第3話 我が友

「……!一度下がります!離さないで!」

 私が呆気に取られている間に、サンタは袋叩きにあっていた。

 このままみすみす勇者を死なせる訳にはいかない。私はサンタが着ているコートの襟首を掴み、セイクリッド・ウイングを使って空高く飛翔した。

 突然、目の前の獲物の姿が消えたことにゴブリンたちは驚いていた様子だった。森に入ったりして、私たちを探している。ほんのわずかではあるが、少しだけ進軍を遅延させることができたみたいだ。

 私はそのまま天界の宮殿にサンタを連れて帰った。

 誰にも見られないように注意しながら自室へと急ぐ。ありがたいことにサンタはまったく喋らず私に着いてきてくれた。

 自室に戻るとサンタを招き入れてそっと扉を閉める。

「ふー」

 安堵の息が漏れる。下界で死ななかったことに安心しているのか、私の演じた失態を報告する必要がなくなって安心しているのか分からなかった。

「ほお、大した場所に住んでおるの」

 呑気に感嘆したような声を上げるサンタが忌々しく思った。

「感心してる場合ですか。まったく」

「何をそんなに怒っているのかね?美人が台無しになっとるよ」

「だ、だって、勇者として召喚したのに何の攻撃も通じなかったんですよ?おかしいじゃないですか。それに、何ですかあの演説は」

「演説?……はて」

「ゴブリンを『子供たち』と呼び、『早まるな』とかなんとか仰っていたでしょう?」

 皮肉を込めてサンタの真似をする。しかし当の本人には全く通じていなかった。

「ああ!あれか!あれは演説ではないよヴぃいや。話し合おうとしたまでのこと。それが何か問題だったかね?」

 と、さも「当然だろう?」と言わんばかりの表情でこっちを見てきた。

「そんなことをする必要はないです。あれはヒトや我々とは違う。魔物なんです。魔物に慈悲の心など向ける必要はありません」

「どうしてかね?ゴブリン、と言ったかな。彼らだってこの世界で生きる命ではないか。何故そんなに排他的に考えておるのかね。彼らが、その昔人々を迫害でもしたのかね」

「…………いいえ。迫害をしていたのは、ヒトでした」

「何故?」

「さっきも言いましたが、あれはヒトとは異なります。魔物は魔物なのです。ゴブリンだけじゃない。オークやサイクロプスやセイレーン、ああいう連中は皆ヒトに非ず、と昔から天界では教わってきました。人間やエルフ、ドワーフ、獣人、彼らこそヒトなのです」

「答えになっておらんな」

「何がです?」

「『昔から教わってきた』それではダメだ。そのような停止した思考では、状況は何も改善しないよヴぃいや。その魔物と忌み嫌われている者たちにも心があり、想いがあるのだ。言葉は通じなくてもな」

「知った風な口を……!」

「分かるのだ。地球もそうだった。人間同士で争い、奪い、殺す。それを何千年も繰り返してきた。戦争は今もなくなっておらん。原理主義に囚われたままではいかん。他者の思想を尊重することが出来なければ、根本的な解決にならんのだ」

 サンタは沈鬱な面持ちだった。

 彼のような人物でも、こんな表情をするのかと私は驚いていた。それに、人間同士が戦争するなど、考えられないことだった。フィンディラムではこれまでそのようなことは一切なかった。サンタの故郷であるテラディラムは、私たちの世界より凄惨な歴史を歩んでいるのかもしれない。

「しかし、どうするのですか?言葉も通じませんし、剣で戦うこともできないのですよ?」

「聖ニコラスの剣」

 サンタはそう言うと再び虚空から剣を抜き取った。刀身が鈍く光っている。

「これは本来他者を傷つけるための武器ではないのだよ」

「どういうことですか?だってそれは剣でしょう?」

「剣だが、斬るのはその者の悪しき心。善良な魂を蝕み、人を地獄へと誘おうとする心を斬るための剣なのだ。物理的に傷を負わせることはできん」

「それで斬られたゴブリンたちに変わった様子はありませんでした。斬られてもサンタさんを襲っていましたよ。やはりゴブリンには」

「いや違う。これは私に問題がある、と思う」

「サンタさんに?」

「ああ。私はサンタクロースとして働けるように、精霊から様々なギフトを賜っている。聖ニコラスの剣はその一つなのだ。他には不死の概念が付与されている。気づいておるだろうが、あれだけの攻撃を受けても私は負傷しておらん」

 サンタに言われて私は初めて気がついた。彼の言う通り、彼には全く傷がない。あれだけの攻撃を身に受けていたのに。普通なら死んでいるかよくて瀕死の状態になっているだろう。

「しかしだね、ギフトの扱いはちとやっかいでな。効力は私の存在を認知するか、信じている者の数によって比例するのだよ。この世界ではサンタクロースを知っている者はヴぃいやしかおらんからの」

「……つまり、今は力を抑制された状態になっている、ということですか?」

「うむ。おそらくな」

 縛りプレイで魔王に勝てる訳ないじゃない!

 胸の内に焦燥感が込み上げてくる。私はとんでもない人物を召喚してしまった。いったいどうしたら良いのだろう。

 途方に暮れかけていた私にサンタが解決策を提示してくれた。

「ホッホッホ!何もそうがっくりすることはない。要するに私の存在を皆に知らしめればいいだけのこと。そのためにもヴぃいや、再び下界へ降りよう。人々のために働き、私という存在を認めてもらうことがヴィいやの使命を果たす第一歩になるのだよ」

「…………そういうものでしょうか」

 それでは時間がかかりすぎる。だが、他にどうすれば良いのか私には思いつかなかった。

「そういうものだ。急がば回れという言葉もある。一見遠回りに見えるが、実はそれが一番の近道だ」

「しかし、その間にも下界の人々は襲われて……」

「案ずるな。一旦、どこかへ避難させてやりなさい。命があればどうとでもなる」

「……そうですね。分かりました。それは長老に依頼してやってもらいましょう。他に何かできることはありますか?」

「……うーむ。ちと頼まれて欲しいのだが」

「何でしょう?」

「私には古くからの友人たちがおっての。その者たちをこちらに呼んでもらうことはできんかね?」

「サンタさんと縁があるのなら造作もないですよ。虹の泉でお呼びしましょう」

「すまんな」

 天使として頼られることは嬉しい。

 私は伝令を呼び、私がサンタクロースなる人物を召喚したこと、魔王討伐のため下準備が必要なこと、それに伴い人々を一時的に安全な場所へ避難させて欲しい旨を長老へ伝えさせた。

 部屋を出て虹の泉に急ぐ。宮殿にいる皆からの視線が何故か恥ずかしかった。

 虹の泉に到着し、サンタから呼び出したい者たちの名前を聞く。総勢八人。サンタを中心にした冒険者のパーティーみたいだなと思った。少しだが希望が見えた。

 呪文を唱え、テラディラムから彼の友人を呼び出す。

 私はまたしても言葉を失っていた。虹の渦の中から現れたのはヒトではなく、角を生やした四本脚の獣だったからだ。

「おお!皆ようきた!ようきた!ヴィいや、皆を代表して礼を言うぞ!ありがとう!」

「い、いえ。お安い御用です」

 サンタは大はしゃぎしていた。後で聞いたが、トナカイという動物らしい。八頭のトナカイたちは胴体に革の帯を巻き付けており、そこから伸びるベルトの先には大きなソリがあった。

「おおよしよし!」

 トナカイたちの角には鈴が付けられていた。頭を揺らすと心地の良い鐘の音が反響する。

「さあヴィいや再び下界へ行こうぞ!ヴィいやが長老たちに報せてくれたおかげで、私への認知度が上がっているのが分かる。さっきよりもパワーを感じるぞ!」

 そう言いながらサンタはソリに腰掛けトナカイたちをつなぎ留めている手綱を握った。

「それは良かったです」

「この部屋の出入口は他にないのかね?」

「生憎入って来た扉しかありません。どうなされるのですか?」

「ヴィいやに私の力をほんの少し見せてあげようと思ってね。それでは、またさっきみたいに空中へ放り投げてくれんかの」

「……分かりました」

 呪文を唱える。私たちは虹の泉から下界の天空の只中へと瞬間移動した。私は翼で飛べるのだが、サンタたちはどうするのだろうか。

 そう思いながら自由落下していると、サンタが声を張り上げた。

「ホー!ホー!ホー!行くぞお前たち!」

 サンタの声にトナカイたちが呼応する。トナカイたちの足元に薄っすらとしたベールのようなものが広がっていた。

「さあ翔けろ友よ!」

 サンタの声に合わせて、トナカイたちは空の中を走り出した。その姿は草原を駆ける駿馬のようだった。

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