4.俺が力を貸してやる

「お前、あいつに恨みがあるんだろ」


「なんで分かる?」シャコウはカディに促され、話し始めた。


「あいつは昔、兄貴のロニーと、その幼馴染ファイの三人でいつも仲良くしていた。どんな時も一緒で、俺はそんな三人を見るのは羨ましくて、楽しかった」


下を向くシャコウの目に浮かぶのは、地面ではなく、はるか昔の淡い思い出。色褪せず、綺麗なままで、胸が苦しくなる過去。


「永遠に友情は続いていくと思っていた。だが、ある時にあいつは崖から落ちて、意識不明の重体になった。会えない時間が続いて不安になっていた頃、あいつは頭に包帯を巻いて現れた。あいつは助かり、また穏やかに過ごせると思った。だけど、あいつは見る影もないくらい別人になっちまった」


わずかに歯を食いしばり、眉間の皺が寄る。言わば、ここからが本番だ。


「犯罪なんてやらなかったのに、盗みに入って多くの金品を集めだした。今のあいつが成敗している賊どもとおんなじことをしていた。盗み、放火。喧嘩。親友の……それも弟である俺が白い目で見られるくらいには、あいつは悪だった」


今の姿からは想像もできない過去を聞き、ルルカがわずかに驚く。


「ロニーとファイは諦めずに説得を続けたが、ただの罪人になったあいつにまともな言葉は通じない。堕ちたマイトにとって、二人は親友ではなく、目の前をしつこく飛び回る鬱陶しい虫になっていた」


シャコウの体が震える。その後に吐き出されたのは、ほとんどが予想していた言葉。


「あいつは自分を信じ、止めようとしてくれた二人の命を奪った。親友と幼馴染をためらいなく殺したんだ」


一番嫌な思い出を口にしたシャコウの顔は、怒りと哀しみに満ちていた。


「そんなことが……あのマイトさんがそんなこと……」


唯一マイトを良く思っていたルルカが、そう口にする。


「あいつはその後金品全てを手放し、SOに入った。更生し、今はまっとうに生きているなんて言ったやつも居る」


「ふざけんじゃねぇ!」シャコウの握りしめた拳から血が垂れる。


「あいつは自分の罪を悔い改めてSOに入ったんじゃねぇ! 自分のした罪を隠して尻尾を振って、SOに守ってもらおうとしてるだけだ!」


「SOってのは過去の経歴は問わないのか?」


「言わなければバレないんじゃない?」


カディの疑問に答えたのはスレッド。微妙に答えになっていないが、妙に納得してしまった。


「俺は復讐を決意した。周りはやめろと言ってきたよ。マイトは過去のことを悔いているはずだ。正義に目覚めたんだから許してあげてとな。SOってだけでみんな止めてきやがった。いいところに入ったからって、今までのことがなくなるはずねぇのによ」


「カディのメダルじゃなくてイヴォルブを欲しがったのも、復讐のため?」


「そうだ。縄を解いてみろ。すぐにでもお前をぶっ飛ばしてやる」


シャコウは今度は目を逸らさず、しっかりとカディを睨んだ。それを虫の威嚇程度にしか感じていないカディは「いつの話だ?」と気にせず聞いた。シャコウは答えるのを渋っていたが……


「三年前。あいつがSOに入ったのは二年前だ」


自分の使っていた鉄棒を捻じ曲げているカディを見て、素直に答えた。


「お前はその間、ずっと恨んでいたのか?」


「忘れて生きようとしたが駄目だった。俺がどんなに幸せでも、あいつの今を……正義の味方面してるあいつの活躍を聞いた瞬間、うまい飯も、きれいな光景、穏やかな日々も全部ゴミに見えた」


同じだ。耐えようと忘れようとしてもそれが出来ず、復讐することを選んだ。


不規則に、何度でも心を焦がす炎。それを消し去る方法は――おそらく一つ。


「てめぇがあいつの上で、ゼガンだろうと関係ねぇ。俺はあいつを殺す…………邪魔をするならお前だって……」


「そうか」


カディは剣刀を抜くと、驚くシャコウ目掛け、まっすぐ振り下ろした。


シャコウは思わず目を瞑ったが、痛みは感じなかった。恐る恐る目を開けると、自分を縛っていた縄が斬られていた。


「お前、何を……」


「あいつに復讐したいなら、協力してやる」


「は? なんでお前……が……」


カディのマントの中を見たシャコウは、驚いて言葉を止めた。そこにあったのは、自分が使っていた棒が霞むほどの、無数の武器。


「好きなのを選べ」


仇の上司とも言える存在が、部外者である自分を手伝うという状況は、シャコウの頭を混乱させた。


「どういうことだ?」


「カディさんは、復讐したくても出来ない人の味方なんです。消せない憎しみや傷がある人の過去を聞き出し、気に入ったら力を貸す。そういう人なんです」


レルファの言葉を疑えるはずもない。心から信じているからこそ、シャコウは声を荒らげた。


「SOのゼガンが! 部下を殺そうとしてる奴に力を貸すのかよ!」

「そうだ」


聞いたシャコウが驚くほど、カディはあっさりと答えた。質の低い第五位とはいえ、目の前に居るのはゼガンだ。自分の組織に痛手を与えるような真似をするなんておかしい。


「お前の気持ちは少し分かる。復讐の炎ってのは、どれだけ甘い時を過ごしても、消えやしねぇ。か弱い火に見えても、ある時、ふとしたことで激しく燃え上がり、今あるものすべてをさえぎって、心を荒らす」


カディが話したのはあくまで経験談。しかしシャコウは、自分のことを言われたように感じていた。


「だから、武器を渡すって?」


「俺が代わりに行って、お前にそいつの首だけ渡しても満足しねぇだろ。お前の恨みや怒りは、お前だけのもんだ」


「知った風な口を……」武器を眺めるシャコウの言葉に、さっきまでの棘はなかった。


「本当に……武器を貸してくれるんだな?」


「あぁ、俺が力を貸してやる」


「報酬は?」


「終わったら教えてやる。俺も金は取らねぇから安心しろ」


気分良く二人のやり取りを見ていたれルファは、クスクスと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る