6.雨止んで意思固まる

 「結局黄色いのはカッパだったのかな? それともヒヨコ?」


 「銃がないと何も出来ねぇ臆病者だ」


 「なるほど、つまりはチキン。やっぱりヒヨコだったわけだ」


 「そろそろ行くぞ」町を出ようとする二人を呼び止めたのは、レルファだった。


 「お疲れ様です。カディさん。遠くから見てましたよ」


 スレッドを見つけ更に「お久しぶりです」と重ねる。


 スレッドは不満そうな顔を見せながらこう返した。


 「レルファ。君は嘘つきだ。君からもらった薬、しっかり飲んだのに効果がなかった。足の傷がふさがらなかった」


 不意に嘘つき呼ばわりされ、少し困惑するレルファ。


 「お前は……」事情を知るカディが呆れる。レルファは悪くないとしっかり説明したはずだが、スレッドは言わずにはいられなかった。


 カディ達とレルファは旅をしている者同士、偶然会うことも多い。


 スレッドが言っているのは、数週間前にばったりと出会った時のこと。足を怪我した時にレルファから薬をもらったのだ。


「確か……あの時渡したのは塗り薬だったはずですけど」


 レルファは確かに、傷を治す薬を渡した。スレッドはそれを口に入れ、治らなかったと言っているのだ。


 「カディ、塗り薬ってなんだ?」


 「体に塗るやつだ。飲まずにな」


 スレッドはしばらく考え込んだ後、頭を下げた。


 「すまないレルファ。僕の言いがかりだった。確かにあの薬はなんか飲みにくかった」


 「そもそも口に入れるもんじゃねぇんだよ」


 「いいですけど……念のためお腹用の薬渡しておきますね」


 今後変なものを口に入れても大丈夫なようにと、レルファが薬を取り出す。


「ありがとう。お腹が痛くなったら塗らせてもらうよ」


 差し出された薬を受け取るスレッドに、レルファは思わず「錠剤……」と呟いてしまった。それを見兼ねたカディは「薬は俺が預かる」と重ねた。


「お目当ての物は手に入れたようですね」


 カディが首にかけていたメダルに目をやる。握ってもらえませんかと言われ、それに従うカディ。


 色の着いたメダルを見たレルファは、嬉しそうに目を細めた。


 「ジュラウドのメダル……綺麗ですね。私も欲しくなってしまいます」


 「俺のはやらねぇぞ」カディの冗談を聞き、レルファは笑った。


 「後はアヤリスに向かうだけですね」


 『アヤリス』この世界の二大都市の一つで、SOの拠点ともなっている町だ。そこでは今から二週間後。会議が行われる。参加できるのはトップとゼガンのみ。


 「レルファはこの後どうするの?」


 「怪我人の治療を。シュナイルさん達がやんちゃだったのか、結構多いみたいで」


 「旅の薬師も大変だね」と労うスレッドに、レルファ「好きでやってることですから」と笑顔で答えた。


 自前の薬で体の傷を。その優しい笑みで心の傷を癒やす。それが旅の薬師レルファ。治療を受けた者は感謝を通り越し、魅了され、崇拝してしまうこともある。


 「また会いましょうね。カディさん。スレッドさん」


 「ちょっと待って!」


 町を出ようとする二人の前にルルカが飛び込んできた。


 「っとと」勢い余って転びそうになるが、今度はしっかり踏みとどまる。


 「転ぶかと思ったよ」受け止めようとしていたスレッドが、ルルカの顔を見て更に続ける。


 「知ってる子? 隠れて盗み聞きしてたけど」「……あぁ……多分な」


 忘れかけているカディが、曖昧な返事をする。


 「私も連れて行って」


 「どうして?」露骨に嫌な顔をするカディの代わりに、スレッドが聞く。


 「シュナイルはセルティス・オーダの偉い人だった。平和を守る組織のはずなのに、この町の平和を踏みにじってた」


「それは確かにおかしいね」


 黙って食事をしていたカディとは逆で、スレッドはしっかりと目を見て、ルルカの話しを聞いていた。


「私は噂のSOと、シュナイルのようなSO。どっちが本当の顔なのか知りたいの。お願い! 私も一緒に連れて行って」


 ルルカは平和な町で穏やかに過ごしたい。そんな人並みの夢を持っていた。しかし、シュナイル達が現れたことで、その平和は崩れた。


 SOを恨みながら、いつか助けに来てくれることを期待していた。しかし、この町を救ったのは、黒い外套を纏った男。秩序とは程遠い青年カディ・ブレイムだった。正義の組織に属する男が平和を乱し、牢に閉じ込められた男が、この町に平和を取り戻したのだ。


「どうやら、目的地は同じみたいだね」


「おい」と言うカディに、スレッドが続ける。


「いいじゃない。好きにさせてあげれば」


 思わぬ助け舟に、僅かな期待が湧く。


「連れて行こうよカディ。使えないなら置いていけば良いし」


「えっ」


「話しをちゃんと聞いてくれる優しい人」だと思いこんでいたルルカの動きが止まる。カディからすれば見慣れた反応だが、それでも漏れ出る息は止められない。


「役立たずは邪魔でしかないって言うからね。しっかり役に立ってもらわないと」


 爽やかな物言いに人当たりも良いスレッド。欠点は騙されやすいことと、発言の配慮に欠けること。つまり、デリカシーがないのだ。


「お前は本当に……上げてから落とすな」


 爽やかな容姿から放たれるスレッドの言葉は、時にカディ以上に辛辣だ。


 思っていることを隠さず言ったスレッドに少し呆れたが、おかげでカディの気も変わった。


「連れて行ってあげよう? ね?」


「……好きにしろ。ただ、邪魔になるなら置いていくからな」


 困惑気味だったルルカだったが、その言葉を聞いて、明るい表情を見せた。


「よ、よろしく! 私はルルカ」


「カディだ。あっちがスレッド」


「おかしいな。僕の時はルルカの顔が暗くなって、カディの時は明るくなった。どうしてだろう?」


「スレッドさんは、もう少しデリカシーってのを学んだ方が良いかと」


「カディにも言われるけど、良くわからないんだ。そういうの、薬で治せない?」


 カディの苦労を知ったレルファは、イリソウを発つ三人を見送った。


 いつの間にか雨雲は消え、隙間からは光が差し込んでくる。


 消えぬ炎を鎮めるために進むカディと、その道に興味があるスレッド。そしてSOを見極めたいルルカ。


 それぞれの思いを胸に、三人の旅が始まる。

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