽霊が再度、翠花に襲いかかる。
翠花は目を細める。
「精霊シルフの子たる風よ。切り刻め。風の刃よ」
魔法、風の刃。
先ほどとは違い、風の刃が的確に幽霊を捉える。
「ッ!」
幽霊は、魔法の発動と共に回避行動を取っていたおかげで真っ二つにならずに済んだ。
しかし、命の代償として、左手が体から切り離される。
だが、幽霊だから血は出ないし、命には影響がない。
幽霊は舌打ちをする。
「私はもうあんな所へは帰らない」
「……必ず戻って来てもらいます」
「今度は容赦しないわよ」
「くそ! この場は退きます。ですが、どこにいても必ず見つけ出して、戻ってきてもらいます」
片腕を失った幽霊は、翠花を見つめたまま上空へ上がり、どこかへ飛び去って行った。
その姿が完全に消えてから翠花は手を下げる。
郁登は突然の出来事に呆然と見ているしかできなかった。
「おい、あんた何してるんだよ」
郁登は翠花に言う。
「あんた呼ばわりしないで、あたしは翠花って名前があるんだから」
「そんなことよりも、どうしてあんなことしたんだよ」
「だって、家に連れて帰そうとしたからよ」
「そんなことで幽霊たちを消すなよ」
「別にあんたには関係ないでしょ」
「そりゃ、そうだけど」
「それじゃ、あたしはもう行くわ」
「行くってどこに?」
「あんたには関係ない所よ」
翠花は飛行の呪文を唱える。
体がフワリと浮き上がる。
途端、体が傾いて地面に落ちる。
「お、おい、どうした」
郁登は慌てて翠花に駆け寄る。
「大丈夫か」
そこで初めて、郁登は翠花の顔をちゃんと見た。
少女と郁登の目が合う。
可愛い、という言葉が似合う少女だった。
大きな目に形の良い鼻筋、白い肌の中に咲く花のように赤い唇がある。
黙っていれば誰もが目を引く容姿をしている少女。
その顔を見て、ある幼馴染みを思い出すが、すぐにそれを消す。
そんな少女の顔が赤くなっている。
郁登は額に手を当てる。
雨で体が冷やされているはずなのに、額は熱かった。
「お前、熱あるじゃないか」
「……大丈夫よこのぐらい」
翠花は郁登の手を振り払うと、立ち上がり、ふらつきながら歩き出す。
「どこ行くんだ」
「そんなの決めてないわよ。とにかく、家の奴らが来ない所に行くの」
「そんなことより、まずは病院行けよ」
「病院は駄目」
「なんで」
「保険証ないから」
「そんなことかよ」
「それだけじゃないわ。病院なんて行ったら、家のやつらにすぐにばれる」
「翠花って、家出してるのか」
「家出。まあそういう言い方も出来るわね」
「家出なんてやめてすぐに家に帰れよ」
「なら家出なんてしてないわよ」
「でもそんな熱で、雨の中歩くのはきついだろ」
「それじゃ、あんたの家にでも匿ってくれる」
「それは……」
一人暮らしの男の部屋に、家出少女を泊める。
犯罪のニオイがする。
言い淀む郁登を見て、翠花は
「無理ならいいわ」
彼女はふらつく体を壁で支えながら歩いていく。
その姿を見て郁登は良心が痛む。
熱を出している家出娘を家に泊めるくらい何ともないじゃないか。
家出娘といっても何をするわけでもないし。
「翠花」
「……何よ」
「俺の家に来い」
「……いやらしいことする」
「するか」
「……なら、一日だけお願いしてもいい」
翠花は振り向き、熱で赤くなった顔でいった。
濡れた髪が頬に張り付き、艶っぽさが増している。
その姿に胸がドキンと高まるが、郁登は邪念の頭を振って払う。
「ああ」
「ありが――」
とう、という前に、翠花の体が傾く。
「あッ」
と郁登が言う間に、翠花は地面に倒れた。
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