8.鎮まった炎

「どんな気分だ?」


「わからねぇ。スッとしたかもしれねぇし、なんか重いもんがのしかかってる気もする。でもよ――」


 数多の感情が入り混じったシャコウの顔は、なんと形容していいか分からない。見る者次第で解釈が変わるような、そんな微妙な表情をしていた。


「ずっとくすぶっていた黒いもんは消えた。それだけは確かだ」


 そうかと剣を拾うカディ。聞きたかった答えはひどく曖昧で、一番聞き慣れたものだった。


 すぐに気分が晴れるものでもない。より悲しくなる人間や、怒りが治まらない人間だって居た。


「その……報酬は?」


「復讐した奴の気持ちを聞く。それが報酬だ」


「マイトさん!!」


 そう言った直後、ルルカの声が聞こえた。


 動かないマイトに駆け寄り、その体を揺する。一番マイトを知らない者が、誰よりも心配していた。


「どうして……ここまでしなきゃ駄目だったの……?」


「そうだ」


「こんなの間違って……おかしいよ……マイトさんはこの町を……」


「何をしようが、過去の罪は消えない」


 追い打ちのようなカディの言葉に、ルルカは怒りを向ける。


「……消えないなら殺していいの? 償う機会を……この町を救うって目的を踏みにじってまで」


 ルルカがカディに目をやる。怒りと失望が混ざった顔だ。


「そうしなければ、生きれないやつも居る」


「マイトさんは! 死ぬような人間じゃ――」


「本当にそう思いますか?」


 ルルカの言葉を遮ったのは、レルファだった。


「大声で喋っているものですから、外まで聞こえてきちゃいました」


「でっかい穴も空いてるしね」


 カディが開けた穴から入ってきたのは、レルファとスレッドだった。


「スレッドさん、その人をこちらに。投げようとしないでください。一応怪我人ですので」


 スレッドは引きずってきた部下を持ち上げたが、レルファに言われてゆっくりと床に置いた。


「傷が痛むところ申し訳ございません。もう一度だけでいいので、お話してくれませんか? あなたの隊長が、本当はどんな人間だったのか」


 目にハートが浮かんでいても不思議ではないほど魅了されていた部下は、「喜んで!」と口にし、マイトの本性を暴露した。


 マイトは過去の罪を一切悔いていないこと。この町を立て直すのは自分のためで、住人の事なんか何も考えていないこと。普段の話し方はただの演技で、早く偉くなるためにやっていたことを。


「嘘……」


 真実を知ったルルカが、力なくへたり込む。良いSOもちゃんと居ると信じかけたところでの、この本性。すぐに飲み込めるものではない。


「カディは知ってたの? なら、教えてくれたって……」


 思考もまとまらないまま、ルルカは言葉を吐き出す。


「悪い人だったら、復讐を許した?」


 聞き返したのはスレッドだった。ルルカは言葉に詰まり、なぜそんなことを言ったのかとさえ考えた。


「俺は気に入らねぇ奴に力は貸さねぇ。だが、力を貸した奴の標的がどんな奴だろうと関係ねぇ。善人だろうが悪人だろうが、必ず火を消させる」


 スレッドの問いにも、カディの言葉にも、ルルカは何も言い返せなかった。


「変わったやつだな」シャコウのつぶやきを聞き、またもスレッドが答える。


「ははは、よく言われるよ」それを聞いたシャコウは「お前じゃなくて」と返した。




「世話になったな。カディさん」


 町の出口にて、シャコウが言う。眉間の皺が消え去った顔は、どこか穏やかだった。


「最後に聞いていいか? 何で復讐の気持ちを聞いたんだ?」


「知りたかったんだ。「先に」復讐や反逆した奴の気持ちを」


 薄々わかっていた答えを聞いたシャコウは、特に表情を変えることなく、そうかと返した。


「元気でな」


 最後にシャコウはそう言い、カディ達と別れた。復讐の成功を願うようなことは、あえて言わなかった。


「カディも……誰かに復讐するつもりなの?」


 目を見ずに聞くルルカと「そうだ」と返すカディ。


「その人の命を奪うの?」「そうだ」


「そんなの……良くないよ。どんな理由があったって……人の命を奪うなんて」


 カディは答えなかった。良くないと理解することと、それを行うことは矛盾しない。


 自分でもわかり切っている上、何度か言われてきたことだ。今更反論する気も起きない。


「綺麗事を言っても無駄ですよ。そんな言葉で止まるなら、ここにカディさんは居ません」


 無視を決め込んだカディの代わりに答えたのは、レルファだった。


 少し納得の行かないルルカは「でも……」と口にする。


「よく知りもせず、自分が思いつき、たどり着いた答えではなく、教科書通りの善悪でしかものを語れないあなたでは、ここに居る誰をも説き伏せることはできません」


 レルファはしばらく返事を待ったあと、ゆっくりそう口にした。


 自分の心に染み込んでいない、ただの一般論を展開するルルカは、カディを知り、自分の意見を口にするレルファには勝てなかった。


「ところで、何でお前がいるんだ」


「同じ道なだけですよ。せっかくなんで守ってください」


「お前に護衛がいるかよ」


「落ち込んでるねルルカ」


 俯いているルルカを見たスレッドが、隣を歩く。ルルカはスレッドに目を向けることはなかったが、こう話しかけた。


「……やっぱり、復讐なんて」


「君は、復讐が悪いことだって言うんだね?」


「スレッドはそう思わないの?」


「別に。それに、僕やルルカが悪いって思っていても、カディや本人には関係ないよ。良いか悪いかの問題じゃないもの」


 ルルカのように下を向きながら、スレッドは続ける。


「そうしなきゃ前に進めないから、その方法を取るんだって。カディは言ってたよ」


「前に……進めない?」


「歩けるし、生活もできるんだけど、前に進めないんだってさ」


 スレッドはカディの傍らで、復讐できない痛みに苦しむ者や、理不尽へ抗おうとした者達を見てきた。目的を成し遂げた者の顔は、それぞれ違っていた。笑う者、泣く者、より怒る者。


 行為や目的はほぼ同じなのに、終わった後の表情が全然違う。それがスレッドには理解できなかった。


「でも、ルルカならきっと理解できると思う。だから、色々見て、知って、自分の答えを見つけて、もう一度ぶつかってみればいい」


 スレッドはカディからの受け売りではなく、自分の意見を口にした。


「スレッド……」


「そうすればレルファも負けを認めて、心変わりして、泣きながら薬を出してくれるよ」


 それを聞いて、ルルカは少しだけ笑った。


「その日が楽しみですね」


「お前が心変わりを?」


「カディさんが誰かを頼るよりかは、あり得ると思いますけど」


 お互いにありえないことを言い合った二人は、軽い笑みを浮かべた。

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