第4話 架け橋
私とサンタは再び下界に降り立った。そこは前線から離れている村で、私の姿を見るや村人たちは涙を浮かべながら地面に平伏していた。
「村長はいますか?」
「わ、わしでございます天使様」
村長は私たちの長老のような風体だった。頭が完全に禿げ上がり、陽の光を反射している。たっぷりと蓄えられた髭は唇をほとんど隠していた。
「天使様のお姿を生きている間に……わしは幸せものです」
「それは良かった。ところで、ここは随分人が多いのですね」
私は村を見回しながら言った。
村は集落が密集して成っていた。その数は両手で数えられる程度なのに、地面で頭を下げている村人はその数十倍はいる。家の数が明らかに足りていない。
「はい。ここには前線の村や町から逃げてきた者たちがいるのです。こういう時ですから、助け合わないといけませんでな」
「なるほど……。けれど、それでは食料や飲み水が不足するのではないですか?」
「まことに仰る通りでございます……。若い連中はギリギリまで食事を切り詰めてくれておりますが、それでも老人や子供たち全員に食べ物を配れないのです……。天使様、天使様はわしらをお救いに来ていただいたのでしょうか。であれば、何卒食べ物をお恵み下さい。せめて子供や若者たちにどうか……」
「それは…………」
私はやせ細った村長の願いを聞きどけることはできなかった。それは、私たち天使は下界の住人に施しを授けてはいけないという規則があるからだった。長老曰く、この規則はフィンディラムを創造した神が制定されたものだ。目的はヒトに試練を与える。試練を乗り越えて彼らは成長し強くなるのだと。
けれど、それではあまりに……。
「ヴィいや」
「あ、何でしょうサンタさん」
サンタのことをすっかり忘れていた。
「私のことをここの人々に紹介してくれんかの。彼らの助けになれるやもしれぬ」
「本当ですか?」
「多分な。とりあえずやってみくれんか」
「分かりました」
このまま立っているだけでは埒が明かないので、サンタの言葉に従う。
「皆さん、顔をお上げなさい。本日は皆さんにこの世界を救う勇者を紹介しにやって来たのです。この人物は名をサンタクロースと言います。彼が魔王とその軍勢を討ち果たしフィンディラムに再び安寧と平和を取り戻すでしょう」
村人たちの視線がサンタに集中する。中には「あれが勇者か?」と顔を見合わせている者たちもいた。
「ホー!ホー!ホー!サンタが来たからにはもう安心ですぞ!」
そう言いながら、サンタは、何処からともなく真っ白な袋を取り出して手を突っ込んでいた。
「その袋は何ですか?」
「これはプレゼント・バッグだよ。この中に人々が望むモノが詰まっておる。ヴィいや、お主のおかげだ」
「え、私何かしましたか?」
「言ったであろう。私のギフトの効力は、私への認知度あるいは私という存在を信じている者の数によって比例すると」
「……!つまり能力が使えるようになったということですか!?」
「そう!サンタクロースにして最も基本的なギフトであり、私が私たる所以。その名もギブ・アンド・テイク!」
サンタが袋に突っ込んでいた手を空高く掲げる。すると、袋の口から赤と緑に煌めく光の粒子が溢れてきた。
空気の中を漂う美しい光の粒は、みるみるうちにパンやスープ、温かいミルクに変わっていく。
「さあ!好きな物を食べなさい!遠慮はいらんぞ!」
子供がパンに手を伸ばして掴んだ。私たちとパンを見比べながら、怯えたような表情を浮かべている。彼の気持ちは十分に分かった。何もない所からいきなり食べ物が出てくるのだ。それも「そう望んでいる」というだけの理由で。
「心配しなくていいよ。さあ、お食べなさい」
サンタは屈みこんで子供と目線を合わせた。少年に語り掛ける彼の声音はとても穏やかだった。
「う、うん」
少年は恐る恐るパンに齧りついた。咀嚼して、ゆっくりと嚥下する。
「美味しい!お母さんのパンだ!」
瞳を輝かせながら少年はパンを夢中になって食べた。その姿を見た他の村人たちも、自分が望む食べ物を手に取って口に運んでいた。
「ほんとうだ!美味しい!」
「おふくろの味だ…………」
「う、うぅ」
あまりの美味しさに感激する者、涙を流す者、亡くなってしまった人を思い出す者。村人たちの反応は様々だった。
サンタは彼らを見て満足気に頷いていた。
「ヴィいや。空腹はな、最大の敵なのだ。腹が空いていると何もできなくなる。自分が本当は何がしたいのか、自分はどういう人間なのか、それすらも忘れてしまう。そしてただ飢えを満たすために、他人から盗み、他人を襲い、他人を殺してしまう。飢えというものは恐ろしい。容易く心を変えてしまう」
「それが、サンタさんがいた世界で起きていたんですね」
「そうだ」
サンタは多くを語ろうとしなかった。しかし、彼の表情と琥珀色に輝く瞳が、どれだけ惨たらしいことが起きたのかを何よりも語っていた。
「サンタクロース様、ありがとうございます……!本当にありがとうございます」
村長がサンタの足元でひれ伏していた。
サンタは村長の肩に手を置いて立たせた。
「何、これくらいのこと当然です。困ったときはお互い様だと、先ほどあなたも申していたでしょう」
「し、しかし、これでは私たちがサンタクロース様からいただいてばかりになります。何とか恩返しを」
「それは既に受け取りました」
「え?」
「これを見てください」
サンタが形の整った木が刺繍された小袋を長老に見せた。袋を開けると中には菓子パンのような物が入っていた。
「これはクッキーという物です。甘くておいしいお菓子です。あなた方の感謝の念がこのクッキーを形作り、私のエネルギーとなるのです。故に、恩はもう返して貰いました」
「ですがわしらは何も」
「大丈夫です。私にはこれで充分なのです。……あ、そうだった。ヴィいや、これを皆に」
「何ですかこれ?……種?」
サンタは私にまた違った大きな袋を渡してきた。その袋の中には種にしか見えない小粒が大量に入っていた。
「その通り、ここで育てられる穀物の種だ。食料だけを与えては意味がないからの。魚を与え、それでも足りなければ魚の稚魚を与え、その育て方を教えるのが私の流儀でな」
「……なるほど」
「た、大変だー!」
村の外から一人の若い男が叫び声を上げながら走って来た。
「どうした!?」
「村長……!川に、川に一つ目の魔物とちっこいのがいる!」
「何!?」
一つ目の魔物。サイクロプスのことだろう。ちっこいというのはピクシーだろうか。
「あいつらずっと川の近くをうろうろしてやがる!これじゃ水を汲みに行けない!」
「なんということだ……」
「この近くに川が?」
私は村長に尋ねた。
「はい……。向こうに見える森を入ってすぐの所に川があります。この村の水源で、食料はなくても水はあったので何とか生きられていましたが、水が汲めないとなると…………」
「よし。そこへ行こう」
サンタが言う。
「そうですね。このまま見過ごす訳にはいきません。もしかしたら魔王軍の偵察部隊かもしれないし。皆さんはここで待っていてください。私たちが様子を見てきますので」
「何から何まで感謝にたえません。…………どうかお気をつけて」
「お気をつけて!」
「無事に戻って来て下さい!」
彼らの言葉を背中で受け止め、私たちは川へと向かった。
サンタの提案で私たちは歩くことにした。空を飛んだりソリを走らせたりすると魔物たちに気づかれ、村の位置がバレてしまうかもしない、と言うサンタの提案を受け入れたからだった。
村を出て森に入って魔物なく、前方にゆったりと流れる川が見えた。身を低くして対岸を注意深く見ていく。すると、逃げ帰ってきた男の言葉通りサイクロプスと小さなオーガが一体ずつ川の近辺をうろついていた。
「間違いないです。魔王軍の偵察です」
「分かるのかね?」
「はい。マナが穢れています。天使はそういう者たちを見極めることができるのです」
「マナ、とは?」
「万物に宿っている目に見えない物質です。マナのおかげで私は翼を使って飛ぶことができるのです」
「ほお」
「それで、どうしますか?」
「…………うーむ」
サンタは考え込んでいた。しかしそれもわずかな時間だった。
「彼らこそこの世界を変えうる希望、ヒトと魔物をつなぐ架け橋になるぞヴィいや」
「え、どういうことです?」
私の問いには答えず、サンタは口笛を吹いた。
「何をやってるんですか!?気づかれますよ!?」
「問題ない!」
サンタは再び口笛を吹く。すると背後からトナカイたちが木々をなぎ倒して走って来た。
「あんな無茶苦茶を!」
「後で元通りにしておく!」
そう言うとサンタはソリに飛び乗った。
サンタが乗ったのを確認してから、トナカイたちはサイクロプスたちに突っ込んでいった。
「ホー!ホー!ホー!」
サンタの声と突進してくるトナカイたちに驚いたのか、サイクロプスたちはその場に固まっていた。
「目を覚ませぇぇい!」
サンタの怒声が対岸から響く。私もすぐさま川を飛び越え対岸へ移動した。
見ると、サンタはソリから飛び降りながら、聖ニコラスの剣をサイクロプスとオーガに何回も何回も浴びせかけていた。
まるでその姿は、怒りに身を任せた魔物その者のように見えた。
次の更新予定
2024年12月12日 19:00
地球で最も人気な奴を勇者として呼んだら、文化侵略された件について! たんぼ @tanbo_TA
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