第1章

1.港町ギャドリ

イリソウを出発してからはや二日。長い森を抜けたところで、不意にスレッドが空を見上げた。


「隕石だ……」不満げに言うスレッド。カディは「全然見えねぇよ」と顔を上げる。


「遠いな」


 言われなければ気付かないほど赤い点は、目を凝らしたカディが気付いた瞬間、青空の中に消えていった。


「スレッドって目が良いんだね」ルルカは気付けなかったらしく、カディ達とは別の方向を見ていた。


「視力と記憶力には自信あるよ。例えばほら、あそこの喧嘩の様子とかもよく見えるし」


 空から町の方へと目線を移し、スレッドが指をさす。


「あれは俺でも見える」カディがそう返した直後、誰かの体が木に叩きつけられた。


「うぐぅあ!!」


「悪いな。てめぇらみたいなのをこの町に入れるわけにはいかねぇんだ」


 男はそう言って、威嚇するように棍棒を地面に叩きつけた。


 灰色の短い髪に小麦色の肌。筋骨隆々の体を持つ彼の名は『ウェル・ポール』


 この先の港町『ギャドリ』の警備隊のリーダーで、大木ような重く太い棍棒を武器にしている。


「こ、この野郎がよ。お前らが居るせいで……」


 ウェルの力に驚きながらも、武器を持った男達の意思は折れない。しっかりと握り直し、立ち向かう。


「いいねぇ。かかってこい」


 丸いサングラスの位置を整えたウェルは、棍棒を振り回し、数人の男を一気に薙ぎ払った。


「す、すごい……」


 あまりの暴れぶりに、ルルカが素直な感想を漏らす。ウェルはその後も棍棒を振り回し、瞬く間に十人の武器を持った男達を叩き伏せた。


「見てないで行くぞ」


 カディが気にせず町へ入ろうとすると、別の警備隊員が立ちふさがった。


「怪しいやつだな。止まれ」


 男達の服は統一性がなく、ところどころ汚れている。武器はナイフや銃。どうやらウェルと同じのようだ。最も、警備員というよりはならず者に近いが。


「お前らもこの町を荒らしに来たクチか? なら、ギャドリ警備隊の俺達が黙っちゃいねぇぜ」


 言いながらウェルが近づいてくる。取り巻きが言った怪しいという印象も、町を荒らしに来たという疑念も、全てはカディに向けられたもの。


 黒いマントに鋭い目つき。それと一本の刀。一応警備をしている側からすれば、声をかけない理由がない。


「有り金を全部置いていくなら、特別に通してやってもいいぜぇ?」


「お前言い方がわりぃよ。通行料って言えよ」


 自称警備隊のやり取りを聞き、カディがめんどくさそうに鼻息を吐く。ウェルは動じていないカディに少し感心しながらも、こう口にした。


「そのマントの中を見せてみろ。危ない奴を入れるわけには……」


「良いから通せ」


 カディはそう言うと、マントの中にあったあるものを見せた。警備隊の男達はそれを凝視すると、その正体に気付いた。


「ゼガンのメダル……本物なのか?」


 返事代わりにメダルを握りしめ、色の着いた絵を見せる。男たちは自分のしたことに気付き、頭を下げた。


「申し訳ございませんでした! まさかゼガン様だとは思わずにとんだご無礼を!」


 流石に土下座まではされなかったが、カディはメダルの効力を実感した。持っているだけで、顔も名も知らぬ誰かを、雲の上の存在にまで押し上げる。それがゼガンのメダル。


地位や権力ではなく、脅しと拳で黙らせてきたカディには、それが不思議に思えた。


「悪かったな、見た目が怪しいから疑っちまった。ゆっくりしてってくれよ。ゼガン様」


 ウェルは頭を下げることはなかったが、武器を収めて道を開けてくれた。


「また第五位の持ち主が変わったのか。不定のジュラウドとは良く言ったもんだな」


 遠くなっていくカディの後ろ姿を見ながらウェルが顎を掻く。


「四位以上はずっと同じなのに、五位だけコロコロ変わりますよね」


 第一位から五位まであるゼガンだが、そこに優劣はない。しかし、言葉に宿るイメージまでは払いきれない。


 第五位は言い換えればゼガンの最下位。一番弱いと思われがちなのだ。


 現にシュナイルは前任者を闇討ちし、メダルを奪い取った。理由はもちろん、最下位で弱そうだと思ったから。


「今度のゼガンはどれくらい持ちますかねぇ」


「そうだなぁ……またすぐ変わるんじゃねぇか」ウェルは口角を歪めると、拳を鳴らした。




「すごい。船がいっぱいだ」


 スレッドが目を奪われたのは、停泊していた大量の船。港町と謳うだけあって、ウミネコの鳴き声や、船の汽笛の音が聞こえてくる。


「釣りしようカディ。釣り」


「釣り竿がねぇだろ」そんな言葉をものともしないスレッドは「借りてくるよ」と言って町の中に消えていった。


「あいつは本当に……」


「ねぇ。カディの目的ってアヤリスなんだよね?」二人になったところで、ルルカが聞く。


「あぁ」「寄り道してて大丈夫なの?」


「会議までは時間がある。いざって時は、ルオーケイルで突っ走れば良い」


 手っ取り早く荒い方法を言われ、納得してしまうルルカ。


「それに、寄り道も大事だ。ここに寄る必要はなかったかも知れないけどな」


 シュナイルが支配していたイリソウと比べ、寂れた様子はない。治安がよく平和な町だということは、カディの気に入る人物が居ないということでもある。


「少しだけ見回ったら、すぐに出るぞ。お前も買い物なり済ましとけ」


 そんな町に、長く居座る必要はない。


「ねぇ、だったら少し付き合ってほしいんだけど」


 恥ずかしさとカディへの怖さを覚えながら、ルルカは言う。話せば普通に答えてくれるが、纏う雰囲気や顔つきで話しかけづらいのがカディだ。


「別に護衛が必要な町でもねぇだろ。一人で行ってこい」


「う、うん……」


 カディの怖さに圧されたルルカは、とぼとぼと歩き出した――その瞬間だった。

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