6.人の為の善

「俺は決めたんだ。SOで立派になるって。ソルの言うように秩序をもたらし、平和に導くって」


 どれだけ恨まれようとも、過去の弁護をするつもりもなければ、シャコウへの気持ちも変わらない。


 なにせ、三年前からずっと――


「だってよぉ。偉くなりゃもみ消せるだろ?」


 鬱陶しいと思っていたのだから。


「は?」


 これまで怒り顔を崩さなかったシャコウが、思わず口を開ける。マイトは外面の良い仮面を剥ぎ取り、深く息を吐いた。


「これだから過去の知り合いってのは始末に負えねぇ。いつまでもいつまでも人の汚点をほじくり返すためだけに、追いかけ回してきやがる」


 心底面倒そうな顔をするマイトを見て、部下が笑う。


「流石に、故郷の知り合いまでは騙しきれないみたいっすね」


「ほんとにな。誰にも話してねぇのに、人の過去をペラペラと話しやがってよぉなぁ! シャコウ」


 これまでの鬱憤をぶつけるかのように、マイトはシャコウの顔面を思いっきり蹴りつけた。


「もう限界だシャコウ。お前は鬱陶しすぎた。兄貴と……えっともうひとりの女のところに送ってやるぜ」


 弾を込め終わった部下が、銃剣をマイトに渡す。


「今はレルファさんもあの黒マントも居ねぇ。お前を見逃す理由も、ねぇわけだ」


「クソ野郎! てめぇはやっぱりまともになんか……」


 これまで以上に不愉快で怒りに満ちているはずなのに、シャコウの目には涙が浮かんでいた。恨んでいたのは本当だ。だが、今になって気づいた。俺は少しだけ、こいつの更生を信じていたのだ。


 気づいた一握りの良心に、つばを吐きかけるマイト。


「なんだ期待してたのか? 俺が真人間になったことに? 笑わせんなボケ」


 マイトに釣られ、部下達も大笑いする。


「散々殺す殺すってわめいていた分際で、人格なんざに期待してんじゃねぇよ」


 期待していたことを笑われ、正論をぶつけられたシャコウは、強く歯を食いしばり吠える。


「殺してやる! てめぇだけは必ず! この手で! マイト! マイト・エイグゥ!!」


 マイトは半笑いで銃を突きつけながら「あの世で言ってろ」と吐き捨てた。


 そして今までの鬱陶しさを込め、眉間を貫こうとした瞬間――近くの壁が崩れた。


 まるで大砲が打ち込まれたかような崩れ方に、敵対組織の襲撃かと身構えるマイト達。埃と煙が晴れた先に立っていたのは、メダルを下げた黒マントの男だった。


「ジュ、ジュラウド様?」


 驚くマイトなどを気にせず、カディはシャコウに目を向け、取り押さえていた二つの「重し」を外まで蹴り飛ばした。


「でかい声で喋ってたんでな。強めにノックさせてもらった」


「お、お前……」カディを見上げた瞬間、目に溜まっていた涙が何滴かこぼれた。


「何感動してやがる」


 シャコウは「してねぇ!」と返すと、全力で目を擦った。


「ジュ、ジュジュジュラウド様。何のつもりですか? 賊を庇うんですか?」


 ぎこちない笑顔を向けるマイトに「いいや」と返すカディ。


「庇うつもりはねぇ……こいつの復讐は、こいつだけのもんだ」


 その言葉は、マイトの笑顔を一気に崩した。


「ゼガンがSOの俺じゃなく、そこの馬鹿に味方すんのかって聞いてんだよ!!」


 思わず銃剣を向けた瞬間、カディは一気に近づき、それを握り潰した。


 目の前の光景が理解できず、マイトの思考が止まる。使えなくなった武器から、それを潰した者に目を向ける。


「なんだこいつ……」


 そのあまりにも人間離れした力は、マイトどころか、シャコウさえも驚愕させる。


「所詮は第五位のならず者がよぉ!!」


 誰かの自棄を含んだ言葉が、固まっていた残りの三人の部下を動かした。


「ぐぅ!」 「おごっ!」 「うげぇっ!」

 カディは部下の腹部を蹴り飛ばし、眉間を殴りつけ、喉に手刀を放った。


 ならず者を制するために培った力や技術は、カディの前にあっけなく敗れた。


「嘘だろ? あいつらがこんな簡単に……」


 一撃で意識を失った部下を見て、マイトは体を震わせる。


 猛獣や災害に襲われたと言ってくれた方がまだ信じられる。こんな強い人間が、そう何人も居るはずがない。


 牙を向いたジュラウドと目が合ったマイトは、首を絞められたかのような感覚が走り、一瞬呼吸を忘れた。


「約束だ。お前には何もしねぇ。お前にはな」


 それはマイトだけでなく、自分にも向けた言葉。図らずともマイトの本性を知ったカディ。シャコウがいなければ、とっくに殴り飛ばしていただろう。

 

「お前……なにもんだ」


「お前と同じ、消えない炎と生きてきたやつだ」


 シャコウに言葉を返したカディは足の傷に気が付き、次に剣を放していない手に目をやった。


「く、くそ!」


 マイトは背を向け、建物から出ていった。


「ま、まちやが……」


 シャコウは追いかけようとしたが、その傷のせいで動けなかった。


 カディは気にせず、近くに倒れていた部下の衣服を破り、シャコウの足を縛った。


「いてぇよ足ちぎれる!」


 その直後、地面がわずかに揺れる。外に目を向けると、見たことのないフォールブがこちらを見ていた。


「あれは『ザラベーデ』隊長だけに与えられたフォールブの試作型だ」


 シャコウはこれに対抗するため、ルオーケイルを狙ったのだ。


「気を付けろ。あれはイヴォルブ超えを目指して作られた、完全戦闘用のフォールブだ」


「ここで待ってろ。あいつを連れてきてやる」


 そう返したカディの右手は、ヴァリエスに覆われていた。


「すまねぇ」という声を背に受けたカディは、建物を出ていった。


 フォールブが出てきてくれて助かった。依頼の手前、マイト本人を傷つけたくはない。


 だが、そいつが乗っているものなら……少しは怒りをぶつけられる。


 離れた場所に移動したカディは、目を見開いた。


「出ろ!! ルオーケイルゥ!!」

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