5.過去の悪行 今の善行

「待って! こんなのおかしいよ!」


 交渉成立かと思った時、一人の声が割って入ってきた。その少女は真っ先にマイトに惹かれ、カディと同じくらい、真剣にシャコウの話しを聞き、一番「まともな」考え方をしていた。


「復讐なんてしてどうなるの! そんなことしたってお兄さんも、その幼馴染だって喜ばないよ!」


 ルルカはマイトを信じたかったし、シャコウの話しも疑っているわけでもない。


「確かにマイトさんがしたことは酷いことだし、許されないかも知れない! でも……」


 自分にSOを信じさせてくれた存在を、ルルカは庇わすにいられなかった。


「マイトさんは今! ここを平和にしようと頑張ってるじゃない! また悲しみが増えるんだよ! 復讐したいからって命奪ってたら、一生何も変わらない!」


「過去」のマイトを見てきたシャコウを「今」のマイトに惹かれたルルカが止める。


「こいつの心はどうなる? 平和な場所で過ごしたって消えなかったんだ。だから、復讐を選んだ」


「気持ちを鎮めるなら他の方法だって……」


 カディの言葉にも揺らがず、ルルカは言葉を返す。次に入ってきたのは、スレッドだ。


「順番が逆だよ。他の方法を試す前にこうなったんじゃなくて、他の方法でどうにもならなかったから、復讐を選んだんだ」


 人の気持ちに疎いスレッドがそんな言葉を返せたのは、かつてカディに言われたことを、そのまま口にしているためだ。


「死んだ人間が、実際にどう思うかなんてわかりはしない。生きている俺達の解釈次第だ」


 カディの言葉に、いつものような威圧感はない。ルルカの考え方はともかく、気持ちは本物だと思ったからだ。


「俺やお前がどう言おうと、決めるのはこいつだ。本気だってんなら、武器を選べ」


 カディはシャコウへと首を向ける。


 シャコウはカディ、スレッド、そしてルルカの言葉をしっかりと飲み込み…………剣を取った。


「礼はまだ言わねぇ」


 誰に目を向けることなく、シャコウは走っていった。


「こんなのおかしいよ……マイトさんは良いことをしようとしてるのに、何で命を狙われなきゃいけないの?」


「善人だから殺すのはおかしいってのはわかるが、善人だから殺されねぇ保証なんてねぇ」


 歩き出そうとしたカディのマントを、ルルカが掴む。


「焚き付けたのはあなたじゃない! どうしてそんなことが言えるの! マイトさんは悪い人じゃない! タタルドって金持ちとは違う!」


 カディの言葉が無神経に聞こえたルルカは、声を荒らげた。復讐する人間、される人間の性格ではなく、恨みの強さや苦しみで判断するカディに、その主張は通じない。


 頭に血が上っていたルルカは、かつてスレッドにそう言われたはずなのに、完全に忘れてしまっていた。


「俺の剣を取ったのはあいつ自身だ」


 なおも睨むルルカなど気にもとめず、カディは一歩踏み出す。


「しかし、SO隊長ですか。剣一本だけじゃ足りないかもしれませんよ?」


「わかってる」と返したカディは、シャコウが去った方へと走っていった。


「私達も急がないと……!」


「大丈夫だよ。カディを行かせておけば、シャコウって人がやられることはない」


「だから急ぐの!」


 カディの強さは知っている。しっかり標的以外を片付け、復讐の舞台を整えてくれるだろう。


 それは同時に、自分が憧れたSOの隊長の危機でもある。


「行っちゃった。よっぽどマイトが大切みたいだね」


「私達も行きましょうか」


 レルファとスレッドは、ゆっくりと歩き出した。





 整っていない道から少し離れた、寂れた建物の一室。

 穴や亀裂の入った壁は風通しが良く、ドアや窓はあってないようなものだった。


「ぐっ!」


 床に押し付けられたシャコウが、短い声を漏らす。マイトが眠る場所や、警備ルートにスケジュール。復讐に必要な情報を頭に入れていたシャコウは、道に迷うことなく、単身アジトに乗り込んでいった。


 シャコウは怒りのままにマイトを斬ろうとしたが、厳しい訓練を越えたSO隊長に適うはずもなかった。


「シャコウ、言っただろ。俺はSO隊長。いくら顔見知りでも、これ以上は見逃せない。剣を捨てるんだ。秩序を乱すのなら、俺もお前を――」


「くだらねぇ演技をやめねぇか! お前の本性はもう知ってんだ!」


 遮るように怒鳴るシャコウ。手を出すなと予め言われていた部下が銃剣を構えるが、マイトがそれを手で制す。


「あの二人には悪いことをした。だから俺は心を入れ替えて――」


「それが嘘くせぇって言ってんだよ!!」


 シャコウは更に立ち上がり、剣を振り上げる。会話が通じないと判断したマイトは、ため息を吐きながら「やむを得ない。取り押さえろ」と命令を下した。


「近づくんじゃねぇ!」


 シャコウがマイトから向かってくる部下へと標的を変える。その瞬間、一発の銃声が響いた。


 焼け付くような痛みが走り、体のバランスが崩れる。視界の端には、煙を上げる銃剣を構えるマイト。


「すまない。もう限界だ。許して……くれ」


 足を撃たれたシャコウを、部下達が押さえつける。詫びを口にしたマイトの体は、わずかに震えていた。


「せっかく……せっかく、これから真っ当に生きていこうって決めたのに、邪魔をしないでくれよ」


「どの口が言ってやだんだよぉ!!」


 動きを止めるため足を撃ち、多少血を流せば冷静になると思ったが、結果はその逆。


 積もった恨みはその程度では消えない。


 部下に銃剣を渡し、マイトはシャコウの前にかがみ込む。


「許せとは言わない。でもわかって欲しいんだ」


 声はわずかに震え、眉間に皺も寄っている。温厚かつ笑顔が得意なマイトが初めて見せる、憂いを帯びたような表情だった。

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