3.SO隊長マイト
「お前達は下がっていいぞ。私はこの方達の護衛と案内をしなければならない」
「いらねぇよ」とカディは返すが、マイトが引き下がる様子はない。
「せっかくジュラウド様が居られるのに、部屋で本を読んでいるわけにはいきません!!」
「ねぇ、案内してもらおうよ」
『離れてもらおう』と拳を握るカディに、ルルカが声をかける。こいつはSOがどういうものか見極めたがっている。マイトをぶん殴って引き剥がすのは簡単だが……
「案内しろ」
ルルカの期待するような顔を見たカディは、マントの中の拳を開いた。
崩れて放置された家や、色が落ち、傾いた看板を掲げる店。景観の割に、襲ってくるものはいなかった。
「ひどい町でしょう? 終わるのをゆっくり待っているような、そんな場所です」
カディ達は平然と道の真ん中を歩いている。善も悪も、ここでは消えかけの火に等しい。
「本来、SOが来るような町でもありません。守るべき民はもちろん、捉えるべき悪人すらもほぼ居ないのですから」
目線の先にある崩れた小屋を見ながら、マイトは目を細める。
「なら、どうしてマイトさんはここに居るの?」
「この町を蘇らせるためです。SOが守っている町であれば、住みたいと思う人も出てくるでしょう?」
実際にそう思っているルルカが共感する。マイトは町を守りながら、再生も行っていたのだ。
「具体的には何をするの?」と聞くスレッドに、マイトはこう力説する。
「町の復興と、SO隊長の肩書と力を持って、犯罪の抑止力になることです。かつての姿を取り戻し、SOに守られていると知れ渡れば、きっと在りし日の姿を取り戻すはずです」
「立派な考えですね」ルルカがマイトの横顔を見上げる。
「今はまだ廃墟一歩手前という感じですが、かつての活気を必ず……」
その声を遮るように、転んだ子どもの泣き声が聞こえてくる。マイトは急いで近づくと、ゆっくりと立たせた。
「怪我はないかな?」
泣きじゃくる子どもの前にかがみ込み、状態を確認するマイト。子どもの小さな膝は、わずかに赤黒くなっていた。
「擦りむいちゃってますね」と後ろから近づいてきたレルファが口にする。
「大丈夫。すぐに治しますからね」
「本当?」と返す子供に、レルファは笑顔と治療で応えた。
「相変わらずお美しい……」レルファの手早くも優しい動きを見たマイトは、思わずそう漏らした。
「あら、お上手ですね」
「マイトの顔が赤い。調子悪いのかな?」
説明を放棄したカディは「かもな」と返した。レルファに惚れた患者を何人も見てきたカディは、マイトを見て『重症』だと思った。
「ありがとう!」子供は全力で手を振りながら、その場を去っていった。
「走っちゃ駄目ですよー」
「怪我人病人を見つければ、無償で治す。あなたのその笑顔と治療に、どれだけの人が救われたか……私も例外ではありません」
褒められて微笑むレルファと、今まで以上に真剣な顔を見せるマイト。ジュラウドの案内と言ったが、それは口実。本当は、久しぶりに会ったレルファと町を歩きたかったのだ。
マイトの空気が変わったことに気付くカディとルルカ。それを感じ取れていないスレッドは「たまーにタダじゃないけどね」と呟いた。
「隊長への就任も、この町の復興も、全ては己を高め、あなたに相応しい男へと近づくため」
再会し姿をこの目に焼き付けるだけで満足したかった。しかし欲が出て、一緒に歩きたくなってしまった。だが、自分が思う以上に惹かれていたマイトは、それだけでは物足りなくなった。
会えない間に膨らんだ思いは、視界に入れ、言葉を交わしたことで止められなくなった。
「レルファさん。もし私がこの町を復興させ、立派なSOになったら……私と……私とぉ――」
マイトが思いを告げようとした瞬間、近くの建物のガラスが割れ、そこから一人の男が飛び出してきた。
「マイトォオぉ!!」
出てきたのは、さっきカディに返り討ちにされ、真っ先にその場を去った男だった。右手には鉄の棒が握られ、目は血走っている。
マイトは突っ込んできた同郷の友を見て、一瞬だけ目を見開くと、銃剣を構えた。
「新しい風。抑止力というものは歓迎されないものですね」マイトはそうつぶやき、男の攻撃を受け止めた。
「おぉあぁあああ!!」
カディに向けた以上の殺気と敵意を放ちながら、男は一心不乱に棒を振り続ける。
「またおまえか! シャコウ」
「俺はてめぇを許さねぇ! てめぇがのうのうと生きてるんじゃねぇ!」
マイトは銃剣を振り回して棒を斬り、シャコウと呼ばれた男の腹部を蹴り飛ばした。
「この……」
シャコウは立ち上がろうとしたが、不意に走った腹部の痛みで動きが止まった。マイトはその隙をつき、シャコウをロープで縛り上げた。
「いい加減にしろ! いくらお前でも、これ以上やったら、牢に入れなければならなくなる!」
「さっきカディに絡んできた人だね。今度はマイトを狙ったんだ」
シャコウは「うるせぇ!!」と言いながらスレッドを見たが、隣に居たカディを見た瞬間、無意識に目を逸らした。
「……なぁ、俺は本当はお前を捕まえたくないんだ。分かってくれよ。見逃すにも限度があるんだ。俺はもう、SOの隊長だから」
「正義ヅラしてるんじゃねぇって言ってるんだぁ!! 見逃すだぁ!? てめぇが見逃すかどうかなんてどうてもいいんだよ!! 俺が!! てめぇを!! 許さねぇって言ってんだよぉ!!」
拘束されても、シャコウの勢いは衰えない。マイトはため息を吐きながら、そこから離れた。
「いいか。今回だけは見逃してやる。だが、これで最後だ。次はない……わかったら、大人しく帰ってくれ……頼むから」
「知り合いかい?」とスレッドが聞く。
「えぇ……すいません。皆さん、少し気分が悪いので席を外させていただきます」
「大丈夫ですか? お薬渡しましょうか?」
「お構いなく。レルファさん、ジュラウド様。離席する無礼をお許しください」
本当に気分が悪くなったマイトは、近くの壁を一度だけ殴り、この場を去っていった。
「大丈夫かな、マイトさん」ルルカだけが、本気でマイトを心配していた。
「腹部は痛みませんか?」
レルファに声をかけられたシャコウは、目をそらしながら「大丈夫……です」と返した。
カディはシャコウを忘れかけていたが、マイトを襲う姿を見て、少し興味を持った。
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