第4話
走ったおかげでなんとか遅刻せずにすんだ。
郁登の通っている学校は魔力を持った人間だけが通える、魔法使い育成所の学校だ。
当然、生徒は皆、魔力を持っている。
その魔力の使い方を高校で学ぶ。
席に座った郁登は本を開く。
誰も、郁登に挨拶をしないし、話しかけてこない。
郁登は学校でぼっちになっている。
それには訳がある。
その訳は一限目の魔法の実技の授業で明らかになる。
もう一人、郁登と同じように、机で本を読んでぼっちになっている生徒がいる。
東方素直だ。
彼女がクラスから浮いている理由は明白だ。
普通の人とは違い、魔力を持っている人は、プライドが高く、上昇志向があり、負けず嫌い。
素直は魔法使いを取り締まる東方家の跡取りであり、魔法の技能の他の者より頭一つ分ほど抜きんでている。
そんな素直に敵対心を抱かない生徒はいない。
素直はクラスメートから一方的なライバルとして見られ、また一部から目指すべき対象として見られている。
前者は敵対心から近寄らず、後者は尊敬の念から遠巻きに見ている。
その状況が素直を孤独にさせている。
朝のホームルームが終わる。
郁登たちは一限目の魔法の実技の授業の為に、教室から移動する。
一度、校舎を出て、隣に建てられている体育館へ行く。
運動をする訳ではないので、郁登たちは制服の姿のままだ。
体育館は普通の学校と同じ作りになっていが、魔法を使用する理由から、頑丈に造られている。
それと、普通の学校にないものが、体育館の奥にある人の姿をした人形が立てられている。
魔法を使う際の的として使われている。
体育館でそれぞれ自由に一限目が始まるのを待っていると、チャイムと同時に教師が入ってくる。
魔法高校の教師になるためには魔法専門の大学を出ていないとなれない。
なので、教師の年齢は若くても二十二歳以上。
しかし、入ってきて女性の教師は違った。
見た目は明らかに郁登たちと同じか、それ以下にしか見えない。
髪を肩まで伸ばし、白い肌は瑞々しく、顔にはうっすらとメイクをしている。
メイクのおかげか、可愛いよりは綺麗と言った方が、彼女には似合う。
だが、六十歳だ。
彼女はすでに還暦を迎えている。
なのになぜこんな若いのか。
それは彼女がホムンクルスだからだ。
正確に言えば、ホムンクルスの体に脳を移植しているからだ。
魔法の発達のおかげで、人工的に人間が作れるようになった。
ただし、人工的に作った人間には脳が出来ない。
それに目をつけホムンクルスを利用したのは、医者だ。
ホムンクルスのおかげで、臓器移植しか治す方法がなかった病気は事実上この世からなくなった。
それともう一つ、脳移植をすることで、体を入れ替えるということだ。
しかし、すべての人がそれを出来る訳ではない。
金を持っている人しかできない。
理由は脳をホムンクルスの体に定着させる為の薬を定期的に飲まなければいけない。
その薬が高額なのだ。
保険もない上に一粒、大卒初任給程のお金になる。
「おはよう」
四方院留奈は快活に言う。
とても六十歳には思えない。
彼女は動きやすい為か、ジャージを着ている。
しかも、生徒が着るジャージと同じ物だ。
教師にはそんな物は必要ないはずなのに。
「おはようございます」
と、クラス中から挨拶が飛ぶ。
「それじゃ、授業を始めるぞ。そして、今日は大事な話がある」
留奈の言葉に、何の話しだ、という風にクラス全員が首を傾げる。
留奈は郁登を睨む。
「今日こそ、郁登に魔法を覚えてもらう」
ドーン、と迫力ある口調で留奈が言う。
それを聞いたクラス中の人が苦笑する。
「そんなの無理ですよ先生」
「そうですよ。郁登は無魔法使いなんですから」
そして体育館に笑い声が響く。
その笑いには侮蔑の感情が込められている。
魔法が使えない魔法使いから無魔法使い。
郁登にとって、それは高校入学から言われ続けていることなので、既に慣れている。
いや、自分でもそれを認めているので、気にならない。
「うっさい」
留奈の一喝で笑い声が収まる。
「私は郁登に魔法使えさせないといけない理由があるんだ。いいか、私が受け持つ学年の中に魔法が使えない生徒がいるとな、私の給料が減るんだ」
留奈は目に涙を浮かべて言う。
「私がこのクラスを受け持ってもう半年だ。一年生の始めなら魔法を使えないのまあいい。でも二年生だ。いい加減魔法を使えないと、私の評価に響く。だから郁登」
「はい」
「今日は集中的にお前に魔法を使わせる」
クラス中が嫌な顔をする。
授業が始まる。
「いいか郁登、今日はお前が魔法を使えるまで徹底的に魔法を使わせる」
郁登は的になる人形の前に立たされている。
「魔法を使ってみろ」
「でも、先生」
郁登は眉をしかめて留奈に顔を向ける。
「俺には、やっぱり魔法が使えないと思うんですけど」
「お前の意見などどうでもいい。お前が魔法を使えないと私の今後の酒のランクが下がることになるんだ。必死にやれ」
「はあ」
「はあ、じゃない。いいからやれ風の魔法だ」
留奈は郁登の斜め前に立っているのは、郁登を前から指導する為だろう。
ちなみに、クラスメイトは郁登から十分に距離をとって立って、ニヤニヤと笑っている。
「でも先生。そこにいたら危ないと思うんですけど」
「平気だ。防御魔法を使う」
「ならいいんですけど」
「ぐだぐだしてないで早くやれ。魔法ぐらい今日中にできるようになってもらう」
「分かりました」
郁登は片手を前に突き出す。
「精霊シルフの子たる風よ。切り刻め。風の刃よ」
魔法、風の刃。
手の平から生み出された風は刃の形となり、目標物を切り刻む。
はずだった。
体育館を震わせる爆発音がなり同時に、郁登の目の前で爆発が起こった。
爆発は体育館の床を砕き、破片を四方へと飛ばす。
その爆発はちょうど留奈の目の前で起こった。
爆発音で驚き、防御魔法が遅れる。
そのせいで、床の破片が留奈の顔面に当たり、気を失った。
ゆっくりと留奈の体が後方へ倒れる。
「先生!」
郁登が留奈の元へ駆け寄る。
郁登も床の破片を浴びていたが、何が起きるか分かっていたことなので、すぐに背を向け頭を庇ったおかげで何事もなかった。
「大丈夫ですか?」
郁登は留奈を肩を揺らす。
留奈は白目になっていて、口からは泡を吹いている。
とても人に見せられない顔だ。
起きる気配がない。
息をしているので死んではいない様子だ。
「馬鹿が。何やってるんだ無魔法使い」
クラスメートたちがやってきて、郁登を罵倒する。
「先生を保健室に連れて行くぞ。手伝え」
男子二人が両側から先生の腕を肩に掛けて持ち上げる。
そのまま、留奈を引きずりながら体育館から出て行った。
皆は引きずられていく先生を見送る。
静寂。
「どうするこれから」
ポツリと郁登が言った。
「お前が言うな無魔法使い」
クラス中から一斉に言われた。
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