第2話
そういうと、素直は片手を前にかざす。
「精霊サラマンダーの子たる炎よ。燃やし尽くせ。火種の炎球よ」
淡々と素直の口から紡がれる言葉。
言い終わると、想像が現実になる。
素直が前にかざした手の平に、炎の球体が現れる。
炎の球体は住宅街を赤く染める。
魔法、火種の炎球。
素直の手から球体が放れた。
「ちょッ!」
郁登は慌てて地面に土下座をする。
額を地面に付けるほどの土下座だ。
そのすぐ上を、炎の球体が通り過ぎる。
あとちょっと、郁登が土下座するのが遅かったら、今ごろ郁登は炎に焼かれていただろう。
炎の球体は郁登のすぐ後ろを飛んでいた幽霊たちに当たる。
「ぎゃぁぁぁああ――」
幽霊の悲鳴が上がる。
しかし、それはすぐに途絶えた。
後に残ったのは夜の静かな住宅街だった。
郁登は後ろを振り返る。
そこには今さっきまでいた幽霊たちが消えていた。
幽霊たちは死んだのだ。
二回目の死。
それは、この世から完全に消滅したことを意味する。
「ッ何すんだよ!」
郁登は土下座から立ち上がると素直に向かって怒鳴る。
「もう少しで俺が死ぬ所だったじゃないか!」
ズカズカと大股で素直に近づく。
「知るか」
ぶっきらぼうに言う。
「知るかじゃない! 俺がお前の後ろに隠れてから魔法を使っても良かったじゃないか」
郁登は全力で情けないことを言う。
「しるか」
素直は二度、同じをことを言う。
幽霊を倒したことでやることはやったという感じで、大きく息を吐く。
「それじゃ、私は行くからな」
「ちょっと待て」
「……もう何よ」
「なんだそのうんざり顔。俺を殺そうとしたくせに」
「あんたの命なんて私にとってどうでもいい」
「俺には大切なの!」
「知るか。あんたの命なんて東方家にとってはどうでもいい」
「俺、東方家の長男なんだけど、一応」
「魔法が使えないあんたの命なんて、東方家にとってはどうでもいいのよ」
「……まあ、そうかも知れないけれど」
現在、まともな魔法が使えない郁登は、東方家を追い出されている。
その代わりに東方家が迎え入れたのが、親族の中で最も優秀な素直だ。
素直は東方家の養子だ。
「あんたの命に価値はない。私は正式な東方家の跡取りなのよ」
「だけど、もう少し考えて魔法を使ってもいいじゃないか」
「あの程度の幽霊なんて、高校生の魔法使いなら自力で解決しているわよ。普通は中学生以下の魔力を持った人間しか助けないのよ。それをわざわざ助けたんだから、感謝して欲しいわ。本来なら、高校生を助けることなんてしないんだからね。東方家がやる仕事は魔法使いが魔法を使って犯罪を起こした時に動くんだから。今巷を騒がしている事件みたいのをね」
魔法使いにしか触れず見ることの出来ない幽霊については東方家の仕事とは関係がない。
素直が個人的に郁登を助けたのだ。
「……まあ、助けてもらったのは感謝してるよ」
「なら、ありがとうと言って土下座しなさい」
「何でだよ。何で土下座をまたしなきゃいけないんだよ!」
「うっさいわね。助けたんだから当然でしょ」
「土下座は当然じゃない。自分を何様だと思ってるんだ」
「私は五家の中の東方家の跡取りの東方素直よ」
素直は誇らしげに言う。
五家とは、東方家、西方家、南方家、北方家、それら四家束ねる中家の五つの家のことである。
「だから、命の価値のないあんたを、仕事だからわざわざ助けたのよ」
「そう何度も価値のないなんて言うなよ。しまいには泣くぞ」
「泣けば」
どうでもいいという感じで素直は言う。
「酷い!」
郁登は本気で涙が出そうになった。
と、素直は欠伸をした。
「私、もう眠いから帰るわ」
そう言うと、素直は飛行の呪文を唱えて、空へ飛び上がる。
「ちょっと待て、言いたいことだけいって行くな」
段々と小さくなっていく素直に向けて、郁登は叫んだ。
「行っちまいやがった」
郁登は素直が消えた方へ向けて言う。
郁登は脱力感を感じ、肩を落とす。
そこで、あることに気付いた。
「あ、アイス溶けてる」
ワンルームの部屋に帰った郁登は溶けたアイスを冷凍庫に入れて、汚れたジャージを着替えて、すぐに寝た。
追いかけられたり、叫んだりしたせいで疲れていたのか、すぐに眠れた。
目覚ましと共に起き、テレビをつけニュースを聞きながら朝食の準備をする。
と、魔法使いに関係する事件がテレビから流れる。
『――魔法使いを魔法で殺害した犯人はいまだに捕まっていません。
三日前に殺害された魔法使いで十件目になる今回の事件ですが、被害者の共通点は見つかっていません』
郁登はトーストを口にくわえながら、スクランブルエッグを持ってテレビの前へと行く。
「これが昨日、素直が言っていた、巷を騒がしている事件か」
郁登は朝食を食べながらテレビを見る。
事件は、三ヶ月前ほどから立て続けに有名な魔法使いが殺されているというものだ。
なぜ魔法で殺されたと分かるのか。
それは、殺された魔法使いどの人もが圧死しているからだ。
その周りには隆起した地面がある。
これは魔法を使って殺したことを意味している。
「十件か、多いな」
郁登はトーストの最後の一欠片を口に放り込む。
『現在、四家の当主が京都にある中家にて会議をしています』
そう中継先のアナウンサーが言って、テレビに見覚えのある顔が映った。
端正な顔立ちに年齢に似合った皺が刻まれている。
しかし、髪には白髪がなく黒々としている。
郁登の父親。
現在の東方家の当主だ。
隣には、郁登の母親の姿もある。
郁登に似ていて、丸顔で、童顔。
郁登の父が年齢を感じさせないのであれば、母は年齢自体が若く思える。
とても高校生の子供がいるとは見えない。
二人は神妙な表情のまま中家へと入っていく。
小学生卒業と共に今の部屋で一人暮らしをしている郁登にとって、親の顔を見るのは久しぶりになる。
だが、郁登は特になんとも思わなかった。
ただ、
「大変そうだな」
と感想を漏らした。
素直が昨日都合良く現れて郁登を助けたのも、この事件の犯人を捜す途中だったのだろう。
テレビでは魔法使いを殺した犯人を、自称魔法専門家が推測であれこれと語っている。
それが終わると、今日の天気予報をアナウンサーが言う。
どうやら夕方から雨が降るそうだ。
傘を持って行かなきゃな~、と思いながらテレビを眺める。
ボーっとテレビを眺めていた郁登は時計を見て声を上げる。
「やばッ! 遅刻する」
残りのスクランブルエッグをさっさと口に放り込むと、郁登は制服へと着替え、学校へと向かった。
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