8.掴み取った自由

「カディさん」


 みんなが勝利に喜ぶ中、アルトがカディの元に歩いてきた。腕や頬に多少の傷はあるが、大きな怪我はないようだった。


「おう。よくやったな」


「すいません。これ……」


 アルトが取り出したのは、折れてしまったナイフ。


「あらら、これは弁償してもらわなきゃね」


「そうだな」と返すとアルトは少しだけ怯えた様子を見せた。


「町を救った英雄がそんな顔しちゃ駄目だよ。理不尽な要求にはしっかりと立ち向かわなきゃ」


 どっちの味方だと思ったカディは、こう口にした。


「俺は腹が減った。うまい飯を用意しろ。レンタル料の代わりだ」


 アルトは明るい表情を見せると、嬉しそうにわかりましたと答えた。


「あの子……すごい嬉しそうだった」


「自分で勝ち取ったもんってのは、何事にも代えがたいらしい」


「らしい?」カディの妙な語尾に、ルルカが復唱する。


「過去に武器を貸した奴が言っていた」


「だから、こんなやり方を?」


「俺は自分が気に入ったやつを、俺のやり方で助ける。他人の理解や常識なんざどうでもいい」


 ひねくれた助け方をするけど、スレッドが言った通り、死なせないよう助けもする。ルルカはその心に、確かな真っ直ぐさを感じていた。




「それにしても、漆黒の武器屋かぁ」


 カディの隣に座るスレッドが、不意につぶやく。


 食事の約束を取り付けたカディは、出来上がるまでの時間、スレッドに付き合って海に釣り糸を垂らしていた。


「名乗った覚えはないが、なんか引っかかるのか?」


魚を釣り上げたカディが、バケツに魚を投げ入れる。


「僕が広めたい異名じゃないからさ」


「一応聞いてやるが、その異名はなんだ?」


「黒いてるてる坊主」


 スレッドが口にしたのは、異名と言うよりはあだ名だった。武器を仕込んだ腰までのマントは黒く、カディの髪も紺色だ。


「絶対広めるなよお前」


 悪意がないことは分かっているからこそ、そこを責めることはしなかった。しかし、それは少し遅かった。


「レルファとか、釣り竿貸してくれたおじさんとか、結構前に助けた子供とか、何人かにはもう言っちゃったよ。黒いてるてる坊主のカディをよろしくって」


「よろしくじゃねぇよ。どんな異名だそれ」


「そっか。フサフサって言わないと坊主の部分で誤解されちゃうか」


「突き落とすぞお前」


カディが更に釣り上げ、再び釣り糸を下ろす。


「みなさーん! できましたよ!」


 食事で出来上がったことを伝えに来るアルト。それは、釣り勝負の終わりの合図でもあった。


「僕の負けだね。一匹も釣れなかったよ」


「俺は三匹だ」


「集中してたルルカは?」「い、一匹」


 少し恥ずかしさを覚えながら、ルルカは言う。会話にもまざらず集中した割には、あまりにもお粗末な釣果だった。


「あらら、僕がビリか」


「釣りは終わりだ。飯にするぞ坊主」


 釣り竿屋の前の広場では、色とりどりの料理が置かれていた。港町らしい新鮮な海の幸が、これでもかと並べられている。


「今日は私達が人間に戻れた日です。これもカディさんや、レジオンさんのおかげです」


グラスを持った住民が言う。


「記念すべき日に良き人と出会えたことに感謝を。乾杯!」


 乾杯の大合唱が聞こえ、住民とカディ達は、宴会を楽しんだ。新鮮な魚を食らい、酒に酔い。解放された喜びを分かち合った。


「美味しい。魚って生でもいけるんだね」


「スレッドってなんか不思議……」


「傷は痛むか?」「少し。でも、それ以上に嬉しいです」


カディの釣った魚を焼くアルトは、どこか満足げだった。決して無傷ではなかったが、その痛みすらも誇らしく感じていた。


「そうか」どこか満足気に返したカディは、酒を口に運んだ。


「あれ、レジオンさんは?」


「ちょっと腹の調子が悪いらしくて、手洗いに……」


 ふと、そんな声が聞こえた。レジオンは少しだけお腹が弱く、辛い物やコーヒー、生の食べ物が苦手で、食べるとすぐに腹を壊してしまう。


 そんな事情を知らないカディは、腹を殴りすぎたかと思い、次は腹以外も狙うことを決めた。


「この町にもSOは来なかった」


 程よく腹も膨れてきた頃、ルルカが話しかけてきた。


「あの金持ちが通報させないようにしてたって言ってただろ。お前の町と同じだ」


「もし、ちゃんと通報が届いたら、SOは助けに来たと思う?」


 SOを信じたいルルカは、そんな疑問をぶつけた。


「おめでたいやつだな。SOが噂通りの組織だと思ってるのか」


 答えたのはレジオンだった。


「あいつらは完全秩序を謳っちゃいるが、気に入らねぇ奴や、自分の意に沿わない奴が居れば、故郷ごと滅ぼす腐れ果てた組織だ」


「そんなはず……」


 根も葉もない噂だと否定しようとした瞬間、ルルカの頭にシュナイルの顔が浮かんだ。


「お前が信じる信じないはどうでもいいが、俺はSOを認めねぇ」


 隠す気すらないSOへの深い憎悪を受け、少しだけ怯えるルルカ。


「ジュラウド。今回は見逃してやる。だが、てめぇも誰かの故郷を壊すなら容赦しねぇ」


レジオンは「覚えておけ」と釘を刺すと、町から出ていった。


「何であの人は、あそこまでSOを……」


 シュナイルの件を「何かの間違い」だと思っているルルカは、レジオンが何故あそこまでSOを憎むのか分からなかった。レジオンの憎しみをしっかりと理解し、共感できたのは一人だけだ。


 カディはレジオンが居なくなった方から目を離し、もう一度酒を飲んだ。

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