2.旅の薬師
「うぅ……」
痛みに苦しむ男に、レルファがゆっくりと歩み寄る。
「大丈夫ですか? カディさんのパンチは痛いらしいですからねぇ」
殴られた箇所を撫で、薬を選ぶ。カディとのやり取りを見ていた男は、レルファに目を向ける。
「あんた……あいつのしりあ……いだ、ろ? なんで……」
「怪我人に敵も味方もありません。そういうのは、治ってからですよ」
男の震える腕を掴み、鎮めるように撫でるレルファ。柔らかい笑みからこぼれた「すぐに良くなりますから」という声を聞いた男は、赤くなった顔を逸らした。
ルルカは最初は手伝おうと思ったが、カディが倒した手前であることと、レルファの流れるような作業に少し見とれてしまい、純粋に観察したくなった。
「もう見慣れた光景だよね。カディが殴ってレルファが直す」
スレッドの言葉が耳に入り、思わずレルファから目を逸らしそうになるルルカ。
レルファの治療が速いのは、それだけ「カディに殴られた人間を診てきた結果」でもある。
二人は顔見知りであるが、仲間ではない。だから殴った相手を治療しようとも、治った相手を倒しても、お互い何も言わない。しかし……それ故に、自作自演を疑う者も居る。
「あの……いくら、ですか?」
敗北と治療で毒気を抜かれた別の男が、恐る恐るレルファに聞く。
「いりませんよ。お大事にしてください」
しかし、その噂が広まることはない。理由は簡単で、一つはレルファが代金を取らないこと。
「は、はい! ありがとうございます」
もう一つは……レルファに惹かれてしまい、そんなものがどうでも良くなってしまうためだ。
恋心や崇拝、細かい感情に差はあるが、レルファの治療を受けた者の大半は、金の代わりに心を奪われる。
逆に治療を受けてから殴られた場合は、こんな麗しい女神が暴力男を差し向けるわけないと盲信してしまう。
「麗しい……」「おぉ……女神様……」「今度、いつ会えますか?」
痛みと敗北で弱った心に、レルファの『薬』は良く効いた。
「それにしても、レルファの治療を受けた男の人って、大体赤くなったり、目を細めたりするよね? なんでだろう?」
「……さぁな」と返すカディ。
惚れたと答えてやるのは簡単だったが、スレッドに恋を理解させるのは難しいと判断したのだ。
「他に痛むところはありませんか?」
最後の一人は「いや……」と短く答えると、足早に去っていった。
「そうそう、逃げちゃう人も居たりしてさ。レルファが怖いのかな?」
男が見ていた方へ目を向けたカディは「違う」と返した。同時に、何人かの足音が近づいてくる。
遠巻きに見えるのは、青い制服に身を包んだ男達。先頭を歩く青年の右肩には、隊長の証である灰色の肩章が光っていた。
「ここで何をしている!!」銃剣がカディとスレッドに向けられる。カディは鼻から息を漏らしつつ、しまった方がいいと言われたメダルを、面倒そうに取り出した。
「もう出しとけば? 絡んできたら全員ぶっ飛ばせばいいし」
「そうする」カディはメダルを見た瞬間に銃剣を引っ込めたSO隊員達を見ながら、面倒そうに息を吐いた。
「ぼぶれびをぼびゅるじぶばばい」
聞き取れない声を吐き出すのは、隊長である『マイト・エイグ』レルファから事情を聞いたSO達は、各々頭を下げた。中でもマイトは地面にめり込むほどの勢いで、土下座をしていた。
頭を下げたまま口にした「ご無礼をお許しください」という台詞は、地面に吸収されて伝わらなかった。
「隊長! 頭を上げてください!」
「やりすぎですって!! ジュラウド様が引いてますよ!!」
部下の二人が背中を引っ張るが、マイトは動じない。
「ばび! ぼべばぼぼんぼば!? ばばばばぼぼぼぼべびびぼびべばべばば ぼびゅるじぶばばい」
「なに!? それはほんとうか!? ならばなおのこと誠意を見せなければ! お許しください!」
だってさと付け加えるスレッド。カディは「お前はなんで通訳できてんだよ」と返し、マイトに目を向けた。
「頭をあげて喋れ。これは命令だ」
「はい」と顔を上げたマイトは、頬に着いた土を払い、黒い髪を整えた。
「事情はわかりました。レルファさんの慈愛に満ちた献身的な治療と、ジュラウド様に免じて、今日のところはお前らを見逃してやる。だが、次はないと思え! また悪事を働こうものなら! このマイトが捕らえて裁く!」
マイトの啖呵に気圧された男達はゆっくりと去っていく。部下の何人かは銃剣を向けたが、マイトはやめろと手を振った。
「見逃すの?」
「はい」と即答するマイトに困惑するルルカ。
「悪人は許せませんが、麗しい女神、もとい、レルファさんの治療をあまり無駄にしたくないのです。ご安心ください。次は必ず捕まえますよ。SOの隊長ですからね」
肩章を指差し、不安を振り払うような笑みを見せるマイト。
悪人を捕まえるだけが仕事ではない。民を助けることも、その不安を消し去ることも立派な役目。ゼガンと同じで、力以外も大切なのだ。
SO隊員の模範となるべく生きているマイトは、守るべき存在の表情の変化にも敏感だった。
ルルカはマイトの言葉に心が揺れた。イメージするSOに近いと思ったのだ。
「レルファ。過去にあいつを治したことは?」
「カディさんは、戦った相手のことを一々覚えてますか?」
さっき絡んできた奴らを思い出そうとしたが、一人の顔しか浮かんでこなかったカディ。やがて「いいや」と口にし、考えるのをやめた。
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