7.怨恨の刃

 ルオーケイルの前に、白い装甲のフォールブが立つ。イリソウで会ったような半分重機のようなデザインではなく、ほぼ人型だ。


 特徴的なのは丸みを帯びた肩と、胸の位置にある顔。首はほぼなく、後ろから見た場合、頭のない機械にしか見えない。


 武器は細剣とマシンガン。それに防護用の丸い盾が一つずつ。


 SOは野良のイヴォルブやアンチ組織に対抗するため、戦闘に特化したフォールブを作ることを決めた。


「本当に、俺をやろうってんだなぁ……だが、丁度いい」


 ザラベーデが細剣を向ける。


「このザラベーデは! イヴォルブを超えるために作られた、完全戦闘用のフォールブだ! その性能をてめぇで試してやるぜ!」


 マイトが吠え終わると、ザラベーテが細剣を向け、まっすぐ駆け出した。


 性能、サイズ、ありとあらゆる要素がイヴォルブの劣化でしかないフォールブ。


「くたばれぇ!」「あんまり動くな」


 突き出した細剣は簡単に掴まれ、ほぼ球体の顔の部分には、ルオーケイルの拳が叩き込まれた。


 操縦席も兼ねた球体部分は特別頑丈だ。壊れこそしなかったが、その衝撃は凄まじく、大きくのけぞった。


「こ、こいつ……」


 シートにぶつけた後頭部を抑えながら、マイトはルオーケイルを睨む。蒼のイヴォルブは拳を開き、鋭い爪を振り上げると――


「手元が狂う」


 垂直に振り下ろした。受けようとした剣も、防ごうとした盾も意味はなかった。ルオーケイルの爪が、腕ごと切り落としたのだから。


 状況を飲み込めないマイトは操縦桿を動かすが、ないものは動かない。


 イヴォルブを超えるために作られたはずのフォールブは、オリジナルに対して、あまりにも無力だった。誇れるものがあるとすれば、半端な拳を耐えきった、操縦席の硬さのみ。


 圧倒的性能差を思い知ったマイトは、数秒の間を置いて、ようやく状況を理解する。


「だ、駄目だ。全然駄目だ。こんなんじゃ……改良……いや、一から作り直さねば。報告を……実際にイヴォルブを相手取った経験とデータを届ければ、俺は更に上へ」


 これからのことを思い、気分を高ぶらせるマイト。それは、目の前の勝てないという現実からの逃避だった。


 SOが生み出したフォールブは、ルオーケイルに斬られ爆散した。


 操縦席周りは特別頑丈かつ、脱出機能はしっかりと作られていたおかげで、肝心のマイトは無事だった。


「……くそ! なんでだ! 俺は真っ当になって……この町を立て直して……」


 ルオーケイルをにらみながら、マイトは悔しそうに歯を食いしばる。しかし、どうにもならないこともわかっていたので、大人しく背を向けた。


 こちらに気付いていないのか、ルオーケイルは立ったまま動かない。逃げるなら今しかない。


「俺はもっと偉くなって、真っ当になるんだ……過去のうじ虫に付き纏われて死ぬなんざごめんだ……」


 気づかれぬよう足音を殺し、マイトは進む。罪の意識や善意などない。この町を立て直そうとしたのは、自分が偉くなり、多くの称賛を得て気持ちよくなりたいがため。過去の反省をしていないのはもちろん、ここに住む住人の事さえも、なんとも思っていない。


「偉くなりゃ……なかったことにできる。偉くなりゃ……」


「ならねぇよ」


 後ろばかりを見ていたマイトは、前にあったなにかに軽くぶつかった。木々ではない。もっと布のような……それに、小さい金属音も聞こえた気がした。


「へ?」


 恐る恐る前を向くと、黒いマントの男が立っていた。


「行くぞ」


 隠れ家に戻ると、なんとか立てるようになったシャコウが複雑な顔をして待っていた。


「ほらよ」


 カディは引きずってきたマイトをシャコウの前に放り投げ、「後はお前の好きにしろ」と言った。


「マイト……」


 シャコウが名前を呼んだ者の顔は青く、冷や汗もかいていた。


「待ってくれ、俺が悪かった。あの時はどうかしてて」


 縛られたマイトが吐き出したのは、謝罪の言葉。武器を潰され、部下を倒され、切り札のフォールブを壊された男は、散々見下してきたシャコウに詫びたのだ。


 それを心からの謝罪と受け取るには、シャコウの恨みは大き過ぎたし、これまでの態度が悪すぎた。


 シャコウはすぐに気づいた。その言葉の空虚さに。こいつはただ、自分の身が危なくなったから謝っただけ。


 シャコウはゆっくりと近づき、剣を抜く。


「おい、待てよ! 兄貴のことは残念だった! その幼馴染のことも! 本気で殺す気なんてなかったんだって! マジで本当だって! 信じてくれ! なぁ!」


 空虚な弁解の言葉が、シャコウの耳へと入っていく。しかし、そんなもの、もうどうでも良かった。


 シャコウはマイトの胸目掛け、剣を突き刺した。その顔は憎悪に歪み、目からは涙が溢れ出していた。


「うぐぇあぁあ!!」


「あいつらに……あいつらに……」


 痛みに悶え、大声をあげるマイト。シャコウは剣を引き抜き、両手で握り、振り上げる。そして、兄のロニー・ティガー。その幼馴染、ファイ・ガーシャ。大切な二人の無念と、これまでの恨みを乗せて……


「あいつらに言ってみろよぉ!!」


 剣を振り下ろした。激痛に顔を歪め、形容しがたい大声と血を撒き散らすマイト。爽やかだった隊長の面影はとうに消え失せ、死が近い虫のように地面をのたうち回っている。


「シャコウ……! てんめぇええ!」


 苦痛で怒りに染まるマイトを、それ以上の憎悪を込めたシャコウの目が見つめる。隊長だと認めず、爽やかな自分を受け入れず、恨み続けた男の顔。それが、マイトが見た最後の光景となった。


 マイトが力尽きた直後、シャコウは力なくへたり込む。激流のように自分を支配し、突き動かしていた怒りは、ほとんど消えていた。


 殺したいほど憎んでいた相手の命を奪った。三年間消えなかった炎を鎮めた。何度も思い描いた場面を、現実にできたのだ。


「兄貴……ファイ……終わったよ。終わったんだ……」


 今この瞬間は、それを口にするのがやっとだった。手放した剣を拾う余裕も、溢れる涙を拭う力もなかった。

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