第2章

1.ノンデリカシー・バディ

「見ない顔だな」


 カディ達の前に立つのは、青いコートのような制服を着用し、銃剣を持った二人の男性。治安組織セルティス・オーダの隊員だ。


「はじめまして。僕はスレッド」


 カディが目を向けるとほぼ同時に、スレッドが口を開く。


 旅を続けていると、よく絡まれる。目つきが気に入らないだの、睨んだだの、真っ当な理由から理不尽な言いがかりまで、きっかけは様々だ。


 そして、場所も問わない。平坦な道や森、町中や入り口。多種多様な場所で、色々な人間に絡まれる。変わらないのは、絡まれるのが必ずカディであるということだけ。


 殴って追い払うのも簡単だが、今はもっと手っ取り早い方法がある。


「ジュラウドだ。ここを通せ」


 カディは握りしめたメダルを取り出し、自身の身分を明かした。


 色の着いたメダルを見た隊員は、失礼しましたと返し、慌てて敬礼した。


「真っ当な警備がいるなら、この町は平和そうだね」


「……なにか問題なの?」と聞くルルカ。スレッドが答えようとした瞬間、背後から「お気をつけください」という声が聞こえた。


「そうでもなさそうだ」


 言葉の端に僅かな期待を乗せながら、カディは門をくぐった。


 入り口からでもどこか寂しい感じが伝わる町『トギリ』あまりにも治安が悪く、多くの者が去っていったこの町には、静寂が残った。


 表通りを歩く人間はほぼ少ない。だが、カディは入ってすぐに視線を感じていた。


 いつ襲ってくるかと待っていたが、視線と気配が増えたところで、建物の影から男達が姿を表した。


「てめぇ……ゼガンだな?」


 カディではなく、その胸に下げられたメダルに話しかけるように、男は言う。


 メダルを出して喧嘩を回避したカディは、そのメダルがきっかけで喧嘩を売られた。身分証明には最適だが、カディが持っているのは入れ替わりの激しい、最下位のジュラウド。それを狙う者も多い。


 隠しても絡まれ、出していても絡まれるなと思ったカディは、鼻から息を吐いた。


「イヴォルブをよこしやがれぇ!!」


 少しズレた狙いが気になったが、カディは向かってきた五人を簡単に一層してみせた。


 準備運動にもならないと思いながら、軽く手首を振るカディ。


「まさかイヴォルブが狙いだとはね」


 一般人がゼガンに対して抱いているイメージは主に二つ。「SOに所属している」ことと「必ずイヴォルブを所持している」ことだ。


 カディはメダルはもちろん、それ以上に大事なルオーケイルも渡す気はなかった。


「すごい。噂以上だ」


 背後から聞こえた女性の声に振り向くカディ。少しだけ警戒したが、隣に居たもう一人を見てそれを解いた。


「黒いてるてる坊主は血の雨を降らす。言ったとおりでしょ」


「それを名乗った覚えはねぇ。あとなんだ血の雨って」


 レルファの言葉に、カディはそう返した。


「レルファ! と誰?」「もしかして……」


 スレッドとルルカがそれぞれ口にする。


 レルファの隣に立っていたのは、黒く長い髪と瞳を持つ女性。群青のマフラーを首に巻き、灰色のスカートと手袋を着けていた。


「カイリ・マイスさんです。私の友達で、カディさんの先輩です」


 言われて頭を下げるカイリ。身につけている濃紺の短い羽織は、SOのゼガンだけが身につけられる特別な衣装だ。


「レルファとは手袋友達で……カディはマフラー先輩ってこと?」


 スレッドの冗談っぽい言葉に、レルファは「ゼガンですよ」と重ねた。


「君が新しいジュラウドか。前の子よりずっと役に立ちそう」


 そう漏らすカイリと目が合うカディ。纏う雰囲気は清楚で、声色も穏やかだ。


「綺麗……」カディやシュナイルというガラの悪い人間を見てきたルルカは、思わずそう口にした。


「メダル、隠した方がいいよ。私はそうしてる」


 どうしようが結局狙われると諦めていたカディは、とりあえずメダルをしまった。素直な子だと思ったカイリは、笑みを見せた。


「いい笑顔だね」ストレートな褒め言葉のはずなのに、それを口にしたスレッドは何故か首を傾げている。カイリはありがとうと返し、全く同じ笑みを向けた。


「あ、あの! SOって素晴らしい組織ですよね? 弱きを助け、悪をくじく正義の組織ですよね?」


「もちろん。リーダーソルが掲げる完全秩序の元、日夜治安維持を行ってる」


 SOを信じたいルルカに取って、これ以上気持ちの良い返答はなかった。


 その答えがマニュアルだと分かっているレルファは、少しだけ笑い、そのことを直感でなんとなく気づいたカディは、目を細めた。


「また会えると良いなぁ」再びカディに目をやる。明日別人になっていても不思議ではないジュラウドだからこそ、カイリはあえてそう告げた。


 三人の顔をしっかりと覚えたカイリは「それじゃ、もう行くね」と去っていった。「お元気で」と見送るレルファと、あっさりしてるという感想を抱くルルカ。


「なにか気になるの?」


 カイリが去った方を見ながら、考え込んでいるスレッド。しばらくすると「思い出した」と口にした。


「そうだ。営業スマイルだ。普段使わないから、思い出すのに時間がかかったよ」


「何だそれ」


「お店の方が、お客様に見せる笑顔ですよ。ゼガンは正義の味方ですから、力以外も求められます。不安な人たちの前に現れて、励ましたり笑顔を見せたり。カイリさんは長いですから、きっと何度も……」


「ってことは笑顔が得意なんだね。レルファみたいに」


 ルルカが少しだけ顔を歪ませる。笑顔が得意。一見褒め言葉に聞こえるそれも、受け取る人間によってどうとでもなる。


「……あまり面と向かって笑顔が得意と言ってはいけませんよ? 嘘の笑顔が上手いって取られかねません」


 レルファの答えは、ルルカの考えとほぼ同じだった。


 嫌な顔ひとつせず、何でもなぜ?と聞きたがる子供に教えるかのように、レルファは言う。


 スレッドに含みのある言い方はできない。遠回しという調理方法を選ぶくらいなら、素材そのままでぶつける。


「あんまり絡むな。そいつは今からやることがある」


「お気遣いありがとうございます」


 その「やること」を作ってくれたカディに笑みを向け、レルファは薬を取り出した。

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